月夜の仮面


「え?ジョディの変装をしたベルモット…?!」
「恐らくな。そう考えれば、あの急な解散発言にも納得がいく…」
「―――ということは、やっぱりこっちの作戦はバレていたわけですね」


運転をしながら呟いた言葉に、秀一はどういうことだ?と怪訝な顔。そこでようやく私は、病院の彼女の部屋に簡単に忍び込めたことが引っかかっていたことを話したの。もしかしたら気がつかないフリをしていたんじゃないか、って。
あくまで私の推測でしかなかったし、確証もなかったから誰にも言えずにいたんだけど…この状況からして、推測は外れていなかったみたいね。こんなことなら推測でも何でもいいから、秀一だけには話しておくべきだったかもしれない…!そのせいでジョディを危険な目に遭わせてしまっているんだから。
自分の甘さにギリ、と歯噛みするけれど、とにかく今はベルモットの確保とジョディの救出を最優先に考えなくちゃいけないか。嘆くのは終わってからでいい。

ベルモットに気がつかれないよう、彼女達がいるであろう場所から離れた場所で車を降りる。…そういえば組織の奴らは大体、ペアで動いてたわよね?ジンにはウォッカ、キャンティにはコルンが相棒としてついていたはず。それが今回にも該当するとすれば、ベルモットもコードネーム付きの誰かと組んでいる可能性が高い。援護することを考えるとスナイパー?


「…いるな、もう1人」
「やっぱりスナイパーですか」
「ああ、ベルモットの援護だと考えていいだろう」
「なら、そっちを先に潰すべきですね。捕まえるのはあとの方がいいでしょうけれど」


ベルモットを確保している時に狙撃、なんて堪ったもんじゃない。それよりも先に援護できないよう、潰しておく必要がある。要は撃たせなきゃいいんだもの。元々、私達の目的はあいつらを捕まえること…殺すことが最優先ではないからね。
そうと決まればちゃっちゃと動くとしましょうか。


「潰すとしたら腕と足、どっちが効果的?」
「武器を奪ってしまえば脅威は減る…逃げられることを考えれば、足だろう」
「OK.それだったら迷わず足を潰しましょうか」


ジャケットの内ポケットから銃を出して、セーフティーを外す。射撃は得意ではないのだけれど…まぁ、何とかなるでしょう。秀一にライフルで狙ってもらう手もあるけれど、彼に頼りっきりになるわけにもいかない。
私だってこの人の部下で、FBI捜査官の1人だ。そのくらいのことができないでどうするって話よ。…なんて意気込んでいるのに、隣に立つ上司兼相棒はお前がやるのか?と一言。ええ、そのつもりでしたが何か問題でも?!


「銃なんかで撃っちまったら、向こうに知れちまうだろ」
「う、…だ、だけど、それ以外に方法なんて―――」
「両足の骨を折ってやればいい。…持っていろ」
「え?わっ…!」


―――カシャン、

投げられたライフルとショットガンを慌てて受け取れば、秀一は軽々と上へ。ちょ、私を置いていく気満々だったんですか貴方!!
ああもう、だからといって大人しく待っているような人間でもないですけど。ライフルを背に背負い、ショットガンを手に持ったまま必死になって追いかければ、正に今、彼はベルモットの援護に来ていた奴の足を盛大に折っていた所。うっわぁ、知ってはいたけど容赦ない…容赦する必要もないけれども。
その間に私はそいつが持ってきていたらしい銃を回収する。ライフル、ショットガン、拳銃三丁って…武器商人か何かですか。まぁ、これだけ揃えていれば何があろうと対処はできそうではあるけどね。
回収したそれらを手が届きそうにない所へ放置した、最も足を折られているから少し離れた所に放ってしまえば再び手にすることは難しいでしょうけれど。念には念を、ってことで。

さて、…これでベルモットの援護はもう誰にも出来ない状態。恐らく彼女は私達FBIを出し抜けた、と思ってほくそ笑んでいるかもしれないけれど、まだ全てが終わったわけじゃあない。彼女の勝ちが決まったわけでもない。…今から貴方の腹が立つその笑みを、崩してやろうじゃないの。


「次は本命だな。行くぞ、円香」
「はい」


ジョディがベルモットと対峙している場所へ急げば、そこには予想外の人物がいた。何でボウヤと蘭ちゃんまで来ているの…?!哀ちゃんはジョディが連れ出すことを聞いていたけれど、この2人のことは何も聞いていないわよ。
…蘭ちゃんはともかく、ボウヤはジョディの車にでも忍び込んでいたのかもしれないわね。ベルモットが哀ちゃんを殺す為に動くことを、確信していたみたいだから。全く、無茶をしないでって言ったのにやっぱり企んでいやがったわね。

ボウヤも蘭ちゃんも哀ちゃんも、3人揃って目を閉じているから撃たれたのか、と一瞬ヒヤッとしたけれど、外傷も血の跡も見当たらない。気を失っているとみて間違いはなさそう…ひとまずホッとしたわ。この子達に怪我がなくって。
ベルモットが此処にいる以上、捕えるまでは完全に安心できないけれど。秀一は下から、私は上からあの女を狙う。ポンプ音と足音で、ベルモットは仲間が援護しに来てくれたと思っているようだけれどね。


「OK、カルバドス…挟み打ちよ!さあ貴方愛用のそのレミントンで…FBIの子猫ちゃんを吹っ飛ばして…」
「―――そう。あの男はカルバドスというのね」
「ライフルにショットガンに拳銃三丁…どこかの武器商人かと思ったぞ」
「あ、赤井秀一?!」


どうやら私達がいることは完全に予測していなかったみたい…それはそうよね?ジョディに変装して他の捜査官達を此処から離れるように仕向けたんですもの。誰ひとり、残っているとは思わないでしょう。普通は。
焦ったベルモットが銃を構えるけれど、銃弾が撃たれるより早く秀一のショットガンが火を噴いた。それは見事に彼女のお腹に命中。あれを片手で撃つって、…私の知る限り、この人しかいないわ。


「ダメよ、シュウ!殺しちゃ…」

―――トンッ

「大丈夫よ、ジョディ」
「防弾着やパッドを重ねて体中に装着していることぐらい、奴の動きでわかる…アバラは2、3本折れたろうがな」


ああでも、これでわかったことがある。彼女の顔は散弾で裂け、血が流れ出している。それはつまり、今晒している顔が彼女の変装ナシの素顔だってこと。これは収穫ね。
…と思った矢先、ベルモットの視線がボウヤに向いた。まさかあの子を人質に逃げるつもり…?!その予想は外れてはくれなかった、一瞬のスキをついてボウヤを抱きかかえ、ジョディの車を奪って逃走。
私達が追えないように、自分が乗ってきた車のガソリンタンクを的確に撃ち抜いてから…ね。


「やるねぇ…」
「秀一…」
「何感心してんのよ、人質取られて逃げられちゃったじゃない!!」
「てめぇの車のキーぐらい抜いとけよ…」


まぁ、まだ彼女の仲間が残って―――上に視線を向けた瞬間、パンッと乾いた音が響き渡った。今の音、もしかして銃声?コンテナをよじ登って確かめてみれば、さっきの奴が頭をぶち抜いて息絶えていた。
…武器は全部奪い取ったと思っていたけれど、まだ隠し持っていたのね。これは確実に私の確認ミス…きっと組織の奴らの手で殺される前に、自決を選んだのでしょう。失敗は死を意味するからね。
せっかく組織を潰す為の足掛かりを手に入れたと思っていたのだけれど、全て零れ落ちていってしまったか。カルバドスと呼ばれていた奴の死体を視界の端に映し、溜息を1つ。そう簡単にいくとは思っていないけれど、ここまでするりと逃げられてしまうと、やっぱり歯痒くて腹が立つわ。


「秀一、追いますか?」
「発信機もつけていない。さすがに無理があるだろう」
「そうですが、…」


ボウヤが連れ去られたままだ。彼の推理が正しければ、ベルモットが手を出すとは考えにくい…それにボウヤが何も手を打っていないとも思えない。恐らくは阿笠博士がどこかに隠れているのだろうとは思うのだけれど。
けれど、それは全てが推測で憶測でしかない。完全ではないし、確実でもないものだ…自分の目で確かめるまでは、安心もできないんだよなぁ。とはいえ、秀一の言う通り発信機を取りつけていないから、あとを追うことは無理があるのもわかっているんですけれども。
参ったな、と頭をガシガシかき乱していると、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。おや、日本警察のご登場か…多分、蘭ちゃんが呼んだんだろうな。ボウヤと哀ちゃんはベルモットと決着をつける為に来ていたはずだから、警察に通報している余裕なんてなかっただろうし。どういう理由で、そしてどうやって蘭ちゃんが此処まで来たのかはわからないけれどね。


「円香、あとは任せた」
「ああ…はい。子供の誘拐事件に巻き込まれた、とでも言っておきます。はい、車のキー」


持ったままだった車のキーを秀一に渡せば、片手をヒラヒラと振って闇夜に消えていく。まだ哀ちゃんに顔を合わせるわけにはいかないらしいから、まぁ妥当な判断なのかしら。
それに長期休暇を取っているFBIが何人もこの場にいるのは不自然だし、何より秀一はライフルとショットガンを持っている状態だからね。それは何だ、って聞かれているのは目に見えているもの。秀一なら上手く誤魔化してしまいそうだけれど、面倒なことはできるだけ避けたいと思うのが人間というものだ。

蘭ちゃんと哀ちゃんの首筋に手を当て、脈があるかどうかを確認しているとバタバタと複数の足音が聞こえてきた。現れたのは予想通り、日本の警察。何があったんですか、と問われるのはもちろん傷ひとつ負っていない私になるわけでして…でも予想はしていたから、別段驚いたり焦ったりはしないんだけど。
私とジョディは長期休暇を取って日本に旅行に来ていたFBIであること、子供達が誘拐される場面に遭遇し巻き込まれてしまったこと、犯人の1人が少年を人質にとって逃亡してしまったことを説明した。


「わかりました。詳しいことは署で伺っても?」
「それはもちろん。ただ、彼女は撃たれて怪我を負っているので…私だけでも構いませんか?」
「ではそれでお願いします。怪我をした方はすぐに救急車で病院に」
「ええ、お願いします」


そのまま事情聴取をされることになった私が、警察から解放されたのはそれから大分あとのこと。
- 10 -
prevbacknext
TOP