望みを一欠けら、混ぜ込んでしまいましょう
「円香、ちょっとこっちに来なさい」
「え、何ですか秀一」
バンッと勢い良く開け放たれたドアの先には、般若がいた。え、マジでなに?怖いんですけど?!というか、夜だからって簡単に変装解かないでくださいよ!!そして無言でグイグイ引っ張らないで!地味に痛いですからそれっ!
文句を言っても返ってくるのは無言のみ、そして連れ込まれたのは彼が寝室としている客室だ。珍しくドアを乱暴に閉め、私をベッドへと放り投げたのだけれど…あ、放り投げられるのは別に珍しくも何ともないや。割とよくやられてる。車に投げるようにして押し込められたこともあったし。優しいのに、時々乱暴なのよね。この人。
…さて。現実逃避の為に下らないことを考えているのだけれど、目の前に出された携帯の画面に私の意識は一気に現実へと引き戻された。画面に映し出されていたのは、ウエディングドレスを着た私。そう、ついこの間、モデルを引き受けた時に着ていたものなのです。
でもそれは彼に見せないつもりでいたはずなのに、どうしてそのご本人が持っていらっしゃる?!蘭ちゃんと園子ちゃんか?でもあの2人は彼の連絡先を知らないはずだ…沖矢昴として交友はあれど、そこまで親密ではなかったはずだし。だとすると…
「ま、まさかボウヤ…?!」
「そのまさかだ。どういうことか説明してもらえるな?」
「あの、拒否権は」
「あると思うのか?この状況で」
「…………ナイデス」
ああもうっ!本気で怖いよこの人!!というか、ボウヤも秀一に写真を送るなら、ちゃんとどういう理由で撮ったのか説明しておいてくれればいいじゃないかー!親切心か?親切心で秀一に送ったのか?それとも彼に内緒で引き受けたことを怒られればいい、という嫌がらせなの?!どっちにしろ質悪いわ!!
というか、純粋な親切心ではない気がする。もしそうだとしたら、ちゃんと説明してくれているはずだからね…っ!
(ボウヤのバーーーーカ!!!)
胸の内でそう毒づいてみるものの、元を辿れば黙ったままでいようと思った私が悪いんだろうけどね。今この状況を引き起こしているのだって、所謂、自業自得というやつなのだろうから。
…はぁ、これはもう逃げられそうにないし大人しく吐いてしまうとしましょうか。とりあえず、目が完全に標的をスナイプする時と同じ光を宿しているのでそれを元に戻してください。萎縮します。いくら見慣れていても。
秀一が一度、目を閉じた。次に開けた時にはもう鋭い光は消え失せていてホッとする。そっと体を起こして、説明しますから座ってください、とベッドをぺシペシ叩くと何故か後ろから抱きしめられました。あれです、彼の足の間に座っている状態です。いいのか、寄り掛かるぞ。
そこまでは許可を取らなくてもいいか、と自己完結した私は、少し座る位置を調節してぽすん、と秀一に寄り掛かった。ああ、温かいなぁ。
「おい、寝るなよ」
「ん、寝ませんよー…さっきの写真のことですよね?」
「ああ」
「頼まれたんです、モデルを」
「…モデル?」
訝し気な声にそうです、と返して、モデルを引き受けることになったいきさつを話し始めた。いきさつって言っても、そこまで大層なことではないんだけれど。
園子ちゃんの知り合いにカメラマンさんがいること、その人が頼んでいたモデルさんにドタキャンされて困っていたこと、偶然見かけた私にお願いしたいと言われたこと、蘭ちゃん・園子ちゃん・ボウヤに背中を押される形で引き受けたこと…それらを最初から説明し、秀一に言わなかったことは…それとなく濁してみた。…もちろん、納得してくれなかったけど。
「だって嫌がるでしょう、こういうの」
「…そんなに小さな男に見えるのか」
見える、とは言えません。だって怖いもん。
「だが、確かにいい気はしないな。最初に見るのは俺でありたかった」
「は?!」
「そうだろう?ウエディングドレスなんて、毎年着るものじゃない。それこそ女にとっては、一生に一度のものだろう」
「いや、男性もそうでしょうけど…」
「誰よりも先に、円香のドレス姿を見たいと思って何が悪い」
〜〜〜〜〜…ッ!悶える、拗ね気味の秀一とかもうめっちゃ悶える!!床とかテーブルとかバンバン叩きたい気分なんだけど?!ああもう、普段めちゃくちゃカッコイイクセにこうやって可愛い一面とか見せてくるんだから…ほんと、私をどうしたいんだろう。この人は。
「…そうやって素直になるの、反則です」
「構わんだろう、そのくらい」
「私の心臓がもたないのでやめてっつってんです」
「フ、そんな柔な心臓をしていたか?」
「んぅ、…!」
グッと上を向かされたと思ったら、そのまま唇を塞がれた。少しばかり辛い体勢なのに、普段と違う角度で口内を犯されると…すぐに息が上がってきてしまう。
ゾクゾクと背中を快感が這い回り始めた頃、ようやく解放された。急にスイッチ入らないでよもう…っ!!
「それにしてもかなりの数のドレスを着たんだな」
「は、………ええ、多分一般的なシルエットのドレスは全て着たと思いますよ」
「シルエット?」
「ほら、よく聞くでしょう?Aラインとかマーメイドラインとか…」
「ああ…」
くっそ、何でこの人ってば呼吸乱れてないの?!何で普通に会話できちゃうの?!さすがにシてる時は乱れてるけれど、キスで呼吸乱れた所とか見たことない気がする。それとも私が見ていないだけ?さっきみたいなキスされちゃうと、もう他のことが目に入らなくなることなんてザラにあるから、有り得る気がしてきた。
相変わらず私を抱きしめたまま、ボウヤから送られてきた写真を眺めているんだけど…ねぇ、一体何枚送られてきたんですか?1つのドレスにつきかなりの枚数ある気がするんだけど!
「あんにゃろう…蘭ちゃんや園子ちゃんが撮った写真も一緒に送ってきたな…?」
「俺としては嬉しい限りだな。…ホー、黒いドレスもあるのか」
「みたいですよ。ゴシック調で素敵でしたけど、まぁ着ないでしょうねぇ」
「俺達にとって黒は、いい印象がないからな。似合ってはいるが、奴らに盗られたようで気に食わん」
「あはは…」
全身真っ黒の人に言われたくないと思うのは、きっと私だけではないはずだ。
「どれも綺麗だが、これが一番いい。お前に合っている」
「え?どれです?…ああ、マーメイドラインのドレスですね。園子ちゃんイチオシのドレスでした」
「ボウヤと彼女はまた違うドレスを推したのか?」
「蘭ちゃんはミニ丈、ボウヤは一番一般的なプリンセスライン……ああ、これとこれです」
「ホー…確かに。これもなかなかいいな」
チラッと見上げた秀一の顔は、本当に切れ者スナイパーなのか?って言いたくなるくらいに、緩んでいた。そっか、こんなに幸せそうな顔をしてくれるのか…そうとわかっていれば、きっと私はあの場所にこの人を連れて行くことを選んでいただろう。
(プロポーズされたけど、それがいつ現実になるのかはわからない…まして、)
綺麗なドレスを着て結婚式、なんて。それこそ夢のまた夢だ。
秀一が生涯の伴侶に、と私を選んでくれたこと。そしてそれを『約束』してくれたこと。それだけで天に昇れるくらい幸せな出来事なんだ、それ以上のことを望むのは―――罰当たり、というものだろう。