消えた人魚姫
博士の家にいたのは、本当にたまたまだった。新しいゲームができたから、って呼ばれてあいつらと遊んでて。そろそろ解散するか、って時に公衆電話からの着信。それも工藤新一として、蘭に連絡する時だけ使っている携帯に。
こっちの番号を知っている人は、そう多くないはずなのに…訝しみながらも応答すると、相手はまさかの円香さんだった。確かにあの人には新一とコナンの番号、両方を教えてはいたけど、普段かけてくるのはコナンの方だったのにな。…もしかして何かあったのか?自分の携帯からではなく、公衆電話からというのもおかしな話だ。
嫌な予感程、当たるものはない。そう言っていたのは、果たして誰だっただろうか。
side:コナン
「え?円香さんが?」
「ああ。何があったのかはわからねぇが、何かに巻き込まれかけてんのは確かだ」
探偵団の奴らは帰させて、俺は今、博士のビートルでジョディ先生に指定された場所へと急いでいる。灰原も気になるから、と着いてきちまったが、大丈夫か?もしかしたら赤井さんもいるかもしんねぇのに…。
まぁ、赤井さん自身が会うのを避けてくれるかもしれねぇし、最悪の場合、灰原は博士と一緒に車で待機してもらえばいい。そうすれば顔を合わせることはねぇだろうからな。頭の中でどうするべきかを判断し、組み立てながら視線を抱えている紙袋の中に向けた。
(パソコンと大量の資料らしき紙、それから膨大な量の紙が挟まれているファイル…)
鍵をかけてしまっていたってことは、恐らく誰にも見られたくないものってことだ。それを連絡がなければFBIに渡せって言っていたことを考えると、これは組織に関係する資料―――ってことだよな?気にはなるけどさすがに極秘資料だろうから、勝手に見るわけにはいかねぇか。
見るな、とは言われてねぇし、俺だって奴らを追っている身ではあるけれど…きっと、円香さんはそれを是としない。今回、頼み事をしながらも事情を一切説明しなかったのだって巻き込みたくないから、って理由だと思うしよ。時間がなかった可能性もあるんだろうが。
「コナンくん!」
「ジョディ先生!ごめんね、こんな時間に…」
「いいえ、仕事はある程度片付いていたから。…それで話を聞きたいんだけど、」
合流したジョディ先生に駆け寄ると、彼女の視線が後部座席に座っている灰原に向いた。なんだ?と辺りを見渡してみると、見慣れたシボレー。ああ、やっぱり赤井さんも一緒か…そうだよな、円香さんの上司兼相棒だって話を聞いたことがあったし、来ていたっておかしくねぇ。俺の勘は外れていなかった、ってわけだ。
恐らくジョディさんも赤井さんから、灰原に会うわけにはいかないと聞いてるんだろう。そうじゃなきゃ、アイツがいることを気にするはずもねぇし。
ちょっと待ってて、と言って、俺は博士達の所へ一旦戻った。再び助手席に乗り込んで、2人にどこか別の所で待っていてくれないか、と案を持ちかける。もしくは、先に帰ってくれていても構わない、と。
「…貴方がそう言うってことは、組織関連かしら?」
「まだ断言はできねぇ。けど、円香さんに任された荷物が厳重に保管されていたことを考えると…」
「否定はできん、というわけじゃな…」
「そういうことだ。ジンやベルモットが関わっていたとなれば、完全にお前は狙われる。だったら、俺らと行動しねぇ方がいいだろ」
灰原は円香さんに懐いている。どこか、姉に似ているんだって前に言っていた記憶があるし、それに組織から逃がしてくれたってこともあるんだろうな。ずっと心配そうな表情だった。
現に今も俺の話を聞きながら眉間にシワを寄せているし、仕方ないから言うことを聞いてあげるわって言った割には、いまだ納得なんてしていないって顔してるしよ。…けど、ひとまず先に帰ることは受け入れてくれるらしい。それにはホッとした。
ただ、終わったら必ず連絡をしろって念を押されたけどな。博士達を見送ってジョディ先生の所へ戻れば、ごめんね?と謝られたけど、事情が事情だ。仕方ねぇって。
―――ガチャッ
「こんばんは、赤井さん」
「ああ。…それで、ジョディにかけてきた電話はどういうことだ?」
「実は円香さんから電話があって、1時間後に連絡がなかったらこれをFBIに渡してほしい、って」
パソコンなどが入った紙袋を差し出せば、赤井さんの眉間にグッとシワが寄った。恐らく、中身がどういうものなのか予想できたんだろう。わざわざ自分達に渡せ、と俺に言伝した理由も。
「ねぇ、シュウ。あの子まさか―――」
「そのまさかだろうな。…アイツは、組織の誰かに呼び出された可能性が高い」
「僕もそう思う。電話をかけてきた時、公衆電話からだったし珍しく焦ってた様子だったんだ」
「決まりね、あの時の電話はそういうことだったんだわ」
だけど、現状は何も変わらない。円香さんが何処に行ったのか誰もわからないし、発信機をつけているわけでもないから場所を特定することだって難しいんだ。電話していた時も何も話してくれなかったから、事情はさっぱりわかんねぇままだったしな。
…ただ、マズいことに巻き込まれてることだけは確かだった。でもまっさか赤井さんやジョディ先生にも何も告げずにいたとは思わなかったけどよ。
『ジョディ先生!そこに円香さんいる?!』
『円香?そういえば電話を出る為に出て行ったっきり姿を、…キャメル!円香は戻ってきた?』
『え?見てないですけど…まだ戻ってきてないんですか?』
『ねぇ、かけてきた相手って誰かわかる?』
『わからないわ。でも、何だか出るのを渋っていたような気がするわね…』
ふっと此処に来る前に交わしたジョディ先生との会話を思い出す。何が何だかわからないけど、とにかく合流して話をしようってことになって今に至る。キャメル捜査官は円香さんが戻ってきた時に備え、本部で待機しているらしい。
ジェイムズさんにも連絡はしてあるって話だから、あの人も多分キャメル捜査官と待機しているんだろうな。
「あのバカ…」
ポツリ、と呟かれた言葉。それを紡いだのは赤井さんで、ちょっと驚いた。この人もそんなこと言うんだなぁって。
「とにかく円香を捜さないと…!確か携帯にGPSつけてたわよね?それを追って…」
「いや、アイツのことだ。恐らく、携帯はぶっ壊しているだろう。円香の車は?」
「キャメルに調べてもらったら、駐車場に彼女の車はなかったそうよ」
「…なら、追えるかもしれん」
「「え?」」
ジョディ先生と俺の声が重なった。今さっき、携帯を壊してしまってるだろうからGPSで捜すのは無理だろう、って言っていたのに…今度は追えるって、何で捜すつもりなんだ?
赤井さんは俺達の疑問の声には一切答えず、携帯を操作している。そのまま赤井さんの動向を見守っていると、彼の口の端が上がった。この顔から察するに、どうやら円香さんの居場所を特定することに成功したらしい。
でも一体、どうやって?
「ジョディ、道案内を頼む」
携帯をポンッとジョディ先生に投げ渡し、エンジンをかける。先生はどういうこと?!と言いながらも、渡された携帯に視線を落として―――成程、そういうことね、と赤井さん同様笑みを浮かべていた。わかっていないのはどうやら俺だけらしい。
「シュウは円香とコンビを組んでるんだけど、彼女ってば時々、単独で行動しちゃうのよね」
「ああ…それは何となくわかるかも」
「だから、お互いの車の位置を確認できるようにしていたみたい。もしタクシーで移動していたらダメだったけど、」
「そっか。円香さんが自分の車で移動しているから…!」
「ご名答。…アイツが車を乗り捨てていなければ、十中八九そこにいる」
携帯の画面に映し出されていたのは、地図と赤い点。この赤いのが円香さんの車ってことかな…ええっと、此処は……は?横浜?!おいおい、一体どこまで呼び出されたんだよ!位置的に港だろう…確かにこの時間なら港を訪れる一般人なんてそういやしねぇだろうけど。
居場所を特定できそうで少しホッとしたけど、赤い点が示す場所にいるとは確定しちゃいねぇし、円香さんの無事が決まったわけでもない。彼女から電話があってもう30分は経っているはずだ。ということは、下手するともう奴らと接触しちまっている可能性は高い。
最悪の場合、危害を加えられていることだって―――拳を握り、ギリッと奥歯を噛みしめる。何で、…あの人はこんな無茶をしたんだ。心配してくれる心強い仲間が、すぐ傍にいたはずなのに。