宣戦布告
「「あ。」」
「あれ、安室さんだ」
道端でバッタリ安室さん。あっちはびっくり顔、こっちはびっくり顔のち眉間にシワ。うへぇ、と嫌な顔になったのは仕方ないと思う。ボウヤが一緒じゃなければ、今すぐ回れ右していたのは言う間でもない。
いや、この際ボウヤが一緒でも回れ右したいなぁ…だけど、何か2人で喋ってるし邪魔しない方が良さげ?このまま1人で逃亡するのもアリだけど、ボウヤを1人で帰らせるのは忍びない。だってこの子、今日は家に泊まりに来る予定だし。ちなみに沖矢くんは別件で1日出かけております。夕飯までには帰る、と言ってたけどね。
「ねぇねぇ、円香さん。安室さんがお茶しないかって」
「…私も?」
「コナンくんだけ誘うワケないでしょう。貴方とは一度、じっくりとお話してみたかったですしね」
「嫌な予感しかしない。」
不機嫌な顔を隠さずに言えば、ボウヤに足を叩かれた。膝裏だから安室さんには見えてないと思うけど、いったいなこの野郎。ジト目で見下ろせば、あっちも負けじとジト目で見上げてきて「ガキみたいなこと言ってんな」って言われてるような気がする。ガキじゃないわ、立派な成人だわ。ついでに言えば三十路だっつーの。
はぁ、と溜息を吐いてお茶することを承諾した。断じて安室さんが奢ってくれるから行く、というわけではない。
いいお店を知ってるんです、と連れて来てくれたのは、ものすごくレトロなカフェ。カフェというか喫茶店って言った方がいいのかな?ほら、純喫茶ってやつ。そして個室になってました。
へぇ…居酒屋で個室っていうのはよく見るけど、こういうお店で個室があるのってすごく珍しい気がするな。でもこの3人で個室でお茶する必要性、あるのかな?内緒話でもする気か、コイツ。
「ここ、僕の行きつけなんですよ。個室だから落ち着けていい」
「いい雰囲気だけど…いいの?そんなの教えちゃって」
「ええ、行きつけのお店なら別に。それに…貴方が来てくれるのなら大歓迎ですよ?」
「のーせんきう」
「円香さん…」
「別に噛みついてないでしょ、コナンくん」
立てかけてあったメニューを捲れば、様々な飲み物や軽食、デザートが載っている。普段ならコーヒー一択なんだけど、今日は何か別のモノが飲みたい気分。甘いものとかいいな…あ、このお店のココアって生クリームがのってるんだ。美味しそう。
「円香さん、ココア?珍しいね」
「んー…今日は甘いものの気分」
「甘いもの好きなんですか?」
「…嫌いじゃない」
「でしたら、このホットケーキオススメですよ。ふわふわですし、メープルが程良い甘さで」
「食べたことあるの?」
「え?ええ、新メニュー考案の為に、色んなカフェのデザートとか食べに行くので」
ねぇ、この人なにしてんの?ポアロで働いてるのって潜入捜査の延長線上でしょう?何で本気になって新メニューとか考案しちゃってんのよ。それは隣に座っているボウヤも思ったらしく、「なにしてるの安室さん…」と苦笑を浮かべていた。だよね、そんな反応しちゃうよね。
…だけど、ちょっと気になるな。このホットケーキ。ココアを頼んで更に甘いもの、ってマズイ気はするんだけど、ボウヤに半分食べてもらえばいいし。嫌がるかもしれないけど、レモンパイが好物だって言っているくらいだから甘いものが嫌いってことはないはずよね。
店員さんに注文をし終われば、個室である空間には私達3人だけ。ゆったりとしたクラシックのみが聞こえるのは、割と落ち着くかもしれない。他のお客さんの声が全く聞こえないというわけではないけど、壁で区切ってあるせいかそこまで気にはならないし。
うん、安室さんが落ち着くと言っていた理由はよくわかるし、行きつけにしてしまうのも頷けるかな。
「それで、貴方はいつあの男を捨ててこっち側に来てくれるんですかね?」
「……私そっち側に行くなんて一言も言った覚えないけど」
「工藤。貴方の能力は素晴らしい、それは自国の為に使うべきだと思いません?」
「だから使ってるけど。思いっきり」
運ばれてきたココア、そしてホットケーキに手をつけながらバッサリ切り捨てる。というか、あの日、引き抜こうとしているような言動があったけど…あれ、本気だったのか。
「私は今の仕事に誇りを持ってるし、やりがいも感じてるし、何より彼らを捨てるようなことできるはずもないでしょう」
「そういう所も割と好みですね。あの男とつるんでいる所だけは気に食わないが…まぁ、許容範囲としておこう」
「何のだよ」
「円香さん口悪い」
え、なにこれ。私、公安に来ませんかって話をされてるんだよね?段々と雲行きが怪しくなってきた気がするんだけど?!
ボウヤは我関せず、といった顔で大人しくアイスコーヒーを飲んでいる。時折、私が注文したホットケーキを食べて嬉しそうな表情を浮かべていた。ああ、ほんと可愛いなぁこういう顔してると!
「貴方を引き抜きたいのも本音ですが、曝け出してしまえば…貴方自身が欲しいんですよ、工藤」
「ゲホッ!」
「ぶふっ!」
「ちょっと2人して何をしてるんです?」
「アンタのせいだよ安室さん!ボクもいる前で何言っちゃってんの?!」
「そんなに刺激的なことは言っていないだろう?」
いや、うん、確かにそうだろうけれども…!それでも子供がいる前でする話じゃねーだろ!!
「ね、ねぇ安室さん?話の腰を折って悪いんだけどさ…安室さんは円香さんが好きなの?」
「ん?うん、そうなるね」
そうならないでよ!!一体、どこにそんな要素があったわけ?!組織に潜入している時も接点なんてないし、今は多少増えただろうけど…でもいがみ合ってしかいないと思うんだけど。
安室さん―――というか、降谷はFBIを邪魔者だと思っているし、向こうが敵視してくるからこっちも―――主に仲間達が―――敵視しちゃってるし。
どう考えたって友好的ではない。私だってコイツに友好的な態度を取ったことなんてないから、好かれる要素はゼロだと思う。
ほんと何を考えているんだろうか。あれか?疲労で頭湧いたのか?ああもう、頭抱えたくなる…やっぱりお茶の誘いになんてノるんじゃなかったかも。
「あの男の大事な存在である工藤を、と思わないでもないが…それを抜きにしたって、貴方は魅力的だ」
「もうそれ以上、口を開かないでくれるかな安室さん…!」
何かもう、色々とキャパ越えそうです!!ダンッとテーブルを叩きたくなる衝動を堪え、大きめに切り分けたホットケーキを頬張った。それをココアで流し込み、もう一口。こうなったら黙々と食べて、飲んで、それでさっさと帰るに限ります。そうじゃないと安室さんの話術に捕まってしまいそうだ。
私が全てを平らげる頃にはボウヤもアイスコーヒーを飲み終わっていて、ちょうどいいと言わんばかりに立ち上がる。もちろん、ボウヤに帰るよと声を掛けるのも忘れない。私達が帰り支度を始めても安室さんは立ち上がる様子を見せない…ということは、このお店に残るということだろう。
それならば尚、都合がいい。お店を出てしまえば妙な攻撃を受けずに済むってことなんだから。一瞬、お金を払わずに出ることも考えたけど…やっぱり奢ってもらうのは癪だ、ボウヤと私の分の料金をテーブルに置いて帰ろう、とお財布を探していると、ふっと影ができた。
なんだ、と口を開く間もなく、頬に唇が触れた。
「……あ。」
「―――――っ?!」
「あ、いい反応。ふふ、逃がしはしませんから…必ず工藤、貴方を奪ってみせますよ」
ふざっけんな馬鹿野郎!!!