首をもたげる


『…君、大丈夫?』
『貴方は、…シェリーの』
『動かないで。簡単にしかできないけど、手当てしてあげる。研究所内で死なれても面倒だし』

バーボンと顔を合わせたのも、会話をしたのもあの時の一度きりだ。元々、組織の中での私の立ち位置はシェリーの右腕で、コードネームもないただの研究員。彼らとは活動する場所が違っていたから、顔を合わせること自体が稀なことだったしね。
ああ、そんなに前のことではないけれど懐かしい記憶だなぁ………なんて、そんな感慨深い気持ちになると思ったら大間違いだ!!


「何でこんな所で君と一緒にならなくちゃいけないんだ…」
「たまたまですよ、たまたま。世の中には偶然が多いんですから」
「んなわけねーだろ。君の場合、絶対に故意だ。故意」


しれっとした顔でコーヒーを啜っているのは、さっきの回想に出てきたバーボン―――もとい、安室透。そして私はFBIだ、どう考えたって私達は敵同士…なのに、何故か同じテーブルでお茶をしている。ほんと、なんで?
名前を知られてしまったとわかってから、いつかは顔を合わせるハメになるかもしれないと覚悟してはいたが…こんなことになるとは予想していませんでしたよ。ええ、全く。どこかで私の行動を見ていたんじゃないか?この色黒男。


「貴方とは一度、お話をしたいと思っていたんですよ―――工藤円香さん?」
「……場所を移さない?私は構わないけれど、聞かれて困るのはそちらじゃないかしら」


ねぇ?奴らのお仲間さん?
ニヤリ、と笑みを浮かべれば、出ましょうかと澄ました顔で立ち上がった。そして連れてこられたのは白のFD RX-7の車内。乗ってから「あ、私積んだ。」と真っ青になりました、ええバカだと思います。私。
逃げ場を自分からなくしにかかってどうすんだって話…今の所、殺意は感じないけれどこれから先はどうなるかわからないわよねぇ。何てったって、相手は組織の一員だもの。


「ジンに呼び出された日…どうして私を助けたの?」
「おや、意識が朦朧としていたので気がついていないと思っていました」
「声が聞こえたの。それが君の声と同じだっただけよ…」
「さすがは―――FBIですね」


カッチーン。ずいぶんと嫌味な言い方をする奴だな、こんな人だとは知らなかった。いや、今まで知ろうとも思っていなかったけれども。だって相手は探り屋よ?そんな奴を探ろうとしたら絶対に返り討ちに遭うに決まってんじゃない。下手に首を突っ込むような真似はしたくない、というのが本音。捜査に必要なことだったらやってやりますけどね。

…とまぁ、そんなのは置いておいて。この人、私の質問に答える気がないのかしら?別に絶対に教えろ!って程でもないんだけど、…気になるのは確か。ジンに背くようなことをしているのだから、気になるのは当たり前でしょう?私が死んで困るわけでもないだろうに。


「僕は貴方に借りがあった、それだけのことです」
「借り?…もしかして、あの時の手当てのこと?」
「ええ、覚えていたんですね」
「よっぽど印象が薄くなければ、大体はね…ふぅん、バーボンはずいぶんと義理堅い男だったというワケ」


ちょっとだけ意外だ。組織に身を寄せるような奴が、そんな義理堅い一面を持っているなんて。それとも潜り込んでいたネズミを組織に差し出す算段の1つ?…ああ、それは有り得そうだなぁ。
ジンがあの爆発を見て私の生死をどう取っているかはわからない。でももし、疑いを持っているのだとすれば―――裏切り者を組織に差し出せば、この男はもっと上へ上がれる可能性もあるんだ。
…でもこの男にそんな野望があるようには見えない、何か別の目的がありそうな感じがするのよね。


「理由が聞けてスッキリしたわ。じゃ、帰る」

―――ガシッ

「まぁそう言わず…もう少しつき合ってくださいよ。―――赤井秀一の相棒さん」
「……それ、『元』なんだけど」
「貴方も疑っているんじゃないですか?赤井秀一の死を」


ピクリと片眉が上がる。この男、…本当に何を考えているんだろうか。それに今、貴方"も"って言った?わざわざそんな言い方をするってことは、この男も秀一の死を疑っているということだ。だが、それはどういう意味で…?
バーボンはライのことを嫌っていた、それも異常な程に。きっかけとなった件も話には聞いている。だったら彼の死を喜びこそすれ、疑う必要なんてどこにもないはずよね?それなのにどうして。

言葉にはしない。けれど、じとりと横目で睨めば「気になりますか?」としたり顔。ああもう、本当にこいつは人の神経を逆撫でするのが上手だな!
わざとなのか、それとも元々こうなのかはわからないけど…少なくとも、初対面の時はこんな感じじゃあなかったな。別にバーボンに嫌われようが何だろうが、何とも思わないしどうでもいいんだけど。組織の人間に嫌われたって痛くも痒くもないもの。


「これを貴方に」
「…?なによ、この封筒」
「赤井秀一の死の詳細データです。それから、…その時の動画データもUSBに」
「呆れた…本当に彼が生きてると思っているの?」
「ええ。アイツがあんなにも簡単に殺されるとは到底思えないんですよ…有り得ない」


―――ああそうか。
この男は殺したいんだ、自分の手で…赤井秀一という憎き仇を。


「私に彼の死の真相を調べろ、と?そんなの受けると思っていて?」
「ははっ依頼した所で貴方は受けないでしょう、そんなのわかっていますよ。僕だって」
「はあ?尚更わからない…何を考えてるの?君」
「貴方に疑ってほしいんですよ、奴の死を。可愛がっていた相棒が自分の死を疑っていたら、アイツだって姿を現さざるを得ないでしょう?」


心底、呆れてしまう。秀一があんな簡単に殺されるはずがない、と豪語しておきながら、私が彼の死を疑えばのこのこ姿を現すと思っているなんて…どれだけおめでたい頭をしているのかしら?この男は。

仮に生きていたとして、どこかに潜んでいたとして、そして私が彼の死を疑ったとしよう。

あらゆる手段を駆使して秀一の行方を探った所で、果たしてバーボンの読み通り姿を現したりするだろうか?…答えは否だ。何かしらのトリックで生きていたとしても、そんな手に引っ掛かるとは思えないわ。それこそ『有り得ない』ことでしょう。


「もうすでに―――貴方の傍にいるかもしれませんよ?赤井秀一が、ね」
「…バカなこと言わないで。あの人はもう死んだの、確認だってされている!」
「ああ、指紋が一致しているんですよね?…右手の」
「右、…」
「アイツはレフティ…左利きだ。なのに、携帯電話から採取されたのは右手の指紋。おかしいと思いませんか?」


これ以上、コイツの戯言を聞いてはいられない。カッと頭に血が上った私はそのまま車を降りて、乱暴にドアを閉めた。
有り得ない、有り得ないんだ秀一が生きているなんて…!脳天をぶち抜かれて、更には車は爆発し炎上した。あんな状況で細工ができたとは考えにくい、秀一にも、水無怜奈にも。


「生きている、わけが…」


返しそびれてしまった封筒がぐしゃり、と乾いた音を立てた。
- 27 -
prevbacknext
TOP