真珠の涙


泣き叫びたかった。泣き叫んで、新一を助けてって誰かに懇願したかった。お願い、誰でもいい、新一を助けて…私の一番大事な人を、連れてなんか行かないで。私はどうなってもいいから、足りないものは全部あげるからっ…だから新一を助けて―――!





「…ッ?!」


い、まのは…夢……?額に手をやれば、尋常じゃない程の汗が吹き出していてビックリだ。え、というか、此処って何処?何か真っ白だし、消毒液臭い…なんつーか、病院みたいだ。


「目を覚ましたか、お嬢ちゃん」
「秀さん…?」


今まで気がつかなかったけど、秀さんはずっとこの部屋にいたらしい。体を起こせば、パイプ椅子に座って足を組んでる彼の人。そこら中にガーゼや包帯をしているけれど、比較的元気そうに見える。だって私みたいにベッドに寝かされてないみたいだし…いや、秀さんのことだから寝ていないだけかもしれないけど。


「あの、私…?」
「覚えていないのか?アジトを脱出した所で、気を失った。それから3日経っている」
「3日?!」


3日も眠っていたのは驚きだけど、段々意識がハッキリしてきた。そうだ、無理矢理に組織のアジトまでついていって、データを奪って、それから……ちょっと待て、あの時私は…誰かを助けようとし、て―――

ぶわりと一気にあの時の記憶が、光景が、恐怖が戻ってきたんだ。

新一は、アイツはどうなったんだ?!確か秀さんが抱えてくれて、でもピクリとも動かなくて、それでっ…!
私は半ばパニックになりながら、秀さんの腕を縋るように掴んで新一の安否を問い質した。お願い、お願いだから秀さん…生きてるって、大丈夫だって言って!


「落ち着け、お嬢ちゃん」
「どうしよ秀さ、しん、新一が……!」
「大丈夫だ!…ボウヤは、生きてる。生きてるんだ」
「いき、てる……?」


うわ言のように呟けば、それは秀さんにしっかりと届いていたようで、彼もああ、と返事をくれた。生きてる…新一は、死んでない…?何度も、何度も頭の中で秀さんの言葉を反芻して、噛み砕いて、そしてようやく…言葉の意味を理解することができた。アイツはしっかりとこの世に、存在しているんだってことを。
それを理解して、認識した途端、ジワリと視界が滲んでいっていることに気がついたんだ。安堵して、力が抜けていく…私は秀さんの腕を掴んだまま、ボロボロと涙を零す。


「う、…うう〜〜〜っ」
「…変わらないな、泣き虫な所は」
「なきむし、じゃないですっ…!」
「はいはい。そういうことにしておこう…咲羅」


ボロボロ涙を零し、グスグスと鼻を啜りながらも、秀さんの言葉は聞こえている。私が新一ではなく、この人に惚れたままであったとしたなら、今の名前呼びにうっかり涙も止まっていたとは思う。
それくらい衝撃的なのだ、秀さんは出会った時から今までの間、ずーっと私のことを「お嬢ちゃん」と呼んでたんだからね。認められたみたいで嬉しいは嬉しいけど、でも今はそれ所じゃない。秀さんに名前を呼ばれたことより、新一が生きてくれていたことの方が何倍も嬉しいんだ…!

涙がようやく止まり始めた頃、コンコンとノック音。どうぞ、と声を掛ければ、ドアが思いっきり開いて、私は誰かに思いっきり抱きしめられた。あまりにも早くて、一体、誰に抱きしめられているのか…全くわからない状態でポカン、と口を開ける。
でもゆっくりドアを閉める優作さんの姿が見えたから、ああ抱きついているのは有希子さんか、と納得。そっか…全てが片付いたから、会いに来たんだね。新一に。


「やあ、元気そうだね。咲羅くんも、赤井くんも」
「ええ、何とか」
「お久しぶりです、優作さん。…有希子さんも」
「咲羅ちゃんっ…もう大丈夫なの?元気なの?!」
「元気です。心配かけてごめんなさい」


秀さんのように組織相手にドンパチやったわけではないから、あるのは軽い火傷と擦り傷だけだ。本当ならこんな入院するような容態じゃないから。倒れ込んだのは多分、煙を吸ったからかも…最初は袖口で口を押えてたけど、途中からそれすらも忘れてたからなー。煙の吸い過ぎで死亡、って結果にならなくて良かったよ。本当に。
いまだ私を抱きしめ、涙を流し続けている有希子さんの背中をぽんぽん、と叩いて、大丈夫ですよーと声を掛けた。両親を亡くした後、親のように可愛がってくれたのも、心配してくれたのも工藤夫妻だったんだよな。
養子になればいい、と言われたこともあったっけ…さすがにそれは勘弁してください、と断ったけど。幼稚園児とか小学生の時ならまだしも、亡くしたのは高校卒業間近だったから1人で生きていけなくもなかったし。…それでも、問題はないかーってしょっちゅう連絡くれて嬉しかったのを覚えてる。だからこそ、こんな風に心配を掛けて泣かせてしまうのは胸が痛い。


「新一には?会いました?」
「ああ、今さっき。意外と元気そうで安心したよ」
「…そうですか」
「ぐすっ咲羅ちゃんは新ちゃんに会いに行ってないの?心配してたわよ?あの子」
「ええっと、…」
「咲羅はついさっき目を覚ました所なんですよ、有希子さん」


言葉に詰まった私を見兼ねてか、秀さんが助け舟を出してくれた。それを聞いて有希子さんは納得したように、そう、と頷く。…でもきっと、気を失ってなかったとしても私は―――新一には、会いに行っていなかったかもしれないと思う。
秀さんの言葉を嘘だと思ってはいないし、優作さん達の言葉も本当だとわかっている。この目で無事で、元気な姿を見たいとも思ってる。でも、…怖いんだ、新一に会うのが。一体、何を言ってるんだって思われるかもしれないけど、それが本音だ。怖いというか、気まずいって言えばいいのかな…守る、と豪語したくせに、何もできなかったから。


「…咲羅ちゃん?」
「え…?あ、何ですか有希子さん」


ボーッとしてしまっていたらしい。有希子さんが心配そうな顔で、私の名を呼んだ。優作さんと秀さんもどうした?と言いたげな顔。いや、そんな注目しないでもらえないかな…ちょっと考え事してボーっとしてただけなんだけど、私。そんな心配されるようなことじゃあない、具合が悪いわけでもないから大丈夫。
にっこり笑みを向けてみるけれど、有希子さんは何故か破顔せず、じっと何かを考え込んでいるみたいだ。そして投げられた言葉に、私は文字通り絶句するハメになったんだけどな。


「……はい?」
「だーかーらっ!私達と一緒に来ない?咲羅ちゃん」


それは、海外移住のお誘いですか?有希子さんよ。

- 34 -
prevbacknext
TOP