爽やか好青年のお出迎え
眞魔国という異世界からコンラッドさんがやって来て2日目。
昨夜遅くに帰宅したパパとママともすぐに打ち解け(パパとは知り合いだったみたい)、あっという間に我が家に馴染んでしまいました。…しょーちゃんとは、あの、うん、察してクダサイ。
昨日は日曜日で休みだったけど、今日は学校です。ゆーちゃんは帰宅部だけど、私は部活に入っているので朝はいつも別々だ。パパは私よりも早く出て行ってしまうし、しょーちゃんは月曜日は午後から授業だからこの時間は寝ていることが多い。だから、私のいってきますという声に反応を返してくれるのはママだけだった…はずなのだ、昨日までは。
けど、今日は朝から爽やかたっぷりの笑顔でコンラッドさんが「いってらっしゃい」と送り出してくれたのです。それも玄関の外で。何て言うか、…こう、ちょっとしたお嬢様気分?みたいなのを体験することが出来た気がする。
いってらっしゃい、なんていつも言われている言葉だし、何の変哲もない言葉のはずなのに…どうしてこんなにも高揚感があるんだろう?嬉しいんだろう?あれかな、玄関の外まで送ってくれたからかなぁ。いつもと違ったからきっと不思議な気分になってるんだよね。
よくわかんないけど、きっとそうだ。うん。
「朱里、今日は一日ご機嫌だったねー」
その考えは友達のこの一言でぶち壊されました。
その友達曰く、私は朝練に来た時からえらく上機嫌で、いつもよりもいい笑顔でにこにこしてて、そして着替える時なんか非常に楽しそうに鼻歌まで歌ってたというではないですか!ポンポンと飛び出してくる言葉の数々に、私はもうあんぐりと口を開ける他なかったのです。
え、私、そんなことしてたの…?全く記憶にないって、めっちゃ怖い。無意識ってすげぇ。
…あ、そういえばお昼休みに偶然会ったゆーちゃんにも「今日は嬉しそうだな」って笑われたような気がする。笑われた、って言っても馬鹿にされた感じじゃなくて、周りに見えない花が飛んでほんわかするような感じで笑われたの!あれだよ、親が子供に今日の出来事を聞く時のような!ね?!…って、そう言うとまるでゆーちゃんが私のことを子供扱いしてるみたいで嫌だなぁ。双子だから同い年だし、それに先に出てきたのは私だもん。これでもお姉ちゃんなんだから。
そんな的違いな怒りを抱きながらも、今朝のことを思い出すと自然と頬が緩んでしまう。コンラッドさんの笑顔って思い出すとにへぇ、ってなっちゃうんだよなぁ…どうしてなんだろ。
部活に出ている時も時折、頭の端に浮かぶあの人の爽やかな笑顔と「いってらっしゃい」って言ってくれた声。思い出す度に頬が緩んでしまうのはどうにかしなくちゃ。どうにか、と言ったものの…これは生理現象と似たようなものなのでどうしようもないような気もしてきた。自分で言っておきながら、生理現象は意味が違う気がしてきたぞ。うん。
そんなこんなで部活を終え、私は1人家までの帰り道を歩いていた。途中、通りかかった河原からは元気な男の子の声と、ミットにボールが入った瞬間の小気味いい音が聞こえてきました。
あー、そうか。もう子供は家に帰ってる時間だから音がよく聞こえるんだ、子供の声がないと割と静かな場所だもんね。それにしても嬉しそうな声出してキャッチボールしてる、なぁ…
「コンラッドー!いくぞ、しっかり受け取れよー!」
「わかってますよユーリ」
と思ったら、まさかのゆーちゃんとコンラッドさんですか。どうりで聞き覚えがあるはずだし、嬉しそうな声でボール投げてるはずだよ。
色々あって野球部を止めちゃったゆーちゃんだけど、いまだに野球好きなのは変わってないもんね。草野球のチームを作ってまた野球やり始めたし、パパとナイター観に行くこともあるくらい。…そういえば、向こうでもキャッチボールしてるんだーって嬉しそうに話してくれたこともあったっけ。
そっと下に降りて、2人からは少し離れた所でキャッチボールをしている姿を眺めていたら、不意に振り向いたコンラッドさんに名前を呼ばれたのです。それでようやくゆーちゃんも私の姿に気が付いたみたい、ちょっと驚いた顔してる。
「おかえりなさい、アカリさん」
「うん、ただいまーコンラッドさん、ゆーちゃん」
「何だよ、見てたなら声かけろよー」
「何かすごい楽しそうだったからお邪魔かなー、と」
ほら、楽しそうな顔を見ると声かけるの憚れるじゃない?さっきの私、正にそんな感じ。でもおかしいなぁ、いつもの私だったらそんなこと考える間もなく突進していくはずなんだけど…相手の都合?そんなもん知ったこっちゃないです。たまーに空気は読むよ、だって人間だもの。
「別にそんなこと思わないっての、なぁ?コンラッド」
「ええ、遠慮なく声かけてください。その方が俺達も嬉しい」
「…じゃあ、今度からそうさせてもらいます」
…あ、さっき声をかけなかった理由。ちょっとだけわかったかも。
コンラッドさんの笑顔、だ。
彼が本当に楽しそうに笑ってて、昨日の心から笑ってる無邪気な笑顔だったから、…もう少しだけその笑顔が見たいな、とか柄にもないこと思っちゃったんだ。だから声をかけないでキャッチボールをしてる姿をじっと眺めていた、…のかも、しれない。もしかしたら。
この人の笑顔はとても爽やかで、カッコ良くて、思わずドキッとしてしまうくらい。…でもその反面、この笑顔を見るととてもホッとするというか、安心するというか…あ、これ意味同じか。
『大丈夫、泣かないで』
ふっと脳内で再生された優しい声。これは一体、誰の声だろう?
パパとも、しょーちゃんとも、ゆーちゃんとも違う、…もう少し低くて、甘い声。それでとても優しく笑ってくれたんだ、その笑顔にとてもホッとしたような気がするの。…でもこれはいつの記憶?本当に私の記憶なの?
ああもう、今日は朝から不思議な気分を味わいっぱなしだ。どこかスッキリしない気分を抱えながら、私の名を呼ぶゆーちゃんとコンラッドさんの背中を追いかけた。