月夜の邂逅


その名を聞くのは何年振りだろうか。


「怪盗キッド?」
「ああ。ビッグジュエルばっかり狙うキザな怪盗。名前くれーは聞いたことあんだろ?」
「んー…まぁ、な」


でもおかしいな…私が最後にキッドの名を聞いたのは、もう昔の話だ。ある時を境に世間を騒がせていた怪盗キッドは、姿を消している。それっきり名を聞くことも、姿を現したことも…なかったのに。

あの頃のキッドと同じ人物なのか?それとも、誰か―――別の人物がキッドの名を騙っている?

…だが、今更その名を騙った所でそいつには何の得もないはずだよな。意味がない気がする。うーーーーーん…考えてもわからんし、やめよ。
氷の溶けかけた紅茶をズズーッと啜っていると、「来るだろ?」と聞かれた。


「予告は今日の夜。お前も来るだろ?」
「現場にか?…入れるわけないだろ、部外者なのに」
「いや、入れるぜ?今回のビッグジュエルの持ち主は園子の親戚…次郎吉さんだからな。お前にもメールいってるはずだぜ?」
「はぁ?んなわけ―――…きてた」


新一の言葉に慌ててメールをチェックすれば、確かに園子から誘いのメールがきていた。
えーと、なになに…?

『今日の夜、愛しのキッド様が宝石を盗みに来るの!咲羅さんももっちろん来るわよね?』

…うん。いや、だからさ?園子といい、新一といい…どうして私がOKすること前提に話を進めてんのかな?!断る、って選択肢は君達の頭の中にないのかコラ。
そりゃー私の職業は探偵だ。悪事を暴くのが仕事ではある、…けど、全ての事件に首を突っ込むかと思ったら大間違いだと思うんだよね。いや、正直な所、間違ってはいないんだけど。
ケータイをソファに投げ、大きなため息を吐き出せば。もう一度、「来るだろ?」と問い掛ける新一の声が耳に届いた。


「園子も君もなんっで私が行くって断定してんのかね」
「そりゃあ、咲羅がオレと同じ探偵だから。…興味、ねぇわけじゃねぇんだろ?」


ニヤリ、と笑う子供らしくない顔にグッと黙り込む。新一の言ったことが図星だから…反論する言葉が出てこないんだ。
はぁ…確かにな、キッドに興味がないって言ったら嘘になるさ。父さんも彼奴のことを追ってたし、何度かキッド本人に会ったこともある。

だから、もちろん世間を騒がせている今のキッドの正体に興味がある…一体、誰があの名を騙っているのか。それとも継いだのか。

全くよー…相も変わらず、鋭い勘をした幼なじみだね。コイツは。顔に出さないようにしてたはずだったのに、奥底に仕舞い込んだ興味すら見破ってしまうんだから。もう一度、大きな溜息を吐いてから両手を上げて降参の意を示す。


「お、認めるか?」
「へーへー。認めますよ、高校生探偵の新一くん」
「だろうなぁ。…オメーが興味を持たねぇわけがねーんだよ」


ほんっと時々、憎たらしい奴。…そういうとこも、好きなんだろうけど。
ま、そんなことは置いておいて。こんな感じで半ば強制的に、私はキッドが盗むと予告した宝石が展示されている会場に行くことになった。


「あっ咲羅さん!返事ないから来ないかと思ったけど…やっぱり来たわね!」
「え?もしかして咲羅ちゃんもキッドのファンなの?」
「…違うよ。純粋な興味ってやつ」


てか、蘭も来てたのか…あ、小五郎のおじ様まで来てる。でもまぁ、新一が行くってことはこの2人もいて当然か。園子が誘ってるだろうしな、蘭に関しては。
それにしても…ずいぶんと警備の数が多いなぁ。それだけキッドを警戒してる、ってことでもあるんだろうが。
記憶が正しければ、怪盗キッドは奇術師。あらゆる仕掛けで宝石を鮮やかに盗み出し、鮮やかに現場から姿を消す…子供の頃はその盗みという名のマジックショーに心躍らせてたもんだ。相手は犯罪者だけど。
私の知っているキッドではないとはいえ、新一が興味を持っていて、尚且つこの警備の数から察するに…とんでもない奴なんだろうな、ってことは容易に想像がつく。恐らく、正攻法では捕まえることは出来ないだろう。…あの頃と、同じでな。


「(ふむ、…この会場はビルの半分より少し上の階、だったよな?)」


そして周りは高層ビルが立ち並んでいる。普通に考えれば、侵入経路は窓…だが、この階の窓は開かないようになっているらしいから、飛んでくるのは無理ってことか。屋上から直接続いているわけでもないから、それも無理…。
するってーと、残る手段は変装をして警備員や刑事、あとは会場の関係者に紛れるってことになるよな。でもまぁ、それが一番確率としては高いのか?
キョロキョロと周りを見ながら考え込んでいると、服の裾を誰かに引っ張られた。視線を下げてみるとそこにいたのは新一。


「…どうした?コナン」
「オメー、行くのを渋ってた割には楽しそうじゃねぇか…」
「そりゃあ、こうやって現場を目の当たりにすればな?どうやって侵入してくんのか、気になるってもんでしょ」
「まぁ、わかんねーでもないけどよ」


そして気がつけば、キッドの指定した犯行予告時刻。
長針が12に差し掛かった瞬間、突然、照明が全部消えやがった…!そうか、闇に乗じて侵入する、もしくは宝石を盗むつもりだったってことなんだな。室内を照らすのは薄い月の光のみ…だが、その光を背に…怪盗キッドは立っていた。

白いシルクハット、白いスーツ、白いマントをはためかせ、右目にはモノクルをかけた若い男。

格好は私の知っているキッドそのものだが、やっぱりあの時父さんが追っていたキッドじゃあない。こんなにも若くはなかったはずだから。


「レディース&ジェントルメン!今宵は私のマジックショーへようこそ…」


ポンッと軽快な音と共に現れた赤い1本の薔薇。
その薔薇はずずいっと私の前に差し出された。…そう、いつの間にかキッドは私の真ん前に移動してきていたんだ。さっきまでは窓の近くにいたはずなのに…!全く、動きが見えなかったぞ?!


「初めまして、美しいお嬢さん。お近づきのしるしに、どうぞ?」
「…これはどーも。泥棒さん?」


差し出された薔薇に手を出すフリをしてキッドの腕を掴もうとしたけれど、相手にはそれすらも読まれていたようで難なくかわされてしまった。フワリ、と舞い上がったキッドはそのまま宝石が展示してあるガラスケースの上に降り立つ。けれど、その周りには警備員や刑事がごまんといる。宝石を盗め出したとしても、逃げることは不可能だ。絶対に!

…と、思っていたのに。

キッドが何かを投げた、と認識したと同時に、辺りは真っ白い煙に包まれた。しまった…!これじゃあ何も見えないし、キッドを捕まえることも出来ないじゃないか。くそ、用意周到な怪盗だな。逃げる手段を考えていない怪盗もいないだろうけど!


「くっ、…ゲホッ」
「申し訳ありません、中森警部。この宝石は頂いていきますよ」


白い煙が晴れる頃にはもう、室内にキッドの姿はなかった。当たり前だけどな。
キッドの事件を担当しているという中森さん、という方は即座に指示を出して、全員外にキッドを追うように指示を出している。恐らくはエレベーターで下に降りた、と推測しているんだろう。

…だが、本当に?
本当にキッドはエレベーターで下に降りたのか?

煙が晴れれば全員動けるようになる。そうすれば追ってくるのは目に見えてるだろうし…エレベーターなんかを使ったら時間もかかるんじゃないだろうか。それに入り口にも警官が大勢いた記憶がある。更に言えば、この時間帯、上の階から降りてくるのはこの会場に来ている奴くらいだろう。
つまり、エレベーターを使ったら捕まる確率が高いってこった。


「なぁ、コナン…私は上だと思うんだが?」
「オレも同感だ。行くぞ咲羅!」
「リョーカイだ!」


私と新一はそっと混乱している会場を抜け出し、屋上へと向かった。メインのエレベーターは使えないが、少し奥に搬入専用のエレベーターがある。私達の推理が正しければ、キッドはこっちのを使って屋上へと向かったはず!

―――ゴゥン…!

エレベーターの扉が開いて、冷たい夜風が吹きこんでくる。
そして私達の視線の先にいたのは、推理通りの人物…怪盗キッドだ。


「…おや、名探偵に先程の美しいお嬢さん。よく此処だとわかりましたね」
「オメーのお決まりの手だろ。ハンググライダーで逃げんのはよ」
「入口から逃げるのも1つの手。そちらだとは思わなかったので?」
「それは無理だね。あの会場は結構上の階だったし、下に降りるまでに時間がかかる…あとこの時間帯で上の階から降りてくるのはあの会場にいた人間くらいだ」
「入り口にも警官は大勢いる…だったら、上から逃げるのが一番簡単で、楽な方法。違うか?」
「ははっ相変わらず生意気ながきんちょだぜ、お前は…」


ツイ、とキッドの視線が向く。影とモノクルに隠れてしっかりとは見えないけど、歳は20……いや、もっと若いな。恐らくは新一と同じくらいのはず。
カツン、と靴音が響く。ハッと我に返れば、キッドがこっちへ歩みを進めているのが見える。思わず身構えたけれど、キッドは攻撃をしようとはせず、さっき何もない所から薔薇を出したように今しがた盗んだであろう宝石を出してきた。…一体、どういうつもりだ?


「残念ながら、これは私の狙っている宝石ではないようだ…中森警部にお返しください」
「は、…?ハズレ、だったってことか…?」
「まぁ、そんな所です。…ですが、面白い方に出会えたので良しとしましょうか…お嬢さん、よろしければお名前を聞いても?」
「………咲羅。伊勢谷、咲羅だ」
「咲羅、…実に素敵なお名前だ。ではまたお会いしましょう、咲羅嬢?」

―――チュ、

「なっ!キッドてめぇ…!」


手の甲にキス1つ。
叫ぶ間もないまま、怪盗キッドは夜の闇へと消えて行った。


「な、………何だアイツーーーーーーーー?!!」

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