真夜中のおしゃべり
夕飯も食べた。お風呂も入った。ついでに髪の毛もしっかり乾かした。あとはもう明日に備えてぐっすり眠るだけ!…なんだけど、眠気が一向にやってくる気配がありません。
うーむ、これは一体どうしたものか。目を瞑っても、横になっても、全く眠くなる感じがしない。おかしい、普段はお休み3秒くらいの勢いで眠れるのに。眠れなくてつらーいってことを経験したことがなかったのに!いやん、初体験!!…って、変な所で感動して喜んでる場合じゃない。
というか、そんな初体験いらないやい。出来れば一生経験したくなかったよ、眠れないーなんてこと。さっさと眠れてしまった方が絶対に良い気がする、疲れもとれるしね。
…でも1時間経っても、更に2時間経っても目がパッチリ冴えたままの私は、眠ることを半ば諦めて飲み物を飲みにリビングへ行くことにした。
そっと部屋を出て、そっと階段を降りる。だってそうしないと寝てる皆を起こしかねないからね…一番の心配は、1階の客間で寝ているコンラッドさんのことだ。何かあの人、ちょっとした物音でも起きてしまいそうなんだもん…階段を降りる音で眠りを妨げてないといいんだけどなぁ。
そんなことを思いながら開けたリビングへと繋がるドア。その先には心配の種だったコンラッドさんの姿がありました。あらやだ、起こしちゃうかもしれないと思ってたのにまさかの寝てなかったよこの人。
「アカリさん…?どうしたんです、こんな夜更けに」
「えっと、…何だか寝つきが悪くって。コンラッドさんこそ寝てなかったんですか?」
「俺はさっきまでショーマと酒を飲んでて」
ああ、だからコップが2つあるんだ。少し前に聞こえた階段を上る音はパパだったのか。…てか、お客様に片付けをさせて先に寝るのはどーなの。
むう、と頬を膨らませてそうぼやけば、苦笑を浮かべたコンラッドさんが「ショーマはひどく酔っぱらってしまったから」とすかさずフォロー。おおう、すごいなこの人。文句を言うどころか援護、…何か違う、擁護?だっけ?してるなんて尊敬しちゃうよ。私だったら絶対手伝わせる、酔っていようが何だろうが自分が使っていた食器くらいはキッチンに運ばせます。家族だろうが容赦なしです、鬼なまえちゃんになります!
私眠くなってきてるのかな、思考回路がおかしい気がするんだけど。でも頭はすっきり爽快で眠れる感じは微塵もないけどねーはっはっは。
あ、そうだ。私、飲み物を取りに来たんだった。パパの話を聞いて一気に飛んじゃってたよ。
「眠れないのなら冷たいお茶より、温かいものの方がいいですよ」
冷蔵庫からお茶を取り出そうとしていた私を静止させたのはコンラッドさんのこの言葉。ふむ、確かに一理あるかも…眠れない時はホットミルクがいい、って聞いたこともあるくらいだもんね。そうと決まればレッツくっきーんぐ!
「えっと牛乳はー…」
「ああ、ホットミルクだったら俺が作りますよ。アカリさんは座っててください」
「え、でも、」
「…いいから。これくらいはさせてください」
ね?と微笑まれてしまったらもう頷くしか術はないと思うんです。この人は天然の女タラシなのではないかと思う。まぁ、それはともかく…私はすることがなくなってしまったので大人しく椅子に座って待つことにしました。
牛乳を入れたお鍋を丁寧にかき回すコンラッドさんの大きな背中。その後姿をじーっと見つめて、ふと思考に耽る。
やっぱり私はこの背中を知っている、ような気がするなぁ。でも何処で見たんだろう?私がコンラッドさんに初めて会ったのは昨日のことだし…そもそも彼は異世界の住人だ。それなのに何故かパパと知り合いだったり、ゆーちゃんの名付け親だったり、ママとタンデムしたりしてるけど…でも基本はその異世界にいるはずだから、私と出会っているはずがない。
というか、こんなカッコいい人に会ったことがあったら絶対に忘れない自信がある。だからきっと、聞いたことがあるような声も、見たことがあるような安心できる笑みも、この大きな背中も…私は初めて見るはずなんだ。そう思おうとしても不思議な違和感が胸の奥に残っている。
うーん、と相も変わらず背中を凝視して考え込んでいたら、ふわりと甘い香りがするマグカップが目の前に置かれた。
「ありがとう、ございます…」
「いいえ。熱いので気を付けてくださいね」
しっかりと後片付けをしてから私の向かいへと腰を下ろしたコンラッドさん。何となく顔を見ることが出来なくて、少しだけ俯きながら少しずつホットミルクを飲み下していく。ん、ほんのり甘くて温かくて美味しい…確かにこれはホッとするし、体は温まるし、飲み終わる頃にはゆっくり眠れそうな気もするなぁ。
本当は蜂蜜を垂らすと美味しいらしいんだけど、我が家にはそんなもの置いていないので砂糖を代用したそうな。ああ、だからほんのり甘いんだね。でも蜂蜜入りのホットミルクかー…それも飲んでみたいな、甘くて美味しそう。今度買ってきて試してみよう。眠れない時じゃなくても体を温めるのによさそうだもん、これからもっと寒くなるだろうし。
「眠れそうですか?」
「うーん、どうだろ…さっきよりは気分がリラックスしているような気もするけど」
「でしたら、少しだけ俺とお喋りしようか」
「お喋り、ですか?」
昨日、眞魔国のことやユーリのことを聞きたいと言っていたでしょう?
コンラッドさんに言われてそんなことも言ったなぁ、と思い出した。泊まるお代代わりに、とかも言った気がします。今思えば何言ってんだよお前、って感じだけどさ。でもいい機会、かも。昨日は学校が休みだったから話す時間もあったけど、平日は学校に行っちゃってるし、部活の練習があるから帰ってくるのも遅くてあんまりお話する時間もないもんね…それにいつ、向こうの世界に帰っちゃうかもわからないし。
聞きたいことは聞きたい、と思った時に!これが私のモットーです。どれだけ人に迷惑をかけようとも!!…いや、やっぱり迷惑をかけるのはダメか。これは少し考え直そう、うん。
でも聞きたいことかー…質問、の前に…1つだけ確認したいことがある。
「コンラッドさんってどうして私にも敬語なの?」
「え?」
「ゆーちゃんに対して敬語なのは、彼が王様だからでしょう?時々、フランクな話し方になる時もあるけど」
だけど、私は違う。確かにゆーちゃんとは双子の姉弟だけど、私には魔力とやらはないしコンラッドさんの上司というわけでもない。彼にとってはただの異世界の人間、という認識しかないはずなのに。それなのにどうして、この人は当たり前のように私に対して敬語を使うのかがわからない。
最初はね?それが癖なのかなー、って思ったんだ。いるでしょ?どんな人にも敬語で話す人。コンラッドさんもそういう人なのかも、ってあんまり気にしてなかったんだけど…今朝と夜、皆でご飯を食べている時。パパとしょーちゃんにはフランクな話し方をしていたの。それを聞いて癖じゃない、と思ったんだけど…けど、私に対してはずっと敬語。
その話し方が嫌いなわけじゃないし、嫌ってわけでもない。…でも人間って一度気になると、キリがないんだよね。それに名前も私だけさん付けだし。
「え、と…やっぱり陛下の、姉君なので…」
「でもしょーちゃんには使ってない」
「あ、…」
絶やされることのない彼の顔に浮かぶ、笑顔。
けれど、今は考えることに全神経を使っていて気が回らないのか笑顔は浮かんでいない。初めて見る真剣な顔に少しだけ安堵する。いつだってにこにこ笑っていたけれど、ずっと笑ってるのって結構疲れるのだ。コンラッドさんの笑顔はとても安心するけど、ずーっと笑ってる必要はないんですよーと言いたくなってしまう。…きっとおせっかいなのだろうけど。
冷めてしまったホットミルクをちびちびと飲みながらコンラッドさんの言葉を待っていると、よーく耳を澄ませないと聞こえないような声で「貴女が敬語、だったので…つい」と。その言葉に思わずマグカップを落としそうになってしまった。え?もしかしてずっと敬語で話していたのって私のせい?
「わ、私のせい…?」
「あ、えっと、貴女のせいだとか、そういう風に言うつもりはなかったんだけど…」
「でもきっかけは私なんでしょ?そしたら私も普通に話すから、コンラッドさんもフランクにきてよ。かしこまったの、得意じゃないんだぁ」
へらっと笑みを浮かべてそう返せば、そんな所も有利とそっくりなんだな、と言われてしまった。そういえばゆーちゃんもかしこまったの得意じゃなかったねぇ。
その後は眞魔国がどういう所なのか、とか、どんな人達がゆーちゃんに仕えているのか、とか、とにかく眠くなるまでたっくさんのことを話したの。楽しかったなぁ。あ、それとね?名前もコンラッドって呼ばせてもらうことにして、彼にも呼び捨てで呼んでもらうことにしたんだよ。
翌朝、早速私のことを呼び捨てで呼んでくれた彼に過剰反応した我が家の男勢は見ないフリ。