安眠抱き枕


くあ、と欠伸が漏れた。今が仕事中でなくて良かった、と切実に思うけれど、目の前のソファに座っている小さな名探偵に「寝不足?」と心配そうな瞳を向けられてしまう。寝不足、…うーん、まぁそういうことになるのかなぁ。寝ていないのは確かだし。
眠気覚ましに飲んでいるコーヒーは、もう何杯目かもわからない程。いい加減にやめないと胃が荒れてしまうのはわかっているのに、どうしたって眠気が強い時は手が伸びてしまうのです。


「隈もすごいことになってるぞ…?」
「んー…全く寝てないわけじゃないのよ。でも寝付き悪くって」
「でも円香さんって不眠症ってわけじゃないよな?」
「全く。寝付きもいい方だったはずなんだけど…」


おかしいなぁ、と首を捻るが、それで理由に思い当たるわけでもなかった。最初の頃は無理に寝なくちゃ!と思って色々試してたんだけど、今はもういいやって感じ。どんな方法を試しても無駄だ、ってわかってからは、無駄な努力かもしれないと思っちゃってね…放棄しました。寝るのを。それでも体は限界を迎えているらしく、ぶつ切りで眠ってはいる。眠ってる、と言ってもほんの5〜10分くらいだけど。長くても1〜2時間で起きちゃうの。
今の所、仕事に支障は出ていない。まぁ、仲間に隈がひどい!と心配はかけちゃってるけど、ヘマはしていないから。ほら、組織の方も大きな動きないし!今、大きな動きされたらちょっと役に立てるかが心配ではあるけど、うん、それでも何とかするつもりではいる。


「寝たい、とは思ってるんだけどなぁ…」
「―――ねぇ、眠りが浅くなったのっていつから?」
「え?ええっと…ちょうど1週間前くらいだったかしら」
「…それって、」


1週間前といえば、秀一が本部に呼ばれてアメリカに旅立った頃か。何事もなければそろそろ帰ってくるはずなんだけど、連絡ないし…帰国は延びるかもね。マグカップを置いてソファに寝転がると、リビングのドアがガチャリと開いた。


「あれ、昴さん」
「来ていたんですね、コナンくん」

―――ガバッ

「……沖矢くん?」


勢い良く体を起こしてみれば、そこには1週間ぶりに見る彼の姿。


「ただいま、円香さん」
「う、うん、おかえり…」
「昴さん、円香さん最近あんまり寝れてないんだって」
「…そうなんですか?」
「あー…うん」
「眠りが浅くなったの1週間前かららしいから、あとはよろしくね!ボク、そろそろ帰るよ」


ボウヤがにっこり笑って、そんな一言を残していった。初めは何を言っているんだろう、と思ったんだけど、その意味に気がついてしまえば顔に熱が集まってくるのを感じる。私との会話であの子は、何で眠りが浅いのか気がついていたんだ…!私もボウヤの言葉でようやく気がついた、秀一が隣にいないから…眠れなかったんだってことに。

(うわ、ガキか私…!)

元々は1人で寝ていたのに、秀一とヨリを戻してからはずっと一緒に寝ているからきっと、体が彼の体温を覚えてしまったんだ。1人で眠るより、2人でくっついて眠った方が温かいし、それに安心できるということも…今の私は知ってしまっている。だから、秀一が隣にいないと眠りが浅くなってしまうのね。
理由がわかってスッキリしたけど、それはもう恥ずかしくて仕方ないです!!


「ええっと、…コーヒーでも飲む?」
「いえ、いりません。シャワーを浴びてきますので、一緒に寝ましょう」
「寝ましょうって、まだ夕方…!それに夕飯の買い物もまだだし、」
「起きたら一緒に行けばいい。さすがに私も疲れました…少し休みたい」


少しだけ待っていてください、と額に口づけをひとつ落とした沖矢くんは、そのままバスルームへと姿を消した。シャワーを浴びに行ったのなら、少なくとも30分は戻ってこないかな。立ち上がったままだった体を、また深くソファに沈めると何だか急に瞼が重たくなってきた…さっきまでは全くそんなことなかったのに。
僅かな怠さと眠気はいつものことだったけど、ここまで急激に眠くなったのは―――とても久しぶりかもしれない。このまま目を閉じたら気持ち良く眠れそうだなぁ、と思いつつも、ソファなんかで寝てしまったらきっと秀一に怒られる…!うう、でも眠い。うとうととしながらも葛藤していると、再びリビングのドアが開き名前を呼ばれた。


「こら、此処で寝るな。ベッドルームに行くぞ」
「はぁい…」
「さっきまでは眠そうな顔をしていなかったくせに」
「本当ですよねぇ…何か、秀一の顔を見たらホッとしちゃって」


重い瞼を無理矢理開き、グッと伸びをしてから立ち上がった。ぼんやりとした視界には、沖矢くんの変装を解き、少し驚いた表情を浮かべている秀一の姿が映っている。…何で驚いた顔してるんだろ、この人。


「どうかしましたぁ…?ふああ…」
「…いや、ボウヤが言っていたことは本当だなと思っただけだよ」
「うん…?ボウヤ?」
「ハッキリと口にしていたわけではないが、俺がアメリカに行った頃から眠りが浅かったんだろう?」
「あー…はい、そうですねぇ」
「それが本当だったんだな、と実感していた」


任務で疲れているだろうに、秀一は眠そうに目を擦っている私を軽く抱き上げて、そのまま階段を上っていく。連れて行かれたのは私の寝室で、ゆっくりと下ろすと、秀一も隣にもぞもぞと潜り込んできた。
ほぼ無意識にぎゅうっと抱きつくと、彼の喉がくつりと鳴った。どうやら笑ったらしい。…どうせ子供みたいだ、とか思ってるんでしょ。


「おやすみ、円香。起きたら存分に構ってやる」
「ん、…うん、楽しみにしてます……」


そしてプツン、と意識が沈んだ。
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