何度だって奪い返すよ


義姉さんとタクシーに乗り込み、揺られること20分。どうやらお見合い場所として指定されたホテルに着いたらしい。
うん、わかってはいたけど改めて見上げてみると本当にでっかいホテルだなぁ…此処の最上階のレストランで会う予定なんだっけ。一体、このホテルは何階建てなんだろうか。軽く40〜50階はありそうな感じだけど。


「相手とはレストランで待ち合わせ?」
「ええ、そうよ。と言っても、まだ優作達は着いていないでしょうけど」


あ、そっか。そういえば家を出る時に、相手を迎えに行くからって言っていたんだっけ。何処まで迎えに行っているのかはわからないけれど、私達が家を出て20分ちょっとしか経っていないのだし、どう考えたってホテルに着いているとは思えないわよね。うん。
こういう時ってカフェで時間を潰していていいのかしら?それとも先にレストランに行っているのがいいのかしら?お見合いなんてした経験がないから、こういう時にどうするべきなのかがさっぱりわからないわ。


「円香ちゃん、レストランへ行きましょうか」
「あ、うん」
「個室だって話だし、相手方もまだ来ていないんだもの。せっかくだから景色を堪能しちゃいましょう!」


あはは…元気だなぁ、義姉さんは。まぁ、そんな彼女を見ている方が気分も紛れるしいいんだけどね。一体、どんなお見合いになるのかしら。さっさと話がつけられればいいのだけれど、一筋縄じゃいかない予感がビシバシあるのよねぇ。あまり時間はかけたくないのに。

(秀一には来ないでください、ダメですって言ったけど…)

せめて、…せめて昴くんの変装をしたままでいいから、今日のお見合いをぶち壊しに来てくれないだろうか―――なんて、ちょっとだけ考えてしまう。来ないことはわかっているし、そんなことをするような人でもないということもちゃんと理解しているんだけどね。それでも考えてしまうのは仕方ないと思うんだ。
いっそ、この場から攫ってくれればいいのにってさ。そうしたらきっと、相手は嫌でも諦めてくれるはずなのに。…いや、婚約者がいるって言っても引き下がらなかったってことは、お見合いをぶち壊されても諦めない確率が高いかな?でもなぁ、そこまでされて諦めない人ってなかなかいない気もする。まぁ、そんなこと考えても秀一は来ないのだから、ただの妄想でしかないのだけれども。


「あ、さすがに最上階だと景色綺麗…」
「本当ね!知っている街でも、違う風に見えちゃうわ」
「絶対、こういう時じゃないと来ないだろうなぁ。最上階のオシャレなレストランなんて」
「あら。彼と来ることはないの?」
「うーん…あんまり記憶にはないかも」


憧れないわけじゃない。記念日とか、特別な日に少しだけオシャレをしてレストランで食事とか…やっぱりしてみたいって思う。これでも女ですからね、生物学上は。でもお互いにFBIの捜査官なんて職に就いていると、そんな時間はとれないことの方が多い。予約したって行ける確率はかなり低いし、行けたとしても急に仕事が入ることだって少ないくないから。普通にデートすることだってままならない。
特に今は秀一が特殊な状況下にいるしね…尚更、その夢を叶えることは難しいと思う。そりゃあ、昴くんとならその夢もすんなり叶えられるんでしょうけれど、どうしたって私は秀一自身と行きたいと願ってしまうから。昴くんも秀一であることに違いないのだけれど、色々と複雑なものなのです女心というやつは。


「あ、優作達も着いたみたい。今、エレベーターに乗っているそうよ」
「…そう」


途端に暗い表情になってしまった私を見て、義姉さんが苦笑を浮かべつつ座るよう促した。もう逃げられない、と覚悟を決めて座るのと同時くらいに、ひょっこりと兄さんが顔を出した。
その後ろには兄さんより少し若い感じの男性が、立っている。この人が兄さんの知人で、私に会いたいと言っていた人―――か。


「やあ、待たせたね。有希子、円香」
「お待たせして申し訳ない。初めまして、工藤さん。高橋一臣と申します」
「あ…こちらこそ初めまして!工藤円香です」


第一印象としては、大人しめな感じだ。押しが強そうなイメージも一切ないのだけれど…案外、そういう人の方が押しが強かったり、頑固だったりするそうなので人は見た目によらないというやつなんだと思います。
簡単な自己紹介を済ませた後は、早速と言わんばかりに食事がスタート。前菜が運ばれてきて、空だったグラスにはシャンパンが注がれている。これがお見合いではなく、ただの食事会だったら大分気が楽だったんだけどなぁ。内心、苦笑しつつグラスに口を付けた。

元々の計画では、さっさとお断りを入れてレストランを出る予定だったのだけれど…何故だろう、高橋さんのマシンガントークに相槌を打つので精一杯で口を挟む隙が全くありません。どうしてくれよう、この人。
お話自体は興味深いし、私の知らない世界のものだからわからないことも多々あるけれど、面白いと感じることができる。うん、それは嘘ではない。ないけれど、ここまで1人で突っ走って話されるとは思ってませんでしたよ?かなり予想外ですよ?!あれなのかな、元からマシンガントークする人なのかな。気を抜いたらぽかんとしたマヌケ顔を晒せそう。


「あ…すみません、つい話し過ぎてしまって…!」
「ええっと、…いえ、大丈夫、です」
「どうにも貴方に会えて舞い上がってしまっているようで」


高橋さんがへにゃり、と破顔した。そうして笑うと少年のようで、可愛らしいかもしれない。きっとこういうギャップ?にやられてしまう女性も多いのだろうな、と考えながら、曖昧な笑みを浮かべるだけに止めた。
口を開いても良かったんだけれど、何となく…今、この笑顔に水を差すような言葉を言ってしまうのは、さすがにダメだろうと思ってしまった結果。


「…私に会いたいというのは、本当だったんですね」
「やだなぁ、疑っていたんですか?」
「疑っていたというか…」


何か裏がある、と思ったわけではないけれど、半信半疑ではありました。でもこの感じだと本気の本気で私に会いたいと、そう思ってくれていたんだなぁと何となく思ったの。だからといって絆されるわけでもないんだけどね。気持ちはそう簡単に変わりませんし、あの人への想いはきっと死ぬまで消えたりしないから。


「工藤の持っていた写真を見て、…あの、一目惚れをしたんです」
「え?」
「こんな歳にもなって、とは自分でも思いますが、どうしても会いたかったんですよ」
「お気持ちは嬉しいですが…」


ここだ。今しかきっと、言えるチャンスがない。隙も、タイミングもないと思う。ここを逃したら、ずるずると引き延ばすことになってしまうわ。
持っていたグラスを置き、膝の上でギュッと拳を握り、真正面から高橋さんの目を見つめた。言葉だけではなく、瞳から私の気持ちを読み取ってもらえるように。


「兄からも義姉からも聞いていると思いますが、私、おつき合いしている方がいるんです。婚約もしているんです」
「……」
「ですから、このような場を設けて頂いて大変申し訳ないのですが…」
「―――僕では、ダメなんでしょうか?」
「ッ」


カタン、と静かだった空間に音が響く。高橋さんが立ち上がった音。そして兄さんが制止の声を掛ける前に、私の両手は彼に捕まってしまった。向けられる視線も真っ直ぐで、曇りもなくて、…それでいてとても真剣な色を宿している。あまりの真摯さに一瞬、息が詰まったような気さえした。
どうしよう、何か…何か言わないと。このままじゃ何も解決しないし、変わらない。とにかく何か、と口を開こうとした時、ふわりと体が浮いて捕まったままだった手がするりと解放されていく。


「すみません。この人は私の婚約者なので、貴方には渡せません」


ぎゅっと腰に回される腕も、鼓膜を揺らす優しい声音も、鼻腔を擽る落ち着く香りも、私は知っている。顔を見なくたって、今、私の後ろにいるのが誰なのか―――わかってしまう。だから変に警戒はしないし暴れたりもしないけれど、それでも疑問というものはどうしたって浮かんできてしまうもので。

どうしてこの人…昴くんが、此処に来ているのだろう?

場所自体は兄さんか義姉さんが話していた可能性が高いとは思うけど、それでもレストランの個室にいるということまではわからないと思うの!それなのにどうして、さも当たり前のように私の居場所を捜し当ててしまうのだろうか。


「な、何ですか貴方はっ急に現れて…!!」
「愛しい婚約者が見合いをすると風の噂で聞いたもので…居ても立ってもいられなくなりましてね」


腰に回されている腕に更に力がこもる。うう、余計にドキドキしてきた…!


「優作さん、有希子さん。ぶち壊してすみませんが、彼女をこのまま連れて帰りますので」
「わかった。後のことは任せるといい」
「っ工藤!」
「―――高橋。言っただろう?あの子には婚約者がいる、と。人間、諦めが肝心だと言うじゃないか」


高橋さんに再度謝る暇もなく、私は昴くんに引っ張られて足早にレストランを出る羽目になった。他のお客さんの注目の的になっていたのは、言う間でもありません。





「ちょっ…ちょっと昴くん!」
「…ああ、すみません。早かったですか?」
「それも、だけどっ…はぁ、は……何でホテルにいたの…?」


足を止めて乱れた呼吸を整えながら質問すると、昴くんはバツが悪そうに視線を逸らして頭をガシガシと掻いた。彼がこんな反応をするなんて、ちょっと珍しい気もする。というか、何でバツの悪そうな顔をしているんだろう?
確かに私は来ちゃダメです、と言ったけれど…それがこんな顔をしている理由、なのかなぁ?でもそう言ったけど来てくれたらいいのに、って思ったりしていたから、嬉しいんだけどな。実は。


「頼まれたんですよ。お見合いをぶち壊してほしい、ってね」
「は?頼まれたって…誰に?」
「君のお兄さん。工藤氏ですよ」
「…えっ兄さんに?!」


思わぬ事実を聞いて、外だということも忘れて思いっきり大きな声を出してしまった。でもそんなこと気にしていられないくらいに衝撃的で、何というか…大声を出さずにはいられず。というか、察してください。はい。
でも…まさか兄さんが昴くんにそんなお願いをしていたなんて。きっと何度聞いても驚くだろうな。あの人、責任を感じているような気はしていたけれど、そんな行動をするとは思わないじゃない。そもそもどうしてぶち壊そう!って考えに至っちゃったのか…当事者である私からしてみれば、助かったの一言だけれども。…高橋さんには申し訳ないけれどね。
方法は多少強引だったけれど、結果は同じだ。やんわりお断りの言葉を述べるか、無理矢理にお見合いを終了させるかの違いだもの。まぁ、やられた方はたまったもんじゃないでしょうけどね。

ガードレールに寄り掛かり、隣に立っている昴くんの顔を見上げる。すると、すぐに視線に気がついたみたいで何ですか?と柔らかな笑みを浮かべてくれた。秀一であって秀一ではないけれど、複雑な思いが胸の内をぐるぐる回るけれど、やっぱり…この人の瞳に自分が映っているというのは、嬉しい。
兄さんの無茶苦茶なお願いを聞いてくれたことも、昴くんの姿のままだけど婚約者だと公言してくれたことだって…顔には出さないように頑張っているけれど、本当は顔がニヤけてくしゃくしゃになるくらい嬉しいんだから!


「…来てくれてすごく嬉しい。ありがとう」
「いいえ、礼には及びません。私が君を誰にも渡したくないだけですから」


ふわり、と少し冷えた手が頬を包み込んだ。ほんの数時間、離れていただけなのに…それなのに昴くんの体温が、無性に恋しくて。じわり、じわりと染みてくる温かさにホッと息を吐く。ああ、やっぱり触れられるのはこの人がいい。この人でなければ、嫌なんだ。


「―――ダメだな。近くに寄ると、キスがしたくなる」
「…ダメですよ。ここ外ですし、それに」
「ああ、わかっているさ。今日は大人しくおあずけを食らうとしよう」


その代わりに、とでも言うようにきつく抱きしめられる。そして耳元で「明日、覚悟しろ」と言われてしまいました。
即座に体温が急上昇したのは、もうわかりきったことですよね?
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