揺さぶられる


『―――咲羅ちゃん?久しぶり、わかるかしら』
『あの、ね…赤井秀一を、覚えてる?彼、…彼がね、』
『亡くなったの。』


どうして私にそんな話を、と思ったけど、でも彼女が―――ジョディさんがわざわざ教えてくれた理由は、すぐにわかった。だって私は、彼にとても懐いていたから。父さんが嫉妬するくらい懐いてて、彼も私のことを妹みたいに可愛がってくれていたから、だからきっと…教えてくれたんだ。彼の、最期を。


「…あん時のこと夢に見るなんて、久しぶりかも」


そんなに前のことじゃないはずなのに、もうずぅっと前のことのようで…何か変な感じだ。別に私の生活の中に常にあの人がいたわけじゃないから、亡くなったって聞いた時もそこまで落ち込むことはなかったけど…でもやっぱりどこか喪失感、って言えばいいのかな?そんなのがあって、…しばらく本調子じゃなかったことも懐かしいくらい。

…そういえば、前に新一からFBIの人と知り合いになったーって聞いたことがあったっけ。それから何度か一緒に事件を追ったとか、そんなことも。私はその時、自分の仕事で手一杯で手伝うことができなくてFBIの人達に会うことはなかったけど、でもきっと―――その人達って、ジョディさん達だったんだろうなぁ。
ああでも新一と知り合いだったのなら…もう一度くらい、会いたかったなーなんて考えたら、アンタは怒るのかな?


「ねぇ?秀さん」


ポツリ、と呟いた言葉は闇の中に溶けていった。





妙な時間に目を覚まし、また夢の世界へと旅立った私の意識が浮上したのは、それから何時間も後のこと。
ふっと目を開けてみれば、部屋の中は赤く染まっていてビックリだ。せいぜい昼くらいかな、と思っていたのにまさかの夕方って…私はどれだけ眠ってたんだよって話だよなぁ。…つーか、博士は昼食どうしたのかな。インスタントの買い置きがいくつかあったはずだから、それを食べてる確率が高いかも。志保にバレたらめちゃ怒られそ。
ジャージからTシャツと短パンに着替えて1階へ下りると、リビングから何やら賑やかな声が聞こえていた。どうやらいつもの探偵団の面々が遊びに来ているみたいだな。


―――ガチャッ

「あっ咲羅お姉さん!」
「おそよう、咲羅。ずいぶんとお寝坊さんなのね?」
「…言葉に棘があり過ぎるよ、哀」
「自業自得でしょう?どれだけ寝ていたの」


哀の言葉にえーっと、っと数え始めてみると、あらビックリ。何と12時間眠っていたらしい…仕事が入ってなくて心底良かったと思ったけど、でも半日寝てたとは思わなかったな。あははーと笑いながら言うと、新一と志保に呆れた視線を頂きました。さすがに歩美ちゃん達も苦笑いしてるし。
まあなー、そりゃ半日寝てましたーって聞いたらそんな反応にもなるわ。私も呆れるか苦笑いするかのどっちかだと思うよ、知り合いがそんなこと言い出したら。

それにしても朝も昼も食べてないからお腹空いたなー…というか、夕食の準備をしないといけないんだけど、買い出しに行かないと食材が何もなかったような気がするんだけど。
嫌な予感を胸に抱えたまま冷蔵庫を開けると、予想通り中は空っぽ。調味料や飲み物、あとチョコくらいしか入っていませんでした。これじゃあ何も作れないわ、食材買って来ないと。時間的にもう歩美達も帰るだろうから、博士と志保も巻き込んでスーパーに買い物行ってこようかな。
そんなことを考えていたら、どこかに行っていたらしい博士が顔を出した。


「おお、咲羅くんちょうど良かった!」
「…へ?ちょうど良かったって、何が?」
「今日は探偵団の子供達と昴くんと一緒にバーベキューをすることになっとってな」
「え?なにそれ、私初耳だけど…」
「昨日、この子達の要望があって決まったの。貴方、仕事が忙しくてずっと部屋に籠っていたでしょう?」


本当は今日の朝、話すつもりだったんだけれど。
そう言った志保がチラッと視線を向けてくるけれど、バツが悪くて私はそっと逸らしました。だって完全に分が悪いもん、そうじゃなくても志保に口で勝てた試しなんてないんだから。年下の女の子に、と思うんだけどさぁ…この子、めちゃくちゃ頭良いからなー元々、勝てるわけがないんだよ。私は。多分、脳みその出来が違うんだろうなぁ…うん。
っと、そんな話をしている場合ではないのか。もう食材は買ってきてあるし、器具も今、博士が庭に準備してくれていたらしい。ということは、あとは食材の準備をすればいいって所かなー。
んじゃま、準備を始めますかーと思った所でインターホンが鳴った。


―――ガチャッ

「はいはーい、どちら様―――…あ。」
「どうも。こんばんは、伊勢谷さん」
「ええっと、…こんばんは、沖矢さん」


…そうだ。さっき、博士が言っていたじゃないか、探偵団の子供達と昴くんとバーベキューするって。そしてさっきまでリビングに彼の姿はなかった―――ということは、ドアを開けた先に彼がいるのは至極当然のことなんだよな。…なに冷静に分析してんだろ、私。
ひとまず上がってください、と中に招き入れると、何やら紙袋を渡されました。何ですか、これ。


「デザートに、と思って」
「ああ、買ってきたんですか」
「いえ、作ってきました」
「は?!作ったの?!」


ノリでツッコんでしまった後、しまった、やっちまった!と頭を抱えたくなった。子供達といると結構、ツッコミにまわってるからついクセで…ツッコまれた沖矢さんは何です?って顔をして首を傾げている。
なんだこの人、仕草がめちゃくちゃ可愛い人だな!!男の人が首を傾げて可愛く見えるって相当だぞ、この人、見た目が華奢なわけでもないし中性的でもないのになぁ。

…沖矢さんの料理が美味しいのは知ってたし、一度だけクッキーをおすそ分けしてもらったこともあるけど…何かもう予想以上のことするんだなぁ。
今度は一体何を作ってきたのだろうか。気になって紙袋を覗き込んでみると、白い箱が見えた。中身が何かはわからなかったけど、ふわりと甘い香りが鼻腔を掠めたからケーキとかパイ系かな。多分。


「…カスタード?」
「よくわかりましたね。カスタードパイですよ」
「甘い香りがしたから何となく…うわ、食後が楽しみ!」
「―――…!」
「ん?沖矢さん?」


やっほぅ!と喜んでいると、いまだ靴を履いたままの沖矢さんがぽかんと口を開けていた。糸目に拍車をかけたような細い目が開かれた所は見たことがないのだけれど、今は綺麗な瞳が見えていて。彼が呆けた顔をしていることより、見たことのなかった瞳が見えていることの方に驚いてしまっている自分がいる。
綺麗な色だなーとか、全く違う方向へ思考が沈んでいきそうになっていたら、新一の声が聞こえてようやく我に返ったんだけれど。


「咲羅姉ちゃん、何してんの?昴さん来たんでしょ?」
「あ、うん、来たよ…悪い、話し込んでた」
「こんばんは、コナンくん」
「うん、こんばんは!昴さん。…あれ?咲羅姉ちゃん何持ってるの?」
「昴さんお手製のカスタードパイだって。冷蔵庫に入れといて」
「わかった!もう準備始めてるから、2人共早く来てよね!」
「ええ、すぐ行きますよ」


紙袋を抱えた新一がパタパタと奥へと消えていく。それを見送って、ようやく靴からスリッパに履き替えた沖矢さんへと視線を戻す。
…さっき、この人は何であんなにマヌケな顔をしてたんだろ?私、変なこと言ったかなと思ったけど、でも当り障りのない普通の会話しかした記憶がないし、馬鹿な発言をした記憶もない。だから尚更わからなかった、沖矢さんのあの表情の意味が。
…気になることは本人に聞いてみるべき、だな。


「な、さっき何に驚いてたんだ?」
「え?」
「コナンが来る少し前かな。めっちゃマヌケな顔してたぜ、アンタ」
「マヌケって、…君、割とズバッと言いますね」
「私の長所だ。…で?なんで」


話は逸らさせない。気になったことは気が済むまで徹底的に調べないと嫌な質なんでね、悪いけど言いたくない理由だったとしても私は逃がす気は更々ないぜ?…なぁ、沖矢さん?


「大したことではありません。ただ、」
「ただ?」
「君が―――とても嬉しそうに笑ったので、見惚れてしまった」
「………は?!」
「私と話している時、君は滅多に笑わないので…新鮮でしたよ」


もっと笑えばいい。笑顔の方が、君には似合いますよ?
にっこりと笑って告げられた言葉に、私はその場に立ち尽くしてしまった。沖矢さんがリビングに入っていくのも見えたけど、でもそれを追いかけることも出来なくて―――ただひたすらに、玄関で立ち尽くしてさっきの言葉をずっと、ずーっと頭の中で反芻してしまう始末。
な、…なんだ今のあの人…っ!言葉はすっごくキザな感じがするのに、でも少しも嫌な感じがしなくて―――マジで、顔があっつい……!!

『もっと笑え。その方が子供らしいし、何より―――お前には笑顔が似合う』

それで?何で彼の、こんな言葉を今更思い出してるんだ?私ってば。…というか、そっか…ちょっと引っかかるような感じがしていたのは、沖矢さんの言葉と秀さんの言葉が似ていたからだったんだな。
あの時は純粋に嬉しかったけど、でも今思い返してみればあれ…めちゃくちゃ失礼じゃね?本当に今更だし、文句を言えるわけでもないんだけど。


「…何か、」


沖矢さんと話してると、調子狂うなぁもう!
下ろしたままだった髪をぐしゃぐしゃにかき乱して、気持ちを落ち着けて、私は皆が待っているであろう庭へと向かうことにした。

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