ガラス越しのキス
トン、とデスクの上に置かれたのは、紙袋。なんだこれ?そして置いたの誰だ。パッと顔を上げてみると、そこにいたのは秀一だった。ってことは、紙袋を置いたのもこの人か…何が入ってるんだろう。
開けてもいいか、とか、これ私に?とか聞く前にガサガサ漁り始める私を見て、彼はジャケットを脱ぎながら溜息を吐いたようです。やだなぁ、そんなに呆れないでくださいよ。傷つくから。
「…たい焼き?」
「ああ。甘いもの、好きだっただろう?」
「ええ、まぁ…好きですけど」
私は確か数日前、上司でもあるこの人に告白をされたはずだ。正しく言えば、告白まがいのことを言われたってだけで、告白された!って断言しまうのは如何なものか、ってレベルなんだけれども。
いやまぁ、それは置いておくとしてもだ…そんなことを口走った本人は、どうしてこんなにも普段通りの態度なのだろうか。別に焦ってほしかったとか、意識してほしかったってわけではないのだけれど、ここまで普段通りだとあの日のことが夢だったんじゃないかって気になってくる。もしくは私の妄想。………それはちょっと痛い人だな、私。
態度が変わらないってことは…あれはただの問い掛けだった、って思えばいいのでしょうか。私のことが忘れられない・好きだって意味合いで紡がれたものではなく、ただ単純に聞いてみたかったという―――言うなれば、疑問を口にしただけということで。
そうだとすれば態度が変わらないのも頷けるかな、と納得しかけた所で、秀一はポーカーフェイスであまり表情が変わらないということを思い出した。同時に紙袋を漁っていた手も止まる。…あ、あれ?ってことはどっちの意味での問い掛けだったんだ?あの時の言葉って!
「食べないのか?」
「た、食べますけど…あ、コーヒー」
「お前が百面相している間に淹れてきた」
百面相なんてしてないのに…ムスッとした顔でたい焼きに噛り付けば、程良い甘さのカスタードがトロリ、と溢れてきて頬が緩む。んー、疲れた時にはやっぱり甘いものだよねぇ…美味しい。
たい焼きにはコーヒーより緑茶の方が合うんだけど、日本にいるとはいえ、仲間は全員外国人だ。だーれも緑茶なんて飲まないのよね、もちろん日系アメリカ人である秀一も。私は日本生まれだから飲むけど。
あ、でもカスタードのたい焼きだったらコーヒーでも案外イケるかも。あんこだと絶対に合わないけど。むぐむぐ咀嚼しながら優雅にコーヒーを啜っている秀一に、食べないの?と問いかける。2つ入っていたから、てっきり自分の分も一緒に買ってきたんだと思っていたんだけど。
あ、でも秀一って甘いものはあんまり食べなかったような…バレンタインのチョコはブランデー入りのものをあげたから食べてくれたけど、それ以外の時は苦手とか言って手を付けなかったような気がする。
「じゃあなんで2つ?」
「お前が食べるだろう、円香」
「食べれないことはないですけど、せっかくだったら一緒に食べた方が美味しいじゃないですか。はい、口開けろ」
「拒否権はなし、―――むぐ」
「だって渡したって食べない確率の方が高いでしょう?だったら先に突っ込んでしまおうと思って」
ジトリ、と睨まれるけれど、口にたい焼きを突っ込んだままでは怖さ半減よ?秀一。
「美味しいでしょう?」
「…悪くはないな」
「ふふっ貴方も疲れているんですから、時には糖分補給しないと」
ああでも、本当に秀一とたい焼きって似合わないなぁ。だけど咀嚼する姿はちょっとだけ、可愛いと思ってしまうのは惚れた欲目なのかしら?でもこうして食べてくれるのなら、今度は私が何か差し入れを買ってこようか…私も人のことは言えないけれど、この人はあまり食に興味がない。放っておけば何日もカロリーメイトとかで済ませちゃうような人なんだもの。
食事くらいちゃんとしてほしいのだけれど、私が言った所でお前もだろう、と言い返されてしまうのがオチだと思う。なので、言葉よりも行動!ってことにしておこうと思います。買ってきてしまえばこっちのものだと思うしね。
「円香、」
「んぐ?」
「動くなよ―――ん、とれた」
秀一の指が、口の端に触れた。それだけでもビックリで、ドキッとしてしまったのに、何でかわからないけど彼はその指を自分の口元に持っていき―――舐めた。
………えっ?!な、え、ちょ、ええええぇえ?!
「しゅ、秀一、なにして、」
「?お前の口元にクリームがついていた、それをとっただけだが…」
いや、うん、それは何となくわかってたよ!多分そうだろうなぁ、って!!でも私が言いたいのはそういうことではなくてですね、何故にそのクリームをティッシュで拭くとかせずにそのまま舐めたのかって話なんですが?!
ああでもそんなの恥ずかしくて口に出せない、ただでさえ今顔が真っ赤になっている自覚があるのに…っ!あと一口分だけ残っていたたい焼きを放り込み、コーヒーで勢い良く流し込んだ。たい焼きと共にこの羞恥心も飲み込んでしまえればいいのに、と思うけど、もちろんそんなことはできるはずもない。
「ク、顔が真っ赤になっているぞ?」
「その笑い方、…貴方、また私で遊びましたね?!」
「―――遊んでいるように見えるか?」
「…え、」
空気が、秀一の纏っているオーラが…ガラリと変わったような気がした。さっきまではこんな、妖艶な雰囲気なんて感じなかったのに。翡翠色の瞳が私を射抜くように見つめてきて、目が逸らせない。
ダメだ、この瞳に捉えられてしまったらきっと、逃げることができない。頭ではわかっているのにどうしてだろう、体が動いてくれないんだ。
カタン、と秀一が立ち上がる音がした。ゆっくりと近づいてくる足音、伸びてくる手、…壊れ物を扱うかのように優しく触れられて、肩がビクリと跳ねる。
こうして触れられることは昔も、あった気がする。そう、そうだ、この人がキスを、する直前の仕草。頬に優しく触れて、それで上を向かされて―――蘇った記憶に倣うようにしてギュッと目を瞑った。その瞬間、秀一が息を飲んだ気がしたのは気のせいだろうか?
そしてチュッとリップ音をさせて、額に温かい何かが触れたのだ。
「……ッ」
「目を瞑ると、…こっちにしてしまうぞ」
ふに、と彼の指が触れたのは、私の唇。触れた指をそのまま自分自身の唇へちょん、とつけた。
「だが、今はこれで我慢しておこう」
それは、それはまるで間接的に秀一とキスをしているようで。体中の熱が一気に上がっていく。
額も、頬も、唇も―――あの人が触れた箇所、全てが熱くて熱くて堪らない。