消えた彼女の行方


■「目を引く招待客」:赤井視点


「シュウ、準備はできた?」
「ああ、問題ない」


潜入当日。普段はほとんど着ることのないダークグレーのスーツに身を包み、軽く髪を整えた。スーツが苦手なわけではないが、やはりネクタイは窮屈だな…今すぐ緩めたくなる衝動を堪え、声をかけてきたジョディの方へ振り向く。
彼女も準備は万端なようで、シンプルな黒のドレスにシルバーのストールを肩に掛けている。ジョディのトレードマークともいえる眼鏡は、今日は留守番らしい。


「それにしても、」
「なんだ?」
「本当にそういう格好が似合うわね、素敵だわ」
「それはどーも。そういうお前も似合っているじゃないか」
「あら、ありがと。円香以外にもお世辞を使えるようになったのね?」


ぐ、と言葉に詰まった。だが、別に世辞でもないんだがな…そういうのは昔から苦手だ。もっとも、素直に告げるのも得意ではないのだが。


「俺が世辞を言わんのは、お前もよく知ってるだろう」
「ふふっええ、よーく知ってるわ!はい、貴方の分のインカム」
「サンキュ」


受け取ったインカムを耳に装着しながら、今は姿を消している相棒を思う。このパーティーは取引を行う為の隠れ蓑に過ぎん、つまり、例の麻薬組織を個人的に追っているのであれば…円香は確実に会場に姿を現すはずだ。この推測に間違いはないだろう。
(あわよくば、連れ戻せればと思ってはいるが…)
あの女の性格を考えると、それは難しいだろうな。何故、こちらに連絡もせずに動いているかは皆目見当もつかんし、どのようなルートでその情報を手にいれたのかもわからん。それを知るには本人をとっ捕まえて問い質す以外、方法はないだろう。荒っぽい真似をするつもりはないが、…それは円香の態度次第だろうな。





「…思っていたより、ずいぶんと派手にやっているのね」


ジョディを連れ立って会場に潜入すると、彼女の口から無意識に言葉が零れ落ちた。だが、その意見には賛成だな…隠れ蓑にするくらいだ、そこそこ派手なパーティーだろうとは思っていたが予想以上だ。
芸能関係には疎いが、それでも知っている顔がいくつも見受けられる。成程?こうして招待客に大物を呼んでおけば、秘密裏に動く取引は目につきにくくなる―――ということか。確かにいいカモフラージュになるだろう。ふむ、考えたものだ。
不自然にならんよう酒の入ったグラスを受け取り、さり気なく辺りを見渡す。今の所、おかしな動きをしている人物はゼロか。主催者であり、取引を行う張本人である赤城という男も、まだ招待客と歓談の最中…男の近くにも不審人物はナシ、と。
まぁ、まだパーティーが始まってそう時間は経っていない。動くとすれば、もっと場が盛り上がってから、というのが普通だな。その方が会場を抜け出しても不自然さがないし、下手すれば主催者がいなくなっても誰も気がつかない可能性がある。視線を外すことはしないが、まだそこまで厳重に警戒する必要もないな。円香の姿もないようだし。
ふ、と息を吐き、持っていたグラスに口を付ける。シャンパンはほとんど飲まんが、これはなかなかイケるな。そんな感想を内心抱いてた時、壁に寄り掛かる1人の女を見つけた。それ自体はおかしなことではないが、…見た限り、年齢は20代後半といった所だろう。そのくらいの年齢の女がたった1人でパーティーに参加するだろうか。


「シュウ、何か動きでも?」
「いや、…」


何故かその女が気になって仕方なかった。茶色の髪に、パーティー仕様なのか少し濃いめのメイク、それからワインレッドのドレス…こういうパーティーなら、どこでも見るようなタイプだというのに何故こんなにも目につく?
そのままじっと不審に思われない程度に視線を向けていると、その女は1人でいるせいか大分目立っているらしく(当然と言えば当然だ)、先程からかなりの数の男に声を掛けられている。まぁ、いいカモになるのは否めないな。それまでは声を掛けている男の影になっていて、女の表情が見えていなかったのだが、ふっと困ったような笑顔で断りを入れている彼女の顔が見えた。

それが―――円香と、ピッタリ重なった。


「ジョディ、悪いが赤城のマークを頼む」
「は?!ちょ、シュウ!……っもう!!」


半分は勘だ。だが、もう半分は確信に近い。
恐らく、FBIが会場に潜入することも見越していたのだろう…自分だ、とバレてしまわぬよう本来の髪色とは違うウィッグをかぶり、メイクも普段とは違うものにした。―――だが、仕草や表情までは変えることができん。
確かに髪色やメイクを変えるだけで、大分印象は変わるだろう。変装というものはそういうものだ、そう簡単に見破れるものではないし、いつか見たアイツの変装技術は大したものだった。さすがは有希子さん直伝、といった所だろうか。


「失礼、お隣よろしいですか?」
「あ…いえ、私友人と一緒、で……」


ああ、これはビンゴだな。言葉を詰まらせ、一瞬、表情を引きつらせた様を見て疑念は確信へと変わる。
だが、腐っても捜査官だな。すぐに思考を切り替えたのか、にっこりと笑みを浮かべている。…きっと、どうにかして姿をくらまさなければ、と考えているのだろう。なぁ?愛しい相棒よ。


「貴方程のイケメンなら、お一人ではないのでは?」
「ホー…君程の美人にそう言って頂けるとは。光栄ですね」


僅かに頬を赤く染めた円香を見て、そっと笑みを零す。全く、コイツは変装をしてパーティーに潜入しているんではなかったのか?こうも顔に出てしまっては、いつか足元を掬われてしまうぞ。…とはいえ、長く行動を共にしている俺だからこそ気がつく変化だとは思うがな。言葉に詰まらせた瞬間以外は。表情に関しては本当に一瞬だった、注意して見ていない限りわからん変化なのは確かだ。
このまま他人のフリをして口説いてみるのも面白そうではあるが、そろそろ核心に触れるとしようじゃないか。相変わらず壁にもたれたまま、グラスを傾けている彼女の腕を引き、耳元に唇を寄せた。―――気がつかれていないであろう、と考えている円香に、真実を告げる為。


「君―――…円香だろう。何をしている」
「ッ?!」


息を飲む音が聞こえた。ああ、やはりな…この女は俺の予想通り円香だった。さて、どういうつもりなのかじっくり問い質そうじゃないか。
逃がすまい、と手に力を入れ、彼女の名前を呼ぼうとした瞬間、爆発音が会場全体に響き渡った。なんだ?爆発…っ?!意識が目の前にいる円香から、響き渡った爆発音に逸れてしまった。掴んでいた腕もその拍子に離してしまったらしい。
しまった、と思った時にはすでに遅く、彼女の腕を掴んでいたのは俺ではない男だった。


「嬢ちゃん、一旦引くぞ!」

―――グイッ

「っわ…?!」
「しまった、…円香!!」


すぐに追おうとしたが、さっきの爆発のせいで会場内はパニック状態だ。すぐに円香の姿は逃げ惑う招待客の中へと消えていった。


「Shit…!」
「シュウ!やっと見つけた!私達も会場を出ましょうっ」
「ッ、…ああ」


ジョディの言葉に頷きながらも、頭を支配しているのは―――先程、円香を連れて逃げていった男のこと。
あの男は、次元大介だった…ということは、アイツが今行動を共にしているのはルパン一味?ホー…成程ね、今の彼女の相棒は俺ではなく奴らということか。なかなかに妬かせてくれるな。
くつり、と漏れた笑みを隠す気などない。この俺から逃げられると思っているのか?…上等だ、地の果てまでだろうと追いかけて捕まえてやるさ。



(シュウ、笑みが怖いわよ)
(失礼な奴だな、お前は)
(まるで獲物を見つけた猛獣じゃない)
(猛獣?…ああ、それは言い得て妙だな)
- 109 -
prevbacknext
TOP