見ないフリ


「どうして円香はシュウと別れたの?」
「……それを同じ元カノである貴方が聞いちゃうの?ジョディ…」


溜まってしまう前に、とデスクで書類とにらめっこしていたら、コーヒーを淹れてきてくれたジョディからそんなことを聞かれた。いや、あの、うん…もう部屋には私と彼女しかいないから別に雑談も構いやしないんだけど、本当に何でそんなことを聞くのかしら。ジョディってば。

…何故、同じ元カノという立場である彼女が私と秀一の関係を知っているのかと言うと、仲良くなりたての時にサシで飲みに行った時にね?酔っ払って私が暴露しちゃったの、昔付き合ってたんだよ〜って。しかも秀一とジョディがまだつき合っていた時に、ね。

酔いが醒めた時、記憶がそっくりそのまま残ってて勢いで死んでやろうかって思ったくらいには、自分の行いに頭を抱えたわよ。うっかり暴露しちゃうにしたって、何で現在進行形の恋人である彼女に言っちゃうんだろうね?私は!!
本当に心の底から私はバカだ、と思いましたともさ。はい。


「…まぁ、興味本位かしら」
「いや、あの…ほんっとごめん!」
「何で円香が謝るのよ」
「だって、つき合ってる時に暴露しちゃったじゃない…嫌だったでしょう?」


顔の前でパンッと両手を合わせて謝罪を口にすれば、彼女はきょとんとした表情を浮かべて首を傾げた。何というか、本当にその時のことを、私の失言を気にしていないような…そんな感じに見えて、私までもが首を傾げる羽目になった。
…はて?どうしてジョディはきょとんとしているんだろう?私、そんなにおかしなこと言ってないと思うんだけど。しいて言えば、至極正論を述べたはずだと思うんだけど。


「ええっと、…ジョディ?」
「酔った円香からシュウとつき合ってたって聞いた時、納得したのよ」
「え?納得?何を?」
「彼―――私とつき合っている時、ずっと誰かと重ねているように感じていたのよね。だから納得したの。ああ、この子だったんだって」


ジョディの言葉に私は絶句、そして口をあんぐり開けてしまった。な、何だかとてつもなく爆弾発言を聞いてしまったような気がするんですけど…?!それも本人の口からではなく、元カノからという稀有な状況で。
…けれど、その反面ちょっと意外だなぁと思ってしまった部分もある。だって秀一は、未練なんてひとつもないって感じの態度だったから。上司兼相棒となった今でも特別な扱いを受けているような感じはないし、どちらかと言えばスパルタ教育に近い。まぁ、その方が私としては有難いのだけれど。
下手に甘やかされたりすると、困る。本当にたまに、極々たまーに柔らかく目を細めて褒めてくれることがあるけど、それだけでも私にはキャパオーバーになってしまうんだもの。それ以上、優しくされちゃったりしたら私は恥ずかしすぎて爆死できると思うんだ。いや、割かし真面目に。冗談抜きで。
…って、そんな話は今どうでもいいんだってば!今大事なのはジョディが言っていたことだ。彼女のことを疑うわけではないし、嘘を言っているとも思えないけど…でもそんなはずないって思ってしまうのが、現状。


「…それ、まだ秀一が私のこと好きだって言われてるみたい…」
「それは私には何とも言えないけど、忘れてないっていうのは確かだと思うわよ」


現に円香には優しいしね。
彼女はあっけらかんとそう言ったけど、私は首を傾げるばかりだ。

優しい?誰が?誰に?―――秀一が、私に?

いやいやいや、そんなわけないでしょう。めっちゃスパルタだよ仕事の鬼だよあの人!!


「まぁ、当人は気がつかないってやつかしら」
「ええ〜?なにそれ…」
「で?」
「は?で、って…なに?」
「シュウと別れた理由よ!」
「ああ…」


そういえば、元はそんな話から始まったんだっけ。いつの間にか逸れてたから、すっかり忘れてた。ジョディからそんな質問を受けていたこと。
コーヒーをズズーッと啜りながら、別れたあの日のことを思い出す。どうして別れたのか、なんて…多分、それはとても単純なことだ。どこにでもある一般的な理由だと思う。


「もう無理ですって言ったの」
「円香が?」
「そう。私が」
「…浮気でもされた?」
「ううん、秀一はそんなことしないよ」
「そうよね。じゃあどうして?」


どうして、と聞かれると返答に困るのだけれど…簡単に言えば、なかなか会えないことが辛くて仕方なかったのだ。同じ大学で、同じ学部に通っていたはずなのに気がつけばすれ違いが続いていて。
でも最初は仕方ないと思ってたんだ。私が大学1年、向こうが大学3年。講義量も違うし、出されるレポートなどの難しさも段違い…忙しさだって全く違うんだから。それをわかって告白したのは私、だったのに…向こうから来る連絡の少なさと、会えない日が続いて―――秀一が卒業する直前に、限界がきてしまったというわけである。
学生時代で耐えられなくなったということは、彼が卒業してしまったら余計に耐えられなくなるってことだから。だったら今、終わりにしてしまった方がいいと心の底から思ったの。嫌いになったわけではないけれど、これ以上はもう…無理だと、思い込んでしまったのです。


「シュウは納得したの?」
「ものすっごい眉間にシワ寄せて、それでも「わかった」って一言」
「納得してないじゃない…」
「んー…どうなんだろ。去る者は追わずって感じがするよ、秀一は」


未練たらたらなのは、どちらかと言えば私の方だと思うし。喉まで出かかった言葉を、慌てて飲み込む。それを今、ジョディに告げた所で何になるというのだろう。未練がましい、女々しい、そんな感情は―――FBI捜査官となった今、不要なものだ。
奥に、遥か深くに押し込んで消し去ってしまわなければいけないんだから。打倒・黒の組織!それを掲げるならば、イラナイものは持つべきじゃない。


「さーて、お仕事お仕事!ジョディ、コーヒーありがとね」
「いいえ、どういたしまして」


ぐーっと伸びをしてから、私はまたデスクに向き直った。
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