私の答え
どれくらい悩んだだろう。どれくらい考えただろう。…きっと、人生で一番悩んで考えた数日間だったと思うんだ。
両親が亡くなって探偵業を継ぐ、って決めた時だってこんなには悩まなかった。だって、いずれは継ぐつもりだったし父さんと同じ仕事がしたいってずっと思ってたから。何より、父さんと母さんが生きていた証を残しておきたかったんだよな。確実な形として。…それが、私が2人の跡を継ぐことだった。だから悩む要素なんて1つもなくて、高校を卒業するのと同時にこの町を飛び出したんだ。
けど、それと今回のはなんつーか…違う、んだよな。どっちも簡単に答えをだせるものじゃないし、出しちゃいけないもの。まぁ、私の場合は簡単に答えを出しちゃったものもあるけどさ。…あー!言葉にすんの苦手なんだよ!どうしたらいいか、わからなくなる。
答えはきっと、もう出てるんだ。私の中でしっかりと。それを伝える術がないわけでもないし、新一だって…待ってるのかも、しれない。私の言葉を。
伝えたくないわけでもない。伝えたいって、心の底から思ってるけど…それでも伝えることを躊躇してしまうのは―――
「黒の組織のことが、解決してないからなんだろうなぁ…」
今の新一は毒薬を飲まされたせいで体が縮んで、江戸川コナンとして生きている。新一は事件の捜査で遠くに行っている、と誤魔化してるらしい。つまり、アイツ自身の体とはいえども、子供の姿でいる以上は仮の体と言ってもおかしくはないってこと。元の生活に戻れていないアイツに気持ちを告げても、いいのかがわからないんだ。ハッキリ言って。
先に告げてくれたのは新一だ。だから深く考えることも、気にすることもないのかもしれないけどー…どうにも、踏ん切りがつかない。けどまぁ、そんなのは建前で私は怖いのかもしんないね。新一に拒絶されることが。一度手に入れたものを手放すのは、何よりも怖くて辛いことだから。
とはいえ、このまま宙ぶらりんのままではいたくない。やっぱり私の気持ちは、ハッキリ新一に告げたいって思う。それがどんな結末を迎えることになっても、ね。
さーってと!曖昧な決意ではあるけど、その為に色々準備をしないとなー。ひとまず、逸る心臓をおさえつつ、私は1通のメールを作成することにした。
「そろそろ、かな」
腕時計を確認すれば、約束の時間まであと5分をきっていた。自分から呼び出したんだけど、すっげぇ緊張する。口から心臓出てきそう、ってこういうことを言うんだろうなーきっと。今更だけど逃げたくて仕方ない…!いや、逃げたって解決しないから絶対に逃げないけど。
ああ、くそ。人生で一番悩んで、考えて、緊張してる気がするぞ。大きく息を吸って深呼吸をしていると、後ろからじゃり、と砂を踏みしめる音が聞こえた。そっと振り向いてみれば、そこにいたのは私の待ち人。
「新一、」
「…よう。待たせちまったか?」
「いんや、大丈夫。私が早く来すぎちまっただけだ」
呼び出した先は大きな公園。だけど、時間が時間だからか子供の姿なんてもうなくて、時折、散歩しているご老人の姿がちらほら見えるだけだ。…ま、だからこの時間を選んだんだけどな。新一も子供だけど、でも帰りは私が送っていけば問題ないだろうし。
…っと。うっかり話が逸れちまったな。温かい飲み物を自販機で買ってベンチへ座れば、珍しく新一はソワソワと落ち着きがないように見えた。こういう所を見ると、ちょっと子供っぽいかも。中身が17歳だから、普段は全く子供っぽくないんだよなぁ。蘭の前ではしっかり子供!って感じだけど、私の前では…ずっとあの頃の新一のままだ。だからこそ、今でもコイツに恋焦がれているのかもしれない。
「この前、キスしただろ?」
ポツリ、と風に乗せた言葉は存外大きく響いて、新一の体がビシッと固まったような気がした。別にあのことを責めてるわけじゃねーんだし、そんなに怯えなくてもいいんだけどな?それに聡い新一のことだ、何となく私の気持ちに気が付いてると思ってるんだけど…特に新一のことを避けていたあの時期に、だ。
言葉を投げたのは私からだったのに、気が付けばぼんやりと思考を飛ばしてしまっていて。次に我に返った時は、消え入りそうな声で「悪い」という言葉が耳に届いたんだ。それは間違いなく新一が発した言葉、謝罪。
驚いて顔を上げれば、今にも泣きそうな顔をしている新一と目が合った。…どうして、そんな顔をしてるんだ?お前は何も悪いことなんてしてない、謝ることなんて1つもないだろ?むしろ、謝らなきゃいけないのは私の方だろ。あの日からずっと、この事実から目を逸らしてたんだから。
「咲羅、俺…っ」
「なぁ、新一。私はさ、これっぽっちも怒ってないんだが?」
「え…?」
「むしろ、嬉しかった。好きって言葉も、キスも」
だけど、お前の今の状況を考えると素直に受け取っていいのかがわからなかった。素直に自分の気持ちを告げていいのかがわからなかったんだ。…でも、それじゃあ何も解決しないし、前に進むことも出来ないから。だから今日。お前を呼び出したんだ。私の気持ちを伝えたくて。
新一の顔を下から覗き込むようにしゃがめば、コイツの顔は薄らと赤みを帯びていた。もしかしてさっきの私の言葉で照れてんのかな?何だよ、可愛いとこあんじゃんか。
周りに人がいないかだけ確認してからぎゅうっと新一を抱きしめた。人の体温って安心するし、この方が私も…言葉を紡ぎやすい。恥ずかしいのか腕ん中でもごもご動いてやがるけどな。でも話が終わるまで、絶対に離してなんかやらねっての。少しくらい我慢しやがれ、私だって恥ずかしいんだ。
「…好き。私も新一が大好きだ」
「咲羅……」
「けどな?今はその気持ち全てに応えること、できない」
「!」
「黒の組織のこととか、色々問題は山積みだしな…」
全て解決して、新一が元の体に戻れる時が来たらその時はまた―――
「好きだと、言ってください」
「…元の体に戻ったら、その時はオメー、俺のもんになんのか?」
「ふはっまーたずいぶんと上から目線だね?実年齢も年下のくせに」
「うっせー。…俺だって、確かな約束が欲しいんだ。オメーを失わない約束が」
「ん、そっか。…なるよ、新一のものに。むしろ、…して、ほしい」
そっと、触れるだけのキス。
すぐに離れていったソレはとても温かくて、柔らかい…それこそ涙が出そうになるくらいに。このキスで、しばしのお別れだ。再び見えるその時は、きっと全てが解決した時でしょう。
自分で決めたこととはいえ、ちょっと泣きそうになってしまう。グッと堪えて立ち上がれば、それに倣って新一も立ち上がる。いい加減に帰らないと蘭達が心配しちまうな。帰ろう、と手を差し出せば、一瞬眉間にシワを寄せながらも素直に繋いでくれた。何だかんだ言って私の好きなようにさせてくれるんだから優しい奴だと思う。
「咲羅」
「ん?」
「言っておくけどな、俺は一度もオメーを忘れたことなんかねぇし、他の奴を好きになったこともねぇ」
「…うん?」
「俺は、…狙った獲物は逃がさねぇ主義なんだよ。ぜってー逃がしてなんかやらねぇぞ」
「ふふ、うん、その日を…楽しみにしてるよ」
この角を曲がれば毛利家はすぐそこだ。だから、私が一緒にいられるのは此処まで…これ以上先に行ってしまったら戻れなくなってしまいそうなんでね。名残惜しいけれど、…繋いでいた手を離してくるり、と後ろを向く。そこではた、と気が付いたんだ、渡してない物があったことに。
ポケットから取り出したそれを放り投げれば、さっすが新一!難なくキャッチしてくれちゃってさ。まぁ、キャッチしたものが何かわかんなくて首を傾げてるけど。
「私から新一への贈り物だ。ラベンダーの香り袋」
「香り、…?」
「ラベンダーの香りは鎮静効果があるらしいから、リラックスしたい時にオススメなんだよ。それから、」
「あ?」
「花言葉は『貴方を待っています』なんだよ?ワトソンくん!」
…ねぇ、新一。今度は私が君のことを待つ番だ。
いつまでだって待つ自信があるから、だからいつか―――迎えに、来て。
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