君との小旅行


「見て見て昴くん!海!!」
「はいはい、見えてますから少し落ち着いて…」


いいじゃない、少しくらいはしゃいだって。だってそのくらい私は、この旅行を楽しみにしていたんだから。まぁ、昴くんが苦笑いするのも仕方ないとは思うけど…私、ずっとこんな状態みたいだし。もちろん、いい歳した大人が何はしゃいで、って思わなくないわよ?だけど、それ以上にワクワクして、ドキドキしてるんだもの。こんなにテンション高くなることなんて早々ないから、余計に楽しくなってきちゃってるんだと思うのよね。
それに、と隣に座る昴くんの顔を盗み見る。彼もどことなーく嬉しそうだ。ニヤけてしまう口元をガイドブックで隠し、笑みを浮かべる。うん、やっぱり楽しい。


「嬉しそうですね、円香さん」
「うん。嬉しいし、楽しいよ。旅行に行けるなんて思いもしなかったし」
「ああ…それは何というか、すみません」


別に昴くんが謝ることではないと思うけどね。そう言ってみたものの、彼を責めているとかそういうわけじゃない。本当に、本当に単純にこの仕事をしていて旅行に行けるとは思っていなかっただけ。それがたまたま口をついて出たに過ぎないのです。うん、だから…この人が謝る必要なんて、どこにもないんだよね。


「着いたら何処に行こうか。海は絶対行きたいなぁ」
「泳げる時期ではないのに、良かったんですか?」
「うん?別に泳ぎたいわけじゃないよ、海を見るのが好きなだけ」


そういえば、もう一度つき合い始める前に海へ連れて行かれたことがあったっけ。あの時は急に連絡してきて、迎えに来て、そのまま車で連行されたんだよなぁ。懐かしい、と言う程に昔の話ではないけれど、それでも秀一が死んでしまう前の話だからやっぱりね、そういう気持ちになっちゃう。まだまだ彼とこうして、出かけられるようになるまでは…時間がかかりそう。

(その分、昴くんとしてデートに誘ってくれることも増えたけど)

一応、気遣ってくれているんだろうなぁ。私のこと。大学時代もあまりデートなんてしたことなかったし、恋人らしいことをしたことあったっけ?くらいのレベルだったから。私達のおつき合いって。
その頃から比べれば、今の方が断然、恋人らしいと思う。スキンシップなんて格段に増えてるものね。これも反動ってやつなのだろうか。嬉しいから全然構わないのだけれど。
欲を言えば、秀一の姿の方がもっと嬉しいんだけれどね。だけどまぁ、事情は知っているし、今では納得している。…気持ちがついていっているか、と言えば、微妙な所だとは思うけれども。


「ホテルは貴方が見たい、と言っていた海の近くです。ええっと…ああ、此処ですね」
「あ、本当だ。近いね、歩いて行けそう」
「昼の海はもちろん綺麗でしょうけど、夕陽に染まる海も綺麗だと思いまして」


そのくらいの時間に、海岸を散歩してみましょう。
彼のお誘いに目を瞬かせたけれど、すぐに嬉しさが込み上げて来て頷いた。夕陽が沈む海なんて見るの初めてかも…前に連れて行ってもらった時は昼だったし、横浜にも行ったけどあの時はもう夜中で海なんて真っ黒なだけだったもんね。


「ねぇ、昴くん。海中水族館だって」
「ホー…海中ですか。面白そうですね、行ってみましょうか」
「えっいいの?!」
「気になるのでしょう?円香さんの行きたい所、とことんおつき合いします」
「嬉しいけど、…昴くんも行きたい所があったら言ってよ?」
「わかりました」


ガイドブックを見ながらある程度、行きたい所をピックアップしていたら目的地に着いたらしい。あっという間だったなぁ…朝早い電車だったから、絶対寝ちゃうと思ってたんだけど。思いの外、テンションだだ上がりでそんなことなかった。眠気すらないしね、不思議と。
さて、これからメインの観光なんだけど…荷物はどうするんだろう?1泊だからそこまで大きな荷物ではないけれど、観光するとなるとちょっと邪魔。コインロッカーに預けるのが得策かしら。


「荷物はどうする?」
「このくらいでしたら私が持ちますよ」
「でも観光するには邪魔じゃない?改札出たらコインロッカー探してみようよ」
「ふむ…では、そうしましょうか。行きましょう、円香さん」


さも当たり前のように手を繋がれ、彼はそのまま歩き出す。何か、…こういう恋人って感じの時間を過ごすの、久しぶりかもしれない。特に昨日はお見合いもあったし、仕事も忙しかったから彼とゆっくり過ごす時間もなかった。その前も色々あってバタバタすることが多かったしなぁ。今回の旅行は根回しもしてあるから、仕事の電話や何やらで邪魔されることは皆無と言っていいと思う。
だったら尚更、楽しまなくては損というやつだ!





「うっわぁ、綺麗…!」
「ええ。海の中をイメージして、とありましたが、正にその通りだ」
「うん、すごいね。想像以上」
「円香さんはこういう水族館や、プラネタリウムが好きですね」


水槽に向けていた視線を昴くんに向けると、彼は穏やかな笑みを浮かべて私を見つめていた。不覚にもドキッとしてしまったのは、秘密。


「…そうかも」


指摘されるまで考えたこともなかったけど、確かに昔から水族館やプラネタリウムが好きだったかも。
アメリカにいた頃は行く機会が全然なかったからなぁ…ああ、あと美術館巡りも結構好きかもしれない。大学時代、友達とよくやったもの。残念ながら秀一とは行けなかったけど。


「今度、東都水族館がリニューアルオープンしますよね。行ってみます?」
「あ、それオープンしたら行ってみたかったの!昴くん一緒に行ってくれるの?」
「もちろん貴女の頼みとあらば。私でよろしければ、の話ですけれど」
「ふふっ珍しく意地悪な言い方をするのね?」


そうさせてしまっているのは恐らく―――というか、完全に私なんだけどさ。


「エスコートして頂けますか?昴くん」
「…ええ、喜んで」
「じゃあ決まりね!でもその前に今回の旅行を楽しまないと」
「そうですね、次はどのコーナーを見に行きますか?」
「あ、ここがいい。ラッコ」


意外にも広かった水族館を隅から隅まで見ていたら、あっという間に時間が経っていた。他にも行きたい所があったはずなのに、大半を此処で過ごしちゃった。昴くんも私も楽しめたから全然構わないんだけど。
さて…残りの観光は明日に回して、今日はもうホテルに向かった方が良さそう。暗くなる前に海岸へ散歩にも行きたいし、此処からホテルまで時間かかった覚えがあるしね。ロッカーから荷物を引っ張り出して、私達はホテルを目指すことにした。
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