敵前逃亡!


『何も移住しましょう、ってことじゃないの。しばらくあっちで私達と過ごして、息抜きをしてほしいなって』

『観光旅行だと思ってくれればいいわ!少し長めの、ね』

『咲羅ちゃんは頑張ったんだもの、少しくらい…探偵のお仕事はお休みして、ゆっくり過ごしましょう?』

『…いいんじゃないか?アメリカに行くのも』


最終的に私の背中を押したのは、秀さんで。まぁ、あの人の言葉で決めたわけではないんだけど…渋るばかりだった私を、前向きにさせたことには違いないと思う。
しばらく探偵業は休みにして、アメリカで頭を冷やすのもアリかもしれないと心の底から思った。それで気持ちの整理がついたら、また日本に戻ってくればいいんだから。





「いいの?工藤くんに何も言わずに渡米なんて」
「んー…まぁ、蘭には言っておいたからそのうち伝わるだろ」
「そういえば、…彼女は見送りに来ていないのね?」
「ああ…渡米する日、伝えてないから」


志保の言う通り、見送りに行きたいから日にちが決まったら教えてと言われてはいる。でも蘭が来れば、自動的に新一も来るだろ?だから教えなかった―――というのは建前。だってまだ、新一は入院してるから。だから蘭に日にちを教えても、新一が来る心配はない。なのに教えなかった理由は、ただ1つ…あの子が泣く姿は、見たくないと思っているから。黙ったまま行ってしまえば、結局泣かせるハメになるのはわかってるんだけどなー。


「そういや、解毒薬が完成したんだって?」
「ええ、貴方が奪ってきてくれたデータのお陰でね。工藤くんが回復次第、私も一緒に薬を飲むつもりよ」


本当はその瞬間、貴方にいてほしかったのだけれど。
そう言って志保は苦笑する。うん、私も立ち会いたいとは思ったけど、…やっぱりまだ新一に会う勇気が出ないんだ。大怪我を負ったアイツを、正面から見れる自信が出ない。会ってしまったらきっと、私は泣きじゃくると思う。いらない、と言われても、何度も何度も…謝罪の言葉を繰り返すだろう。守れなくてごめん、と。
そうなってしまえば新一は、自分自身を責めてしまうような気がしているんだ。自分がもっと強ければ、とか、子供の姿じゃなかったら、とか…でもそれは違う。新一が気に病む必要はどこにもないし、むしろ新一は何も悪くない。自らの手で全てをぶっ壊して、呪縛を解き放って、そして…運命から逃げ出さなかった。


「…咲羅。貴方も気に病む必要なんてないの、大丈夫なのよ」
「ん、ありがと志保」
「今度会う時は、いつもの笑顔を見せなさい。それと、…携帯を変えるつもりはないから、帰ってきたら連絡してくること。いい?」
「あはは、わかった。久しぶりに本来の志保に会えるのを、楽しみにしてる」
「元気でね」
「そっちこそ」


そろそろ時間なのだろう、待たせていた有希子さんに呼ばれた。じゃあね、と志保に手を振り、私は有希子さんと共にゲートをくぐる。優作さんは仕事の関係で一足先に旅立った、らしい。らしい、と言うのは、今朝有希子さんから聞いたからであって、あの人の見送りには行っていないからね。
秀さんもこっちでの後処理は片付いたらしく、昨日アメリカへと戻っていったそうな。ジョディさん達と一緒に。何かあったら連絡しろ、俺もする、と半ば強制的に番号とアドレスを交換させられたのは記憶に新しい。

(あんな脅しみたいなことしなくても、連絡先くらい交換するのに。普通に)

秀さんは事件に巻き込まれた私を助けてくれた命の恩人で、兄みたいな人だ。アメリカに旅行に行っていた時は、それはもうお世話になったしね。まぁ、あの人にとって私といたのは監視が主な理由だったんだろうけど…それでも私は本当に楽しい時間を過ごせた、と今でも思っているくらい。最初はFBIは暇なんだな、と思ってたけど。
付き合いは短く、何年も疎遠だったけれど、色んな意味で大切な人だという認識は変わっていないのです。今でも好きだぜ、この野郎。恋愛感情は抜きで。


「結局、新ちゃんに会いに行かなかったのね?」
「…会いに行かない理由を知ってて、渡米の話を持ちかけたんじゃないんですか?」
「まぁ、ね。でも心配してたでしょう?あの子のこと」
「否定はしませんけど、…とりあえず、頭を冷やすことにします」


何度考えても堂々巡り。だから一度、思考を休めてアメリカ旅行を楽しんでみようと思う。


「あ…ホテル探すの、忘れてた」
「いいじゃない、ウチに滞在すれば。時々、私と一緒に出かけてくれればホテル代もナシよ」


いい話だと思わない?と笑った有希子さんは、可愛らしく、でも綺麗でもあった。でも確かに悪い話でもないんだよね、ホテルで1人でいるより…優作さんや有希子さんといる方が気も紛れるだろうし、退屈もしなそうだし。断る理由もなかった私は、その申し出を有難く受けることにしたのだ。優作さんは仕事が忙しい可能性が高いけどな。


飛行機に揺られること14時間。でも向こうに着けばその時間はクリアになり、何か変な感じ…そりゃあ時差ボケにもなるよなぁ、日本を発った時間にほぼほぼ戻ってんだからよ。ああでも、ひっさしぶりだなぁアメリカも。中学の旅行以来だから、6〜7年ぶりくらいか?滞在時間はそう長くもなかったから、懐かしい・久しぶりっつー感覚はおかしいのかもしんないけど、でも久しぶりって感覚になるんだから不思議なもんだ。
ゲートを出て、荷物を受け取れば、あとは工藤家に向かうだけ。タクシーでも拾うのかな、と欠伸をしながら考えていたら、有希子さんが「優作!」と嬉しそうな声を上げた。


「長旅お疲れ様。有希子、咲羅くん」
「あ…どうも、優作さん」
「仕事は大丈夫なの?迎えに来てくれたのは嬉しいけど」
「ひと段落ついたからね、息抜きだ」


…って本人は言ってらっしゃるけど、これ放り投げてきたんじゃないかなぁ。時々、煮詰まるとフラッといなくなるんだって新一から聞いた覚えがあるし。はは、と苦笑しながらも優作さんの車に乗り込んだ。


「そういえば咲羅くん。探偵業の方はどうするんだい?」
「あー…しばらく休業にして、日本に戻ったら再開しようかなぁって」
「そうか」
「事務所はもうないですけど、でも…『伊勢谷探偵事務所』は両親の忘れ形見だから、失くしたくないんですよ」
「ふふっ新ちゃんも高校卒業したら、咲羅ちゃんと一緒に探偵やればいいのよ!」


いやぁ、それはアッチが嫌がるんじゃないかなぁ。だってそれって私が所長ってことだろ?というか、アイツは自分の事務所を開いた方がいいと思うんだよな、性格を考えると。探偵なんてほぼ個人事業だし、誰かと手を組んで―――ってあんまりないように思う。
そりゃあ、新一と一緒に事件を追うことができたら…楽しいかもしれないけど。体が縮んでる間もいくつか一緒に事件を追いかけて、解決して、すげぇ充実感があったのを覚えてる。1人で追うより、2人で追った方が見落としが減るのも本当だしな。


「新一と探偵、ねぇ…」
「だってもう解毒薬も出来上がってるんでしょう?元の体に戻れるんだもの、そうしたら付き合うんじゃないの?」
「ちょっ有希子さん?!」
「え?新ちゃんは咲羅ちゃんが好きで、咲羅ちゃんは新ちゃんが好きなんじゃないの?」


何ソレ!私達の気持ちってそんなにバレバレだったの?!あまりの衝撃に項垂れていると、恋愛もの大好きな有希子さんは素敵〜〜〜!って喜んでるけど、私はそう素直に喜べませんよ…。

(だけど、そうか…新一が本来の姿に戻ったら、)

あの時の約束が果たされる、ってことになるのか。最近は黒の組織を壊滅させることで頭がいっぱいで、その約束のことすらすっかり抜け落ちてたけど。
元々、その約束をしたのは私。新一はそれを了承してくれて、それでもう一度好きだと言ってくれるって、迎えに行くから待ってろって言ってくれたんだよなぁ。つまり、アイツが本来の姿に戻ったらアイツのものになる、ってことで。…それを考えるとすっごい恥ずかしいんだけど。
もちろん、それを望んでいたわけだし嫌だ、ってことではないんだけど。でも長い間、新一との関係性は趣味の合う幼なじみだったから、気恥ずかしさはどうしたって残るんだ。それこそ性別を超えた親友だと私は思っていたからね。なのにここまで好きになるなんて、…正直、予想はしていなかった。死ぬまでずっと、関係性なんて変化しないものだと思っていたのに。
新一が、気持ちを伝えてくれていなかったら今も変わらないままだったのだろうか。それはそれで良しと思う反面、やっぱり嫌だなぁと思う部分もある。…複雑なものだなぁ、人間って。


「咲羅ちゃん!今日の夕食は外に食べに行きましょうね」
「え、それは構わないですけど…」
「私達のお気に入りのレストランがあるの。きっと貴方も気に入ってくれると思うわ」


優作さんと有希子さんがお気に入りのレストランなら、味は保証されるはずだ。ただ1つ心配なのは、ドレスコードが必要な所なのかどうかってこと。ドレスコードが必要になるレストランなんて行ったことがないから、持ってないんだよ…そういうの。普段着で行ける所だといいなぁ、と心底思った。

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