俯く彼女
父さんの妹である円香さん。高校を卒業した後、単身アメリカの大学に進学して、そのまま永住権を取ったというスゲー行動力のある人だ。そしてFBI捜査官とか…ほんと、努力の人って感じがする。
元々要領も良くて、勉強もできる人だったらしいんだけどFBIに入るのは予想外だったなぁ、と父さんも笑ってたっけ。いつだってあの子にはビックリさせられるよ、って。そう言う父さんの顔は、優しかったような…気がする。
俺の中での円香さんはしっかりしてて、何でも1人でこなしちまうようなイメージになっている。…んだけど、
「新く〜ん…哀ちゃ〜ん…!」
どうしてこうなった。
side:コナン
小さくなった今でも推理小説が読みたくなると、俺は自分の家に入って読み耽ってるんだけど…そこに偶然、出かけてたらしい円香さんが何やら意気消沈した顔で帰宅した。仕事だと思ってたんだけど、普段見るような動きやすそうな格好じゃなくって、なんつーか…可愛い格好をしてて、デートでもしてたのかと当たりを付ける。でもその割には沈んでるんだよなぁ?顔も、オーラも。
どうしたんだよ、と声をかけると、今にも泣きそうな顔になって「新く〜んどうしよう〜!」ってガバッと抱きつかれました。そんでそのまま離してくれないし、かと言って事情を説明してくれる気配もねーし…埒が明かねぇ、と判断した俺は、灰原と博士を巻き込む為に隣の家に移動することに。そして冒頭に戻るわけだ。
「ちょっと工藤くん…円香さん、どうしたのよ?」
「俺が知るかよ。帰ってくるなりこの状態だから、こっちに連れて来たんだろ」
「ほれ、円香くん。これでも飲んで元気を出すといいわい」
「ありがと、博士…」
博士が淹れてくれた紅茶をチビチビ飲んで、ようやく彼女は落ち着きを取り戻し始めた。泣いてはいないけど眉は限界!ってくらいにハの字に下がってるし、ふとした瞬間に泣きだしそうな感じではある。
…そういえば、この人が泣いた所って見たことねぇなぁ…今泣かないのは大人だからって理由もありそうだけど、元々は我慢強い人なのかもしんねぇな。
「はぁ…ごめんね、新くん。急に抱きついちゃって」
「いや、別にいいけど…でもどうしたんだよ?」
「えっと、うーん…どう説明するべきか、」
「その格好、デートでもしてきたの?」
「え?」
灰原の言葉に円香さんはビックリした顔で、動きを止めている。何でわかったの?って顔だなぁ、コレ。つーか、俺の推理もやっぱり当たってたわけだ。灰原がそう思った理由も俺と同じで、捜査に行くような格好じゃねーからって。
当たってる?と薄い笑みを浮かべたアイツに円香さんは、困ったような笑みを浮かべて頷きを1つ。…ということはつまり、落ち込んでいた理由はデート相手にあるっつーことか?男か、女か…落ち込んでいたことを考えると、男の可能性の方が高いかもな。あんまり考えたくねぇが、そいつに何かされた―――か?
「でも貴方なら暴行されそうになっても、自分で撃退できるわよね」
「…確かにそれもそうだよな」
「見た目が小学生の君達から、暴行とか聞きたくないなぁ…違うよ、何もされてない。いや、されてないわけじゃないのかな……」
ブツブツと独り言を漏らす円香さんに、俺と灰原は頭上にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げる。何もされてないけど、されてないわけじゃないって…一体、どういうことだ?きっと彼女は自分の中で話の筋道を立てている最中なんだろうけど、その合間に零れる言葉達は全く脈絡がない。だから尚更、事情を知らない俺達には意味が通じないんだと思う。
俺の横に座り、黙って話を聞いていた博士がポツリと「告白でもされたのかのう」と呟く。ああそうか、その線もあるか…と納得していると、さっきまでブツブツ言っていたはずの円香さんの声がピタリと止んでいた。
おや?と視線を戻すと、目の前には真っ赤になっている彼女の姿。当てずっぽうで言ったであろう博士の言葉が、まさかの大正解だとはなぁ。成程、だから『何もされてないけど、されてないわけじゃない』って言ったのか。確かに直接的に何かされたわけじゃねーな。
「博士の言う通り。告白、されたの」
「それで?何をそんなに悩んでいるのかしら。つき合うつもりがないのなら、断ってしまえばいいだけの話でしょう?」
「そう、そうなんだけど……私も好きだから、悩んでるんだよ〜!!」
ソファの上に足を乗せ、体育座りをしていた円香さんはそう言うなりガバッと膝に顔を伏せた。事情はわかったけど、好きな奴からの告白だったら何も悩む必要はねぇんじゃねぇか?自分の気持ちを告げて、それでめでたしめでたしって結果になるんじゃねーの?んん?3人して首を傾げているのを見たらしい彼女は、ふふっと笑みを零してどうして悩んでいるのかを少しずつ言葉にしてくれた。
告白された相手はかつての恋人で、円香さんが寂しさに耐えきれなくなって別れを告げた―――らしい。
円香さんはフッた後も忘れられなくてずっと好きだったんだと。だけど当時、身勝手な理由でフッておきながら今でも好きだとか言えないし、向こうの気持ちに応えるのが怖いんだってさ。未練たらしく想い続けていたなんて知られたら、呆れられてしまうんじゃないかって。それが怖いんだって、教えてくれた。
「今でもね、すごく好きな人なの。だから嬉しかったんだよ?向こうも忘れないでいてくれたんだって」
「…ねぇ、円香さん」
「ん?なぁに、哀ちゃん」
「貴方の気持ちが未練たらしい想いと言うのなら、相手の人の想いも未練たらしいってことになるのよ」
貴方はそれを知って、呆れたの?未練たらしい、って。
灰原の言葉は円香さんの核心をついているような気がした。その通りなんだ、彼女の気持ちが呆れられるようなものなら、相手の気持ちだってそれと同じだってことになる。でも円香さんの返答は否、だった。そんな風に思ったりしない、ってハッキリ言葉にしたんだ。
…ほら、きっとそれが答えなんだよ。
「相手も喜ぶんじゃないのかしら?円香さんの気持ちを知ったら」
「そう、なのかなぁ…」
「告白した相手に同じ気持ちを返してもらえるんじゃ。男としては嬉しくて堪らんわい。なぁ?新一」
「ん?ああ、そうだな」
「うーーーーーん…」
ったく、思い切りがいい人のはずなのに自分の色恋沙汰となるとどうにもダメになるんだなぁ、この人。新しい一面を知ったぜ。
「それでもやっぱり、…躊躇しちゃうなぁ」
ソファに寝っ転がってそう呟いた円香さんの顔は、実際の年齢より僅かに幼く見えたのは俺の気のせいじゃないと思う。