浮かされた先に見る、面影
秀一が死んでからというものの、誰かしらに体調は大丈夫なのかとか、ちゃんと寝ているのかとか聞かれるようになった。ジョディだったり、キャメルくんだったり、ボスだったり、ボウヤだったり…しまいには沖矢くんにまで心配、というか、ちゃんと体調管理はしてくださいと言われるようになったんだけど。
ねぇ、ちょっと君達さぁ…私はそんなに危なっかしいのか?これでも体調管理だけは気を付けているつもりなんだけど。
(…なんて。食事をしっかりとるようになったのは、沖矢くんと暮らし始めてからだけど)
それまでは携帯食で済ませたり、簡単なもので済ませることが多かったように思う。時間があれば自炊もしてたけど、そこまで回数は多くないかな。だって料理をする時間を割くくらいなら、その分の時間を捜査の時間に当てたいなぁとか、事件資料を読む時間に当てたいなぁとか考えてたからね。
そうなると片手で食べられる携帯食を重宝するのです。携帯栄養食とかって本当に便利だよねぇ。あまり腹持ちが良くないものもあるけど。その頃に比べればちゃんと食べてるし、睡眠もとってるつもりだったんだけど…どうしてこうなった。
「39.5度…完璧に風邪ですね」
「そんなに高い…?」
「よくこの状況で車の運転ができましたね、感心します」
「うわぁ…沖矢くんに嫌味言われたぁ」
「回らない頭で判断できるとは…少し意外でした」
熱に浮かされていても、さすがにそれだけ棘全開で言われりゃあ気がつくっつーの。
「ゲホ、…風邪薬、あったっけ…」
「夕飯の買い物がまだなので、一緒に買ってきますよ。何か食べたいものはありますか?」
「食べたくない……」
「けれど、少しでも胃にいれないと薬は飲めません。ゼリーやプリンならいけます?」
ああ…まぁ、固形物よりはゼリーとかの方が喉越しがいいから食べれるかも。沖矢くんの言葉にこくり、と頷きを返せば、なら買ってきますね、と頭を撫でられる。
ぼんやりとした思考の中で何か引っかかったような気がした…私はこの温かさを、知ってる。この撫で方を知ってる。この…優しさを、知ってる。誰かと、同じだと思ったの。
私のよく知っている人と、同じだって思うのにその肝心の誰かがわからなくて。誰だったっけ、と思考を巡らせていると、目の前が暗くなった。それが沖矢くんの手だ、と気がつくまで数秒。
「辛い時にあれこれ考えるな。…今は体を休めることだけ、考えてください」
「知ってるの、君のその撫で方も…温かさも、私は―――」
「気のせいですよ。熱に浮かされて、記憶が混同しているだけ…さあ、少し眠っていてください」
「ん、…」
そう促されて目を閉じれば、急速に意識が遠のいていくのがわかった。
次に目を覚ました時、ベッド脇には本を読んでいる沖矢くんの姿があった。ぼんやりとその姿を見ていると、私の視線に気がついたらしく目が覚めましたか、と微笑む。
「気分は如何です?」
「まだボーッとする…頭、痛い」
「熱が高いですからね、仕方ない。今、ゼリーと薬を持ってきます」
部屋を出て行く彼の後ろ姿を見送って、ベッドヘッドに置いてある目覚まし時計を手に取る。時間を確認してみると、あらビックリ、もう夜中の1時だそうです。うわぁ、私そんなに眠ってたの…?
確かに高熱で体力は消耗しているのだろうけれど、眠りについたのって夕方くらいだったわよね?顔が赤いってジョディに早退させられたのが、16時とかだった気がするし。17時くらいに眠ったと仮定しても、…8時間は眠ってたことになるのか。ちょっと寝過ぎでしょ…病人は寝るのが仕事なのかもしれないけれど。
不意に目に入ったのは、枕元に置いてある2台の携帯。仕事用とプライベート用。それらを何気なく開けば、仕事用に3件のメール、プライベート用にも4件のメールが入っていた。どれも私の体調を気遣うものばかりで、自然と笑みが零れる。
…でも何でボウヤや哀ちゃんまで私が寝込んでること知ってるの?ジョディ、キャメルくん、ボスは私が早退したこと知っているからメールがきても驚かないけど。もしかしてジョディがボウヤに…?いやいや、わざわざ私の体調不良を連絡したりしないでしょ。する必要もないし。
「ほんと誰に聞いたんだろ…」
「何がですか?」
「あ、…うん、コナンくんと哀ちゃんから大丈夫?ってメールがきてたから…誰に聞いたのかな、って」
「貴方が眠った後、子供達が遊びに来たんですよ。その時に私が」
「成程…それで知ってたのか」
手にしていた携帯は没収され、代わりにと言うようにゼリーとスプーンが渡された。すでにゼリーの蓋は開けられていて、意外と沖矢くんは紳士なんだなぁと思う。
優しい人なんだな、っていうのはわかってはいたけれど、こんな気遣いもできちゃうんですねぇ。…時々、意地が悪いような気がしないでもないけど。
「食べたら薬を飲んで、そのまま眠ってしまいなさい。朝までここにいますから」
「…沖矢くんは寝ないの?」
「今日くらいは看病させてください」
「でも、」
「ふむ。…でしたら添い寝をしましょうか?」
思いも寄らない爆弾発言に、思いっきり噎せた。爆弾発言をした張本人は、しれっとした顔で大丈夫ですか?と背中を擦ってくれているけれど誰のせいだと思ってるの誰の…!!
でもきっとこの人はそれを訴えても「何かおかしなことを言いましたか?」とか言いそう…それで首を傾げるんだ。男性が首を傾げても可愛くも何ともない、と思っていたのだけれど、何でかわからないけれど沖矢くんがやるとちょっとキュンとする。ほんと何で。
ボウヤがやったら可愛いのはわかるんだけどなぁ、とよくわからないことを考えながら、少しずつゼリーを口にする。これがおかゆだったら食べれない自信があるけど、ゼリーだとやっぱり食べやすい…完食は難しいかも、しれないですけど。だってちょっと気持ち悪くなってきた…。
―――ひょいっ
「あ…」
「食べられるだけでいい、と言ったでしょう。無理はしなくていいんです」
「よくわかったね…」
「食べながら眉間にシワが寄っていましたから。はい、これを飲んで」
「…どーも」
受け取った市販の風邪薬を飲み、ベッドに倒れ込む。勢い良くいったからちょっとクラクラするけど、まぁいいや…薬で少しは熱が下がるといいんだけどなぁ。というか、今日早退しちゃった分を頑張らなくちゃいけないし、休むわけにいかないんだ。だから下がってくれないとものすごく困る。
次第にうとうとし始め考えることができなくなってきた。うん、もうこの眠気に逆らわずに眠ってしまおう。そうすれば回復スピードが上がるかもしれないし。ゆっくりと目を閉じる瞬間、沖矢くんのおやすみなさい、という声が聞こえたような気がした。