可愛い可愛いきみ


本当にコイツは可愛らしいことをしてくれる。飛び込んできた光景に思わず、口の端を上げた。


 side:赤井


「円香さーん、夕食できましたよ」


階下から声をかけてみるものの、一向に返事が返ってこない。確か帰ってきてすぐに着替えてくる、と2階へ上がっていったはずなんだが…俺の記憶が正しければ、まだ下りてきていないはずだ。そもそも1階には彼女の気配がない。だから自室にいるのは間違いないはずなんだが。
また読書か、仕事に集中してシャットダウンしているのか?トントントン、と階段を上がりながら、溜息をひとつ。集中力が人並み以上ある円香は、何かに集中し始めると全てが遮断されてしまうらしく、どれだけ近くで呼んでも反応をしなくなるクセがある。クセと言っていいのかは定かではないが。


―――コンコン、

「円香さん、います?」


ドアをノックしてみても、さっきと同じで反応なし…ただ、気配はあるからやはり部屋にはいるらしい。どうしたものか…せっかくの夕食が冷めてしまうし、できればすぐに出てきてほしいのだが。だが、何度ノックをしてみても反応が返ってくることはなくて、俺は段々とイラついてきてしまった。集中するのはいいことが、やはり全てが遮断されてしまうのは厄介なものだな。
このまま待っていても仕方がない。強行突破をさせて頂こうか。ノックはしたんだ、反応しない円香が悪い―――全責任を彼女に押し付け、そっとドアを開けた。けれど、予想以上に静かな部屋の中に眉間にシワが寄るのがわかる。
読書をしているにしても、仕事をしているにしても…静かすぎやしないか?デスクに目を向けてみても、そこには円香の姿はない…デスクの上も綺麗なままだ。だったら彼女はどこに…?


「!…おや、」


ふっと向けた視線の先にあったのは、ベッド。捜していた彼女の姿はそこにあった。何かを抱きしめ、体を丸くしてすやすやと穏やかな寝息を立てている。全く、スーツのまま寝てしまっているじゃないか…着替えに行ったんじゃないのか?お前は。
このままではスーツにもシワがつく、起こそうと近寄れば抱きしめているものが嫌でも目に入り、思わず顔を覆った。コイツは本当に…これ以上、俺をどうしようというのか。

円香が大事そうに抱きしめていたのは、貸したままだった俺のジャケットだ。

貸してすぐに『沖矢昴』になる計画を実行していたからすっかり忘れていたが、そうだ、返してもらっていなかったな。全く、それを抱きしめたまま寝るとは…可愛らしいことをしてくれる。


「円香…円香、起きろ」
「ん、んん…秀一……?」
「せっかく本物がここにいるんだ。抱きしめるならジャケットではなく、俺にしてほしいんだが?」


ベッドに片足だけのせて、顔を耳元に寄せた。囁くように言葉を紡げば、寝惚けていた彼女の意識は一気に覚醒したらしくガバッと起き上がり、顔を真っ赤にして口をパクパクと開閉させている。
くくっ本当にコイツは可愛らしい…これだから放っておけないんだ。


「えっな、…ええ?!」

―――ピッ

「ご飯ができましたので、早く着替えて下りてきてくださいね?」
「えっと…は、い。すぐ行きます…!」


投げ出されたジャケットを拾い上げ、俺はそのまま彼女の部屋を出た。
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