きみの腕の中


「―――ええ、姿はさっき確認しました。全く…連れて行くのはいいですけど、手綱はきちんと握っておいてくれなくちゃ」
『大人しくしていろ、と釘を刺しておいたんだが…あのお嬢ちゃんには無駄だったようだ』
「そりゃあ伊勢谷咲羅は、そういう人間ですから」
『俺は捜査で彼女を送ってやれん。迎えに行ってやれ』
「そのつもりですよ―――赤井さん」





結論から述べよう。やってしまったぜ、ごめんなさい。
え?誰への謝罪かって?それはもちろん、FBI随一の切れ者だと称されている秀さんに決まってるじゃないか。そしてもう十分に怒られました、涙が滲みそうになるほどに怒られましたとも。
あれだね、怒鳴られるのも嫌だけど、秀さんの怒り方はもっと怖かった…だって、表情を変えずにつらつらと言葉を並べてくるんだもの。心底思ったよ、彼の取り調べは死んでも受けたくないってな。絶対に精神崩壊が起きると思う。

さて、次の話。私が何をやらかしたか、と言いますと、パーティー会場でちょっとした乱闘騒ぎ?が起こってしまったんだ。最初は酔っ払い同士の喧嘩かと思って無視していたんだが、どうにもこうにもよろしくない方へ事態が動いているような気がして。
ワイングラスを傾けながらじっと様子を窺っていれば、多分、頭に血が昇りきっちゃったんだろうなぁ…懐からナイフを出しやがった。ああ、これはマズイってなるだろ?会場内にはFBIの捜査官が何人もいるんだろうが(ジョディさんやキャメルさんの姿、見つけたし)、動かない所を見ると…騒ぎを起こしている奴らは捜査と関係ない、ただの招待客だってことなんだろうなぁ。下手に動いて本星に気がつかれたら元も子もないから。

とはいえ、怪我人を出すのはマズいじゃない?って思ったら最後、体は勝手に動いちゃいますよね。インカムから「馬鹿、大人しくしていろ」と秀さんの声が聞こえたけど―――時すでに遅し。私が放った蹴りはナイフを持っていた男にクリーンヒット!カラカラと音を立てて、ソレは床を滑っていきましたとさ。
その後、すぐに警備員が男を取り押さえてくれて、事なきを得た。更に言えば、秀さん達FBIの捜査官達も目的のホシを逮捕できたそーなので一件落着ってやつだったんだけど………私だけはそうはいかなかった、と。

(確かに大人しくしていろ、とは言われたけどさぁ…)

目の前で怪我しそうな人がいたら、体は勝手に動くだろ。嫌だよ、見過ごすなんてこと。怒られることがわかっていたとしても、あんな状況を目撃しておいて見て見ぬフリをするなんて芸当、私にはできやしないんだ。
…それはきっと、秀さんもわかっていたんだと思う。だったらもう少しお説教の手を緩めて頂けると助かるんだけどね。


「…さて、タクシーでも拾おうかな」


蘭と園子は早々に帰した。私も一緒に、と言われたんだけど、彼女達が泊まっているホテルと工藤家は真逆の方向。別にホテルに行ってから工藤家に行っても良かったんだけどさ、さっきの乱闘騒ぎに関してFBIからの簡単な事情聴取と秀さんからのお説教があったからお断りしたの。待たせちゃうのも申し訳ないだろ?あの子達はまだ高校生なんだし。
んで、事情聴取もお説教も終わったんだが…秀さんが捜査やら何やらでまだ帰れる状態ではないことが判明しちまった。まぁ、よくよく考えればわかることだったんだけど。
だから私も自力でタクシーを拾って、お世話になっている工藤家に戻らなくてはいけないというワケ。有希子さんに連絡すれば迎えに来てくれそうだけど、…さすがにそこまでお世話になるわけにもいかないし。

よいしょ、と立ち上がって視線を上げると、誰かが立っているのが見えた。真っ暗でハッキリとはわからないけれど、でもぼんやりとした輪郭や骨格の感じからすれば…男、だな。それもまだ青年とは言えない、少年に近い感じの体付きだ。
パーティーに参加していた客だろうか?だが、もうほとんどの客が会場を後にしているはずだし…もし客だとしても、お屋敷を正面にした状態で立っているのはおかしい。帰る途中ならば、私と同じようにお屋敷を背にしているはずだからな。

暴漢?強盗?通り魔?

次々と危なげなキーワードが浮かんでは消えていく中、コツ、コツ、と靴音が響き渡る。まだ人の声もしているし、決して静かな空間ではないはずなのに…その音だけが、やけに大きく響いているような気がした。ゴクリ、と自然に喉が鳴る。動き辛い格好をしてはいるけれど、それでもさっき蹴りを喰らわせることができたんだ…今回も多分、どうにかできる。
それにどうにかならなくても最悪、秀さんを呼ぶこともできるしな。つけたままのインカムに手を当て、近づいてくる『誰か』に鋭い視線を向けた。そしてライトの下に現れたのは―――予想だにしていない人物。


「久しぶりだな、咲羅」
「し、……しんいち……?」


そう。私が鋭い視線を向けていた相手は、此処にいるはずのない新一だったんだ。コナンの姿ではなく、元の姿…高校生探偵である工藤新一の姿で、確かに彼は立っていた。
顔には笑みが浮かんでいる、見慣れている…そしてずっと、ずーっと見たいと願っていた笑顔。


「嘘だろ…ほんとに、本当に新一なのか?」
「本当だっつーの。灰原から聞いてたろ?解毒薬が出来上がった、って」
「聞いてはいたけど、でも蘭達は何も……!」
「俺がまだ言わないでくれ、って口止めしといたんだ。…俺が迎えに行くから、ってよ」


じわり、じわり、と涙が溜まっていく。それに呼応するかのように目の前が歪んで、新一の姿さえもよくわからなくなってしまう。泣きたくないのに、笑っておかえりって言いたかったのに、それはもう不可能に近いらしい。
私は持っていたハンドバックを投げ捨てて、駆け出した。飛びつくように抱きついた新一の体は、透けていなかったし、冷たくもない―――生きている、と実感できる温かさ。


「遅くなって悪い。やっと、…触れられた」
「新一っ…新一、新一ぃ…!」
「はいはい、ちゃーんとここにいるっつーの。んなに泣くなよ」
「ぐすっ泣くに決まってんだろ、泣くなっつー方が無理…!」


もしかしたら二度と、工藤新一には会えないかもしれないと思った。触れられないかもしれないと思った。だけど、それは杞憂で済んだ。夢でも何でもない、本当に新一が私の目の前にいて、抱きしめてくれている。嬉しくて、嬉しくて、仕方ないよ。
ああもういいや、情けない姿なんていくらでも晒してやる。変な方向へ決意した私は、そのまま数十分間わんわんと泣き喚いた。





「…喉、痛い」
「あれだけ泣き喚けばな。ほら、水」


散々泣き喚いた後、私達はタクシーで工藤家に戻ってきた。新一と連れ立って中に入ると、優作さんと有希子さんが揃って出迎えてくれたんだが…何で2人共、冷静なままなの?笑っておかえり、って言ってるし。あれ?私の反応がおかしいのか?と思った。割かし真面目に。
詳しく話を聞いてみれば、どうやら事情を知らないのは私だけだったらしい。優作さん達も頻繁に連絡を取っていたらしいから、解毒薬を飲んで元の体に戻れたことも聞いていたし、近々アメリカに来ることも聞いてたんだってさ。更に言えば、秀さんも新一と連絡取ってたんだと!


「本当に偶然だったんだけどな。コナン=新一っつーのを知ってたから、報告がてら連絡したら…咲羅を少し借りる、って言われてよ」
「え、なに、あの人ってば新一に許可取ったの?!」
「まぁ、そんなとこ?無茶はさせないでくれ、って言ったんだけどなぁ」
「…それに関しては多分、秀さん何も悪くないと思いますです…」


水を飲みながら視線を逸らして呟けば、わかってるよ、って笑ってた。何か事件が起きたらじっとしてられる性分でもねぇもんな、って。
ええ、さっすが幼なじみ。よーくお判りで。きっと新一と一緒でも同じことをしていたんだろうなぁ、私達は似た者同士だから。


「…なんか、」
「あ?」
「新一に会うの、すっごい久しぶりって感じがする」
「そりゃあ咲羅が高校卒業してから会ってなかったからな、この姿では」
「2年ぶりかぁ…久しぶりって感じも、するか。うん」


まじまじと新一の顔を、正面から観察。最後に会った時は、コイツが中学生だった時だから…何というか、やっぱり男っぽくなったよなぁ。蘭と園子に久しぶりに会った時も綺麗になったなぁって思ったけど、男も少し見ない間に変わるもんなのか。

…うん、カッコイイ。

そっと胸の内で呟いたつもりだったのに、新一が「は?!」って驚いた声を上げたことで、私は口に出してしまっていたことに気がついた。一気に血の気が引いて、そして血が逆流してるみたいにあっつくなってきた…!青くなって、赤くなるってどれだけシュールなんだよ。
ああでもしまったな、口に出すつもりなんてこれっぽっちもなかったんだけど。気がついたら零れ落ちてしまった言葉は、心の底から思っていた本音だ。聞かれてマズイものではな、……いわけないよな、聞かれてめちゃくちゃ恥ずかしい思いしてるし私!!
今更口を押えても遅いけど、何もしないよりはマシだって思って両手で口を押え、そのまま新一に背を向けた。


「―――咲羅」
「な、なんでございましょう……!」
「変な言葉遣いになってんぞ。いーからこっち向けよ」

―――グイッ

「わっ!ダ、ダメだ!今、とんでもない顔してるからっ…!」
「見せろよ。…そういう顔も、全部俺に見せろ」
「ッ、」


そういう言い方は、ズルイと思う。そんな風に言われたら何も言い返せなくなるじゃないか、好きな相手に言われたら…尚更。
わかって言っているのだとしたら、相当意地が悪いけど…新一は天然の人タラシな部分があるから、無意識のような気もする。そんでロマンチストだ、意外に。だからさっきみたいなセリフも、恥ずかしがらずに言えるのかもしれない。


「新一は、…ズルイ」
「ズルイ?どこがだよ。…俺のことを好きだって言っておきながら、アメリカに逃亡した咲羅の方がズリィだろーが」


蘭と博士にだけアメリカに行くこと言いやがって。
拗ねたような口調で言い放った新一は、そのまま私のことを抱きしめた。再会した時に感極まって抱きついてしまったけど、その時より今の方が断然恥ずかしくて仕方ないのは何でだろう。
あれか?ある程度、頭の中が冷静になっているからか?


「好きだ、咲羅。今度こそ、お前を俺のモンにする。異論は―――受け付けねぇぞ」
「…うん。異論なんてないよ、だって」


ずっと、こうなる瞬間を夢見てたんだから。
目が合ってクスリ、と互いに笑みを零す。そしてどちらからともなく、唇を重ねた。啄むようなキスが数回、一瞬だけ唇が離れて…でも次の瞬間にはベッドに押し倒されて、深く重なった。
息も出来ないようなソレに、生理的な涙が滲んでくるのがわかる。だけど、離してほしくない―――そう、思ったんだ。


「ん、ぁ……!」
「は…なぁ、もっと触れてもいいか?」
「ここまでしといて、聞くか?普通…」


首に回した腕に力を入れて、新一をグイッと引き寄せる。虚をつかれたような顔をした彼の頬にキスを1つ贈れば、打って変わって悪い笑みを浮かべた。


「好きよ、新一…だからもっと、君をちょうだい?」
「仰せのままに。…お姫様?」


また落とされるキスに、私は今までにないくらいの幸せを感じていた。

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