追憶


「Is it OK?」


唇をグッと噛んで泣きそうになるのを堪えていた私に向けられた、英語。低いけれど、でもその声にホッとしたのも事実でバッと顔を上げた先にいたのは、ツリ目のお世辞にも目つきがいいとは言えない男性。初めて事件に巻き込まれて恐怖感を抱いていた私は、せっかく助けに来てくれたその人を見て大泣きしてしまった。

助けに来てくれたその人がFBIの人だって知ったのは、それから数日後のこと。改めてお礼に、と両親と共に訪れた場所がFBIの本部で、思わずギョッとしたんだ。だって普通に生きてたら、こんな所に来ることなんてないし。
そもそも日本の警察にだって行ったことないのに(父さんと母さんは探偵だから、たまに行ってるみたいだけど)、それなのに何でFBIの本部に行くことになるのか。でもその疑問はすぐに解決した、この前私を助けてくれたあの人がFBIの人だからなんだと。


「(確かに事件に巻き込まれたから、助けてくれたのはそういう関係の人だろうけど…)」


通された待合室?みたいな所でそわそわしつつも待っていると、ガチャリとドアが開いた。その先にいたのはツリ目の男性と、金髪の女性。
男性は私を助けてくれた人だけど…女性もFBIの人、なんだろうか?それとも私が覚えてないだけで、あの時もあそこにいた人なのだろうか?


「貴方がシュウの言っていたお嬢さんね!初めまして、私はジョディよ」
「ジョディ…さん?」
「そこに立っているちょっと目つきが悪いのがシュウ…じゃない、赤井秀一」
「赤井、…私を助けてくれた人、ですよね」


そう問いかければああ、と一言だけ返ってきた。それを聞いたジョディさんはもう少し何かないの?と詰め寄っていたけれど、きっとあの人は口数少ない人なんだろうなぁ、と勝手に解釈。
それからお礼を改めてして、その時はホテルに帰ったんだけど…何故か何度か食事に行ったりとか、街で偶然会ったりすることが多かったんだ。アメリカは元より、私達が滞在していたワシントンだってそんなに狭い場所じゃあない。日本だったらもしかしたら何度かの偶然なんてたくさんあるかもしれないけど、でもワシントンじゃあそれも有り得なさそうなのになぁ…。


「―――ねぇ、FBI捜査官って暇なの?」
「……お前って奴は、段々言うことが容赦なくなっていくな」
「気になることは口にする主義なもんで」


何度目かのお茶会。美味しそうなタルトをを頬張りながら、ずっと疑問に思っていたことを私は口にした。彼がヒクリ、と口元を歪ませたことに気がついてはいたけど、まぁ当然のことながら知らんぷりするよね。
そう、何度か会ううちに敬語が苦手だろ、と秀さんにバッチリ当てられてしまった私は、その瞬間からこの人を年上扱いするのをやめた。だって敬語じゃなくても気にしない、って言われたしね。それだったら遠慮なくーって普通に喋るようになったんだけど、そこから私は本来の性格を晒すようになっているわけで。…命の恩人にいいのか?ってくらい、ズバズバ言うようになりましたとさ。
たまーに秀さんも気にするような素振りを見せるけれど、厳重に注意されることはないんだよね。やっぱり外国だとそこまで上下関係にうるさくないのかも。日本だったら絶対に怒られるよね、目上の人に敬語を使わなかったら。


「別に暇なわけじゃない。仕事もしているさ」
「その合間に私なんかとお茶とか食事とかしてていいのか?ジョディさんに何か言われない?」
「?何故、そこでジョディが出てくる」
「何で、って…そりゃあ、ね」


ストローで紅茶をかき混ぜれば、カランッと氷がグラスに当たる音がした。その音を聞きながら言葉の続きを紡ごうか悩んで、でもやっぱりそのまま飲み込んだ。黙り込んでしまった私に秀さんは訝しげな眼を向けてくるけれど、そこはお得意のスルースキルを発動させる。だって、…だってこんなことを言ったらきっと、秀さんは困るだろうから。表情は一切変えないと思うけど、それでも困るのが目に見えてるから。

秀さんが偶然を装って私と会っているのも、こうして定期的に食事やお茶をしているのも…多分、捜査の一環だ。また事件に巻き込まれるかもしれない、と危惧しているから、だから私と会っているんだろうなっていうのは何となく、わかってる。そういう勘は鋭い方だからね。
それと、…彼とジョディさんは―――恋人同士だってことも、何となくわかってた。2人は何も言わないし、そういう素振りを見せているわけでもないけど、それでもわかるものはわかるんだよなぁ。

その理由は単純明快、私が秀さんに恋をしているから。

今まで誰かを好きになるってことはしたことなかったけど、好きになるとその人ばかり見てしまうっていうのは本当だったんだな。だから気がついたんだ、僅かに緩む秀さんの瞳に。ジョディさんを見つめる秀さんの瞳は、愛おし気に、優しく細められていたからさ。…そんなの見ちゃったら、嫌でも気がつくだろ?
だから、…仕事の一環だと言っても、女(中学生のガキだとしても)と2人で会っているのはいい顔しないんじゃないのか、って思った。その意味を含めた言われない?って問いかけだったんだけど、秀さんはまるで気がついてないみたいだ。

(殊更、色恋沙汰には鈍そうな人だけど―――…って、私も人のことは言えないか)

幼なじみである新一や蘭や園子に何度も言われてる。私は自分に向けられている好意に疎すぎる、って。そんなつもりは全くないんだが、…普通は気がつかないだろう?自分に向けられている感情なんて。
そりゃあ嫌悪感はわかりやすいから、気がつかないことの方が少ないと思うけどさ。


「あ、そうだ。私さ、明後日帰国するんだ」
「明後日?それはまた急だな」
「だって長期休暇で来ていただけだから。もうすぐ学校が始まるんだよ」
「……そういえばお前、中学生だったか」
「なんだ、その顔」


一瞬だけ呆けた顔になった秀さんは、すぐにグッと眉間にシワを寄せて何とも言えない表情になった。何か、腑に落ちないっつーか、納得いかないんだけど?そんな顔されると。


「いや、…お嬢ちゃんが年相応の素振りを見せたのは最初だけだったな、と思い出しただけ」
「最初って、……ッあれは忘れてってば!」
「誰が忘れるか。人の顔見て大泣きしやがって」
「何気に根に持ってんだろアンタ!……仕方ないだろ、ホッとしたのもあるけど、睨まれたみたいで怖かったんだ」


行儀が悪い、とわかっていながらも、ズズズッと音を立てながら紅茶を啜り、そう呟けば。秀さんは気を悪くした様子も全くなく、くつくつと喉の奥を震わせて笑っているようでした。…多分、というか絶対、初めて会った時の私の泣き顔を思い出しているに違いない。
今思い出しても顔から火が出そうになるくらい恥ずかしいし、あんなにも泣き喚いたのは初めてに近かったしなー。それを初対面の男性に見られたときたら、…逃げたくもなるよ。


「意外と意地が悪いよね、秀さんって」
「そんなことはないだろう」
「あるっつーの」
「ない。」
「あるってば、…っく、くくっ」
「はあ…今度はなんだ、いきなり笑い出して」
「ふ、いやさー、秀さんもそんな風に言い張ることがあるんだなぁと思って」


意地を張るようにない、と言い張る秀さんは、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ子供っぽいなぁと思って。そしたら何か急に面白くなってきちゃったんだよね。


「―――お嬢ちゃんは、」
「ん?」
「もっと笑え。その方が子供らしいし、何より―――お前には笑顔が似合う」


ふっと瞳を細めて言葉を紡ぐ秀さんに、胸が高鳴った。ああやっぱり私は、この人のことが好きなんだ。


これが私と秀さんの、最後。

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