眠りにつく姫君
「で?」
「ええっと、…顔が怖いよ、円香姉ちゃん」
俺は今、円香さんに呼び出されて尋問を受けている。
side:コナン
あはは、とわざとらしい笑みを浮かべて、オレンジジュースを飲みながらそっと視線を逸らす。だけどそこはさすがFBI、視線を逸らすな!と言わんばかりの勢いでぐりんっと顔を元の位置に戻された。地味にいってぇんだけど、今の…!
グキッといった首をさすりながら、何でそんなに不機嫌なのかと聞いてみれば―――昴さんは何者なんだ、と真剣な表情で質問を返されたんだ。ドキッとした。昴さんと円香さんの初対面の時ももしかして、と2人で思ったけど…まさかいまだに疑いを持っているなんて、思いもしなかったから。
だけど、ここであの人のことを喋ってしまうわけにはいかない。それでは全てが無駄になっちまうからな…彼女には悪いと思いつつも、昴さんは昴さんだよって答えを返した。俺に答えられるのは、ここまでで精一杯だから。ごめんね、円香さんが望む答えを差し出してあげられなくて。
「大学院に通う普通の人。別にどこも怪しくねーだろ?」
「うーん、そうなんだけど…でもやっぱり違和感!何か隠してるでしょ、ボウヤ」
「隠してねーって!単純に困ってたし、それにシャーロキアンに悪い奴はいねーって相場が決まってんだよ」
「知らないわよ、そんな相場!!…って、シャーロキアン?」
そういえばホームズが好きとか言ってたっけ。
コーヒーを飲みながら、円香さんがポツリと呟いた。…なんだ、昴さんは何者なんだって聞いてくるくらいだから何かトラブルでもあったのかと思ってたけど、上手くいってんじゃねぇの?それなりに喋ってるみたいだし。
「そんなに面白いんだ、ホームズって」
「円香さんも読んでみろって!原書もあるし、そっちの方が読みやすいかもな」
「原書でも読めると思うけど、頭使うから翻訳版のがいいです…」
「翻訳版もあるから読んでみろよ。…それで昴さんとは上手くいってんの?」
昴さん自身からもトラブル発生とか聞いてないから、さっき推測した通り大丈夫だとは思うけど…念の為、本人にも聞いてみることにした。円香さんはんー、と考え込むように目を伏せながら、ぼちぼち?と疑問形の言葉を口にする。おいおい…何でそんなに曖昧なんだよ、オメー。
ズズーッとオレンジジュースを飲みながらジト目を向けると、それに気がついた彼女が苦笑を浮かべる。そのまま上手く躱されるのかと思いきや、それがさぁ…と口を開いた。
「え?料理上手?」
「そう。ほら、私の場合帰ってくる時間がまちまちでしょ?だから作ってくれてるんだけど…」
「美味いのか」
「それはもう。まだ煮込み系の料理しか食べたことないけど、うん、美味しい」
「へー」
「ボウヤも今度、食べに来るといいよ。何故か作り過ぎるんだ、あの人」
2人しかいないのに寸胴鍋で作っちゃうんだよ、バカでしょう?とクスクス笑ってる円香さん。見慣れた笑みには程遠いけど、まだまだ寂しそうに笑うけど…退院の日の時の笑みより、ずっといいなと思う。あの時は本当に辛そうで、無理に笑ってるのが見え見えで、…正直、笑わなくていいって言いたくなった。だから大泣きしてくれてホッとした部分もあったんだよな。
その反面、あの人の死が―――こんなにも円香さんの心を蝕んでいるんだ、って事実に胸が痛くなったのも本当だ。あんなに泣くなんて思わなかった、あんなにあの人のことを想っているなんて知らなかった。
だから多分、とっさに大丈夫だよなんて口をついて出たんだと思う。
円香さんには笑顔が似合うから、できることならずっと笑っていてほしいって思うけど。でもこれからも何度も彼女は泣くんだろう…傍にいないあの人を、赤井さんを想って泣くんだろうな。
どこか面影を、思い出を追って…無理に笑顔を浮かべて。それで誰もいない所で、たった1人で泣くんだ。円香さんはきっと、そういう人だから。
「…円香さん」
「ん?なぁに、ボウヤ」
「何か困ったこととか悲しいことがあったら、昴さんを頼りなよ。きっと助けてくれるぜ?」
「沖矢くんを?うーん…そうね、どうしようもなくなったら…頼ってみるのも、アリなのかなぁ」
そう言って笑みを浮かべた彼女の瞳は、どこか遠くを見ているような気がした。