琥珀に潜む思い出


「え?コナンくんが?」
『ええ。どうやら毛利さんと蘭さんが不在らしくて…』
「ああ、成程。…わかった、なるべく早く帰ります」
『待っています。帰る時にはまた連絡してくださいね』


了解、と返して通話終了。携帯をカバンに戻し、さっきまでにらめっこしていた書類へと向き直る。
組織の尻尾を掴むための捜査と並行して、書類整理もしなくちゃいけないとか…意外と仕事が多いよね。でもまぁ、何も仕事がないよりはこっちの方が気が紛れて楽だからいいか。


「円香、紅茶飲む?」
「あ、うん。でも何で紅茶?」
「貴方、今日はコーヒー飲みすぎてるでしょ。ミルクティーにしておいたわ」
「ありがと」


ミルクたっぷりの紅茶を受け取り、まだ熱いそれを冷ましながら少しずつ。それでも火傷しそうになり紅茶を格闘していると、こっちをじっと見ていたジョディが「さっきの電話は?」と問いかけてきた。さっきの電話…?あ、冲矢くんからの電話か。
同居人からだよ、と答えれば、彼女は目を見開いて同居?!誰と!って。え、私ジョディに言ってなかったっけ…………あ、言ってなかったかもしれない。バタバタしてたのもあるけど言う必要もないかな、って思って。


「同居って言っても新しい居住先が見つかるまでの期間限定だけど」
「ふぅん…円香が他人と暮らしてるなんてねぇ」
「そんなに意外…?」
「だって貴方、気を許した人はとことん踏み込ませるけど…知り合って間もない人とは距離置くでしょう」


確かにジョディの言う通りかも…?というか、あまり自分のスペースに入られたくないといいますか。それがもう気を許した友人だったら問題ないんだけど、そうじゃない人には踏み込ませたくないって思ってる。
…ああ、だからジョディは驚いていたのか。その相手が男性だってことは、黙っておいた方がいいかな…さっき以上に驚かれて、そのまま質問攻めにされそう。そしてお説教されそう。仕事中にそれはご勘弁願いたいので、うん、やっぱり黙っておくことにしよう。

そう考えてはた、と気がついた。あれ?じゃあ本当に何で私は…沖矢くんを受け入れることができたんだろう。彼とはあの日、初めて会った。知り合いでもなければ、友人でもない関係。
最初のきっかけは新くんがすんなり受け入れていたからなんだけど…よくよく考えれば、たったそれだけの理由で他人を招き入れようなんて思わないわよね?それが女性ならともかく男性なら尚更。
うーん、彼の隣は何故か落ち着いてしまうという不思議な感覚に陥るのだけれど、出会ってそう経っていない相手に安心感を抱くって…おかしくないか?

(時々、秀一に似てるって思っちゃうのもどうしてなんだろう)

顔立ちも、声も、話し方も、立ち振る舞いだって違うのに。似ているのは背の高さくらい?でもあのくらいの身長だったらどこにだっている。そう特別視するものではないことくらい、誰でもわかる。
あとは煙草の香りも同じだったっけ…でもそれだってただ同じ銘柄を吸っているだけだろうし。それこそ似ている、なんて証拠にはならないものね。秀一が吸っていた煙草はそこまで珍しい!ってものではなかったはずだし。…うーん、考えてもわかんないなぁ。本当に。


「なぁに?悩み事?」
「ん?んー…いや、何でもない。大丈夫よ」
「円香の大丈夫は信用ならないわ。…特に今の貴方は、ね」
「え…?」
「シュウが死んでからずっと根詰めて動いてるでしょ。ジェイムズとキャメルも心配してたわ」
「あはは…心配かけるつもりはなかったんだけど」


ひとつは何も考えたくないから。もうひとつは、…秀一がいなくなってしまったことで捜査の効率が落ちたと思われたくないから。彼がいないと無能だ、なんてどうしても言われたくなくて、だから何が何でも結果を出してやるんだ!と躍起になっている部分もあるんです。
だって悔しいじゃない、FBIは無能だって言われるの!確かに秀一は誰よりも切れ者で、優秀なスナイパーだったけれども。そして何より、そんな優秀な人材だった秀一をもバカにされたくないっていう気持ちもあるのだ。うん、だんだんと私は何が言いたかったのかがわからなくなってきたぞ。

とりあえずあれだね、紅茶を飲んで仕事を再開しよう。今日はボウヤが家に泊まりに来るらしいから、なるべく早く帰りたい。別に私がいなくても沖矢くんなら大丈夫だろうけど、…どうせだったら3人で夕飯を食べたいしね。1人で食べるより全然いい。
飲み終わった紙コップを置いて、再度ペンを握―――ろうと思ったんだけど、何故かジョディに書類も筆記用具も根こそぎ没収された。何故だ。


「ちょっとジョディ?」
「言ったでしょ?根を詰め過ぎだ、って。今日はもう帰りなさい」
「いや、でもまだやらなきゃいけないことたくさん…」
「至急提出しなくちゃいけない書類はないでしょ?」
「ない、けど…」


なら帰りなさい!はい、荷物!
ジャケットと荷物を渡され、私は強制的に帰宅するハメになりました。おい、まだボウヤだって学校にいる時間じゃないのか…?!沖矢くんから電話きたのだって今から10分くらい前なんですけどね。帰ります、って連絡しても何でこんなに早く?って言われること間違いなしなんですけど。
え、時間潰していく…?うーん、でもなぁ時間潰す場所を探すのも面倒だったりする。…ひとまず沖矢くんに電話しよう。プライベート用の携帯を取り出し、つい最近登録した番号を呼び出して発信。


『工藤さん?どうしました』
「えーっとですね、同僚に今日は早く帰れと追い出されて…もう帰ります。何か買い足す物とかある?」
『…でしたら、夕飯の買い出しにつき合ってもらえませんか?迎えに行きますので』
「あ、でも私車…」
『明日の朝は私が送りますから。そうですね…駅前のロータリーで』
「ちょっ沖矢―――って切りやがった…」


聞けよ、人の話。いいけど。いや、良くない!私、明日非番なんだけど…!もうどうにもならないから諦めるけどさ。
ええっと、駅前のロータリーって言ってたっけ…?此処からだったらそう時間はかからない、多分彼をそこまで待たせずに済むだろう。携帯をしまってから私は駅に向かって歩き出した。





「夕飯に食べたいものありますか?」
「うーん、正直沖矢くんの作るものなら何でも…」
「おや、嬉しいことを言ってくれますね。そうですね…ハンバーグでも作りましょうか。コナンくんも来ることですし」
「ああ、いいんじゃない?子供の好きな食べ物だし」


あの子は見た目が子供なだけだから、ハンバーグが大好物かって言われたら疑問だけど。でも嫌いなわけはないと思うので(食べている所を見たことがあるし)、問題はないと思う。献立が決まった所で必要なものをカゴに入れていく、そんな中、私の視線はお酒売り場へと向いていた。

(ウイスキー、)

お酒の名前で思い出すのは、もう二度と手の届かない場所へと行ってしまった秀一のこと。そういえばあの人、ウイスキー党だったなぁ…どれだっけ?よく飲んでたの。
バーボンだったのは記憶にある、でもスコッチもよく飲んでた…?気がついたら全く飲まなくなっていた記憶があるけど。


「どれだ…?これか?」
「メーカーズマークならありますよ、家に」
「え?」
「私も少々嗜むので、ありますよ」
「沖矢くんもウイスキー党?」
「ええ。中でもバーボンをよく飲みますよ」


へぇ…秀一と一緒だ。そう思うとやっぱり、気持ちが急降下する。本当に彼はいなくなってしまったんだ、と改めて実感してしまうから。


「さて、そろそろ帰りましょうか。早くしないとコナンくんが来てしまいますからね」
「ああ、そうだね」


会計を済ませて、私達は帰路に着いた。
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