闇に溶けゆく
電話が切れた後、私は数秒考えた末で本部を後にした。もちろん、誰にも言わないまま。
車のキーだけはジャケットのポケットに入れたままにしておいて助かったかも…多分、部屋に一度戻っても簡単に出ることはできたと思うけど、呼び止められてしまったら意味がないんだ。何せ言われた20時までそんな時間がないんでね…するべきことを済ませて、すぐに指定の場所に向かわないと間に合わない。
車に乗り込む前に私は公衆電話からボウヤに電話をかけることにした。番号をプッシュして発信すればすぐに無機質なコール音が聞こえてくる。
この時間だともう夕飯食べてたりするかな…出なかった場合のことを考え始めた時、コール音が止み「もしもし?」とボウヤの声が聞こえた。
「もしもし、ボウヤ?」
『その声、…もしかして円香さん?何で公衆電話から…』
「ちょっと色々あってね。…ねぇ、君、今毛利探偵事務所?」
『ううん、探偵団の奴らと博士の家にいるけど』
「なら好都合だ。いい?私の言うことをよーく聞いてちょうだい」
何があったとか、これからのこととか、全てを話している暇はない。だから、何で?って聞かれることをわかっていて、それでも結論だけをボウヤに告げることを選んだ。
「私の使ってる部屋わかる?」
『え?うん、わかるけど…なに?忘れ物でもしたの?』
「何も聞かずに、今すぐ私の部屋に博士と行って!」
『ちょ、円香さん?』
「いいから言うことを聞きなさい、ボウヤ!!」
受話器の向こう側から息を飲む声、探偵団の子供達に博士と出かけてくる旨を伝える声、そしてパタパタと走る音に鍵を開ける音…色々な音が聞こえた後、小さく「部屋に着いたよ」と声が聞こえてきた。
そのまま中に入って、と指示を出せば、キィ…とドアが開く音がする。よし…あとは引き出しを開けてもらい、そこに入っているものを全て運び出してもらえばいいだけ。
開けてほしい引き出しには、盗み出されたりしないように鍵をかけてある。電話をしながら開けるのは大変だろうから、一旦、電話は博士に代わってもらおうかな。それをボウヤに告げれば、今度は何も文句を言わずに代わってくれたらしい。すぐに博士の声で名前を呼ばれたからね。
どうやら博士も戸惑ってはいるみたいだけど、聞いてはいけないと悟ったんでしょうね…ただ、「どうすればいいんじゃ?」と問いかけられただけ。だから鍵がかかっている引き出し―――上から3番目を開けて、とお願いする。
『鍵の番号は?』
「4869よ。…開いたかしら」
『ああ、開いたぞ!入ってるのは…パソコンとたくさんの紙やファイルじゃが、合っとるのか?』
「合ってるわよ。その辺に紙袋があるはずだから、それに入れておいて…あとボウヤに代わってもらえるかしら」
『了解じゃ。新一、』
おー、と博士に答える声は、誰がどう聞いても不機嫌な声。思わず笑ってしまいそうになる、だってまるで拗ねている子供のようなんだもの。まぁ、実際拗ねているようなものなんだろうけどね…何も説明せずにここまでしてもらっているんだから。私がボウヤの立場だったら絶対に怒るわ。
でもごめんね、今は説明してあげられないの。もし、全部が終わったらその時は―――ちゃんと説明してあげるから。だから今は我慢して、新くん。
「さあ、ボウヤ。もう少しだけ私のわがままを聞いてちょうだい」
『あとで説明してくれんだろうな…?』
「…ええ、してあげるわ。無事に終われば、ね」
『え?』
「さっきのパソコンやファイルはそのまま博士の家へ持っていって。…大事なのはここからよ」
腕時計に目を向ける。ああ、そろそろ出発しないと間に合わないわね。
「今から1時間後に私から連絡がなければ、それらはFBIに引き渡して。―――いいわね?頼んだわよ、名探偵」
ボウヤの返事も聞かずに、私は一方的に電話を切った。今頃、必死に私の名前を呼んでいるんだろうなぁ…悪いことをしちゃったかしらね、と思いつつも、こうする他に方法が思い浮かばなかったのだから仕方がない。
パソコンやファイルをそのままにしておくこともできたけど、いつ奴らが私の居場所を突き止めて乗り込んでくるかはわからない。そうなる前に手を打っておく必要があったのだ。何せあのパソコン達には組織に関係した情報が詰まっているんですからね…壊されるわけにはいかないの。
急いで車に乗り込んでアクセルを思いっきり踏んだ。何の情報も与えず、切羽詰った状態でボウヤと話をしてしまったから…きっと私の連絡を待たずに、あの子はジョディに連絡するでしょうね。私は今、一緒にいるかってね。
それを聞いたら彼女は私の姿を捜すでしょうし、見当たらなければ何かあったのかもしれないと疑うのは予想がつく―――。
「…気がつかれれば、鬼のように携帯が鳴らされるのは予想がつくかな」
はぁ…車に乗り込む前に携帯、破壊しておいた方が良かったかもしれない。組織に関するデータは入ってないけど、FBIの面々の連絡先がごまんと入っているのである。もし、この携帯が組織の手に渡ってしまったら確実に悪用されてしまう。
あっちには変装のエキスパートがいるんだもの、声音を変えられて仲間の誰かに電話なんてされた日にはきっと壊滅させられると思う。いや、そんな柔でも弱くもないことくらいわかっているし、彼らを信じてはいるけれども!
だけど、100%大丈夫なんてことはこの世に存在していないと思うの。だからこそ、何重にも用心をしておかなければならないということだ。
(それを踏まえての単独行動、なんだけどね…怒られるの覚悟で)
いや、怒られることができれば万々歳って所かなぁ。怒られたいわけでもないし、ドМなわけでもないけど、最悪の展開を予想すればそれがどれだけ幸せなことかわかるってものよ。私の予想通りの展開になってしまったら、怒られることだって叶わなくなるんだから。
うん、よし、目的地に着いたらまず携帯を壊そう。連絡できなくなるのはマズいけど、…ここから仲間の情報が漏れてしまうよりは、ずっといい。