彼女が旅立った日
『コナンくん、咲羅ちゃんがアメリカに行くって聞いた?』
見舞いに来てくれた蘭の一言に、俺は口にしようとしていたりんごを落とした。数秒放心状態になって、今はまだコナンの姿だってことも忘れて思いっきり「はぁ?!」と叫んだのは記憶に新しい。同じく見舞いに来てくれた元太達も知らなかったみたいで、口々に「何も聞いてない」だの「お別れ会しなくちゃ!」だの騒いでたっけか。
…アイツ、咲羅は同じ病院に入院してるって赤井さんから聞いてた。怪我はそこまでひどくないが、煙を吸い込んでいたらしくアジトを脱出した瞬間にぶっ倒れたらしい。だから、念の為に入院しているんだ、と。
病室も聞いてたから、会いに行こうと思えば会いに行けたけど、思っていた以上に怪我の具合が良くなくてよー…しばらくは絶対安静だ!って言われちまったもんだから、行けなかったんだよな。咲羅も、来ることはなかった。
(気まずい、とか…勝手に思ってんだろうけど)
退院したらすぐに博士の家に行って、アメリカ行きのことを問い質してやる。絶対に。
side:コナン
ようやく決まった退院の日。すぐに博士の家に行くことはさすがに許してもらえなかったから、その次の日に行ったんだけどよ…アイツ、すでに渡米してやがった!唯一、見送りに行ったのは灰原だけで咲羅は蘭にすら出発する日を言っていなかったんだと。
理由は聞かなかったけど、灰原が言うには蘭の泣き顔を見たくなかったからだろうってさ。何気に可愛がってたからなー蘭のこと。前にアイツに泣かれるのは一番辛い、って言ってたような気がする。おじさんとおばさんが死んだことを言わなかったのも、そういう理由だって。
「何も言わずに行くとか、バカじゃねーの。アイツ」
「頭を冷やしたいんだ、って言っていたわよ。気持ちの整理がついたら、戻ってくるそうだけれど」
「んなのいつになるかわかんねーだろうが。…ぜってー連れ戻してやる」
「せめて迎えに行くって言い方にしなさいよ。―――それで?」
カタカタとパソコンのキーボードを打っていた灰原が、椅子ごとくるりとこっちを向いた。『それで?』が意味するものは、たった1つだ。江戸川コナンを殺す覚悟はできたのか、ということ。いや、殺すっつーのは語弊があるかもしんねぇけど。
「江戸川コナンも灰原哀も本来は存在しない人物。私達の仮の姿だから」
けど、関わった奴らの記憶には一生残り続ける。戸籍も何もない、幽霊みたいな存在だっつーのにな?…アイツらのことを思うと、少しだけ躊躇しそうになっけど、…でも黒の組織を壊滅させることができた時に決めたんだ。江戸川コナンという存在を捨てて、工藤新一に戻ることを。それで咲羅を、迎えに行くんだって。
全て解決して、新一が元の体に戻れる時が来たらその時はまた―――好きだと、言ってください。
あの日、咲羅が言ってくれた言葉は忘れたことはなかった。その言葉があったからこそ、あれだけの怪我を負っても何が何でも生きてやるって、生き延びてやるって思えたんだからな。…なのによ、その当人がもう日本にいねーってどういうことだよ。
「戻らねぇって選択肢はねぇよ。悲しませちまう奴らがいたとしても、な」
「…そうね。この体での生活も、悪いことばかりではなかったけれど」
ふ、と灰原が笑った。出会った頃はこんな風に笑うことも少なかったけど、探偵団のアイツらや博士、それから咲羅と接するようになってから大分雰囲気が柔らかくなったよなぁ…人も変わるっつーことか、当たり前のことだけど。
「とは言っても、私も貴方も何も準備をせずに解毒薬を飲むわけにもいかないわ」
「ああ。元太と光彦と歩美…それから蘭達にも言わねぇと」
「理由は貴方に任せるわ。正直、そういうのを考えるのは苦手だから」
「にゃろう…面倒事を押し付けやがって」
「あら、そのくらいいいじゃない?」
意地の悪い笑みを浮かべて、灰原はまたパソコンに向き直った。
はぁ…仕方ねぇ、江戸川コナンと灰原哀がいなくなる理由を考えるとしますかね。けど、そう深く考える必要はねぇか…俺達は元々転校してきた設定で、親は海外にいるっつーことになってる。だったら、親元に帰ることになったってことにすりゃあいい。その理由が一番不自然ではないはずだしな。
「逃がしゃしねーからな、…咲羅」
今は遠くにいる想い人へ、想いを馳せる。
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