水面に落ちる


買い物から帰ってきて、夕飯の仕込みが終わる頃に学校を終えたボウヤが工藤邸を訪れた。泊まりだと聞いていた通り、着替えなどが入っているであろう荷物を抱えて。
この子が寝る部屋は新くんの部屋でいいんだよね、多分。客室である必要性はないし。そもそも此処はこの子の家だし。





「これ美味しい!」
「ハンバーグは工藤さんが作ったんですよ」
「えっ円香姉ちゃんって料理上手なんだねっ!」
「んー、得意って程ではないけどそこそこ…」


久しぶりにちゃんとした料理を作ったから心配だったんだけど、どうやら2人の口に合ったらしい。そして好評なようでホッとした、本当にホッとした…!だってねぇ?誰かに食べてもらうのであれば、やっぱり美味しいと言ってもらいたいじゃないか。美味しくないものは極力出したくない。だからこそ、2人が口にするまで心配で仕方なかったということである。はい。

ホッとした所で私もようやく箸を進めることができるわ。さっきまでどうしてたのかって?そんなのドキドキしながらボウヤと沖矢くんの様子を窺ってたんだっての!意外と小心者でデリケートなんですよ、私!…10人に聞けば10人全員がそんなことねーよ、ってツッコんでくるけどね!
いいよもう、見えなくたって傷つきやすいんだからね!―――私は一体、誰に向けて言っているのだろう。箸を咥えながら自分自身に冷えた視線を浴びせたくなったのは、自業自得なのかな。

夕飯を済ませ、洗い物も済ませ、順番にお風呂に入って…最後に入った私が出てくる頃には、もう22時を回っていた。ボウヤを寝かせないと、と思ったけど、明日は祝日で学校が休みであることに気がついて。それもあって泊まりに来たのか、1人で納得。


「工藤さん、明日仕事は?」


リビングに戻るとお風呂上りでもタートルネックを着ている沖矢くんがそう聞いてきた。明日は休みだけど…と答えれば、だったら晩酌でも如何ですか?と誘われる。もちろんコナンくんも一緒ですよ、と言われ、それはそれでいいのだろうかと思ってしまったけど。
だけど、肝心のボウヤが嫌そうな顔もせずソファに座っているし、せっかくだから飲んじゃおうかな。じゃあいただきます、と空いている1人掛けのソファに腰を下ろした。
どうぞ、と渡されたのは、琥珀色の液体。テーブルの上には家にありますよ、とスーパーで言っていた通りの、メーカーズマークのボトルが置かれている。ってことはバーボンか…飲むの久しぶりかも、しかもロックでなんて。
コクリ、と一口飲めば、程良い熱が喉を通り抜けていくのがわかった。んー、美味しいけど…飲みすぎないようにしよう。お酒に滅法弱いわけではないけど、強いわけでもない。酔っ払うと好き勝手喋り通すようになるらしいから、気を付けないとね。ジョディの時もそれで秀一との関係をバラしちゃったし。

―――と、決めていたはずだったのに、人間の意志って本当に弱いですよねー。


「んー…」
「円香さん、ちょっと飲みすぎ…大丈夫?」
「へーき。ちょっと暑いだけだもん…」
「いや、それ多分アウトだから」


ふわふわした感覚が気持ちいい。ソファの背もたれに寄り掛かりながら、琥珀色の液体が入っているグラスを見つめる。その向こうにかつて、同じものを飲んでいた秀一の姿が見えたような気がした。
…もういないのに、ダメだなぁ…あの人に繋がるものを見るとどうしても、面影を探してしまうクセがついちゃった。そんなもの探したってどうにもならないし、ただ虚しくなるだけだってわかっているのに何やってんだろ。
顔は熱いし、体もアルコールで火照ってるけど、どこか頭は冷静で。自分のしていることを客観的に見て、バカだなぁと嘲笑する。ほーんと…バカだ。バーボンのボトルをツ、と指でなぞりながらひとりごちた。


「…バーボンに何か思い入れでも?」
「思い入れっていうか、…大切な人がいつも飲んでたんです。これと同じやつ」
「ホー…」


コトン、とテーブルにグラスを置いて、ソファのひじ掛けに頭を置いた。


「職場の上司で、相棒で、…人相は悪かったかもしれないけど、でも優しかった」


厳しいクセにちゃーんと褒めてくれる所は褒めてくれるものだから、もう調子に乗っちゃうんだよね。嬉しくて。だから新人の頃は秀一に褒めてほしくて、認めてほしくて、今思えばものすっごく邪な理由で頑張ってんなぁ私って呆れてしまうけれど。
…それすらも、いい思い出となり始めている。こうやってどんどんあの人と過ごした日々が、過去の思い出になって、そして薄れていくのだろうか。いつかは―――…忘れてしまうのだろうか。


「大学時代の先輩でもあって、元カレだったんだけど…」
「えっ?!つ、つき合ってたの…?」
「そう。前に話したでしょ?大学時代はいたよ、って」
「聞いたけど…あの人だとは思わなかった」


あーそりゃそうだ。だって言ってないもん、元カレは秀一だよって。言う必要性も感じなかったけど、何よりFBIだってことも隠してたし、蘭ちゃん達は秀一のこと知らないし。


「どうして別れたのか、聞いても?」
「私が弱かったんですよー…会えないことが辛くって。でもね、別れた後もずっと好きで…ふふ、バカだよねぇ?自分からフッておきながら未練たらしいったらありゃしない」
「円香さん、それは…」
「…あの日、好きだって言ってくれたの。戻ったら返事を聞かせてくれって言って出て行ったの」


ツン、と鼻の奥が痛む。これ以上話してしまったら絶対泣くってわかっているのに、どうしてだろう。話さずにはいられなくて。


「なのに、…帰ってこなかった。言いたいことだけ言って、手の届かない所に行っちゃった」


もう好きだって言えない。あの日のことも謝れない。触れることも、触れてもらうことも、名前を呼んでもらうことだって…どれももう、二度と叶わない。
私も十分勝手だと思うけど、でも貴方も勝手だよ?秀一。自分の気持ちだけ言葉にして私に刻みこんで、それなのに私の想いは受け取ってもらえないんだもの。伝えることすら許されないなんて…勝手以外の言葉でどう表せばいいの…っ!

わかってる。彼が死にたくて死んだわけじゃないってこと。あの人は何も悪くないし、責めることだってできない。そんなこと最初からわかってるの。…だけど、それだったらこの想いはどうしたらいいの?
ああもうダメだ、酔っ払ってしまっているせいか正確な判断もできないし、思考回路も働かない。堰を切ったかのようにあの人への想いが、愛しさが溢れ出してきてしまう。


「しゅう、……っあいたい、」


そしてとうとう、一筋の涙が零れ落ちた。
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