無意識の駆け引き


いつも通り書類整理をしていたら、必要な資料が何処にあるのかわからなくなった。あれ?さっきまでここに置いてあったような気もするんだけど、…どこにやったっけな?


「ねぇ、ジョディ。この書類に使う資料ってどこにあるか知ってる?」
「え?…あ、もしかして青いファイルの?」
「そうそう。ちょっと必要なんだけど…」


そう言うとジョディは、さっき誰かが片付けていたのを見たような気がする…と記憶を探って、教えてくれた。あらら、片づけられちゃったのかぁ…資料室に取りに行くの面倒だなぁ。
眉間にシワを寄せていると、ジョディがそこら辺に放置しておくからよ、って呆れた顔をしていらっしゃった。うん、まぁそうなんだけど…多分、片づけられちゃったのは私が原因なんだけど!だって途中で呼ばれたら、その辺に放置しちゃうじゃないですか。
…なんて。文句を言っている暇があったら、さっさと資料室に取りに行ってこよう。そうじゃないと仕事が進まないし、下手すると終わらなくて残業とかになってしまいそうだからね。

私が所属する部署から資料室まではそう遠くはない。あ、給湯室の前を通るし、帰りにコーヒーを淹れていこうかな。さっきまで飲んでいたやつは飲みきっちゃったし…ブラックを2杯飲んでるから、今度はカフェオレにする?それとも胃のことを考えると紅茶だろうか。
うーん、でも資料整理ってどうしても眠くなることが多いから、それを考えるとどうしてもコーヒーばっかりになっちゃうんだよなぁ。別にカフェイン中毒ってわけではないんだけど…どうしてもコーヒーばかりになってしまうのは否定できない。


「ええっと、あの資料は確か…」


記憶を頼りに資料がしまわれているはずの棚を凝視。上から順番に視線を動かしていけば、私の身長ではギリギリ届くか否かっていう高さにしまわれていた。…忘れてた、あの資料はちょっと高い所にあるからさっきは背の高い同僚を連れて来てたんだっけ…。
一度、脚立を使わずに背伸びをして手を伸ばしてみたけれど、どうにも無理そうだなと思って素直に脚立を取りに行くことにした。よし、これで楽に手が届くね!ふんふん、と鼻歌を歌いながら、手にしたファイルを開く。
必要だった資料で合っているかを確認してから、さて下りようと足を動かした瞬間、滑った。それはもう見事な程に、滑りました。足を滑らせたってことは、そのまま脚立から落ちるということで…来るであろう痛みと衝撃に備えて、ギュッと目を瞑ったのだけれど―――結論から言おう、全く痛くない。


「大丈夫か?」


聞き慣れた声と、資料がバサバサッと落ちる音がしたのは同時。瞑っていた目をそっと開くと、すぐ傍に秀一の顔があってビックリしてしまった。喉が引きつったような音も、した。ひっ!って声を出さなかったことだけは褒めてほしいと思います。


「しゅ、秀一…?」
「反射神経は良かったはずだろう、何をしている」
「い、いや、何か…うん、気を抜いちゃってたみたいです」


絶妙なタイミングで支えてくれたのは嬉しいし、有難いのだけれど…この距離は近すぎて心臓がマズイ!!別れて何年経とうが何だろうが、私はいまだにこの人に未練たらしい想いを抱いているわけで!そんな人が近くにいて、尚且つ抱きしめられているような形になっていたら緊張もするじゃない!ドキドキして当たり前だと思うんですよね!
だけど、ドキドキしているのを秀一に知られるのはとても癪。いまだに好きなんだ、って…私の気持ちを知られてしまうのは、嫌だ。未練たらしい女だなって、自分からフッたくせに何を言っているんだって、秀一に軽蔑されたくないもの。好きな人である前に、憧れの人でもあるのだから。


「ありがとうございました、おかげで怪我せずに済みましたし」
「そのようだな。…ほら、これを探しに来ていたのだろう?」
「あ、はい」


ふっと浮かんだ疑問。さっきまでこの人は外に出ていたんじゃなかったっけ?向かいのデスクは午後になってから、ずっと無人だった。確か捜査で外出だ、と聞いていたような気がする…私は相棒だけれど、今回は2人で行くような大変なものではないからーって本部に残っていたのよね。書類も溜まってしまっていたし。

…でも今の問題はそこではない、外出していたはずの秀一がどうして本部の資料室にいるか、ということだ。

どうして?と首を傾げて問いかけると、どうやら彼はほんの数分前に捜査を終えて戻ってきていたらしいです。それでジョディに私の居場所を聞いて、何となく足を向けた―――らしいのですが、何故そこで資料室に足を向けたんだ貴方は。
別に私が資料室にいるのは何もおかしくはないし、普段から危なっかしいというわけでもないのに。


「いや、円香はじゃじゃ馬だろう」
「じゃっ、…?!そ、それは失礼じゃないですかね?!」
「そうか?だが、事件が起きると無鉄砲に突っ込んでいくだろうが」
「うぐ、」


頼りになる部下で相棒ではあるが、無茶をし過ぎる問題児だからな。
溜息をつかれながらそう言われてしまうと、何も返す言葉がございません…!でも反論するならば、事件が起きていない時は大人しくしていると思うんだ。何かを壊すような行動をするわけでもないし、無茶をして突っ走るようなこともないし!!
ただ資料を取りに来ているだけだというのに、何故そこまで心配されちゃうのかなぁ。この人、過保護なわけでもないのだけれど。…でもそう思う反面、私のことを気にしてくれているんだって思うと…自然と頬が緩んじゃう。秀一に知られてしまわぬよう、拾ってもらったファイルでしっかり口元を隠すことは忘れない。


「あ、コーヒー淹れようと思ってたんですが、秀一も飲みますか?」
「ああ、もらおう」
「じゃあこれ持っててください」


持っていたファイルを秀一に託し、誰かが淹れたであろうコーヒーをそのまま紙コップに注ぐ。湯気も出てるし、ほぼ淹れたてだと思っていいみたい。冷めてしまうとあまり美味しくないからなぁ…最初からアイスで飲む予定だったら特に問題はないんだけど。
秀一はブラックで飲む人だから何も入れず、そのまま。私もブラック派ではあるのだけれど、さっきも言った通りもう2杯飲んでしまってるから、ミルクたっぷりのカフェオレにする。
とぷとぷとミルクを加えていると、すでに紙コップに口をつけていた秀一がきょとんとした顔でこっちを見ていることに気がついた。でも私は変なことをしていたつもりがないから、何でそんな顔してるのかがわかんなくて…そのまま首を傾げるしかない。


「え、なに?」
「いや…疲れているのか、と思ってな」
「?そうでもないけど…どうしてです?」


今日はほとんどデスクワークだったから、疲れていないと言うと嘘になるけど、そこまで疲労困憊です!って感じでもない。それとも自覚がないだけで、顔には出ているのだろうか…そんな思いも込めて聞き返してみれば、彼はそれ、と一言だけ口にして私が持っている紙コップを指差した。
え?コーヒー?何でこれが疲れ―――…ああ、そういうことか。ようやく意味がわかった、私がコーヒーにミルクをたっぷり入れていたから疲れているのか、って思ったんだね。疲れるとミルクと砂糖をたっぷり入れるクセがあるから。
笑いながら違うよ、と言葉を投げれば、眉間のシワが緩んだ。おや、もしかして心配してくれてたのかなぁ?秀一ってば。それはきっと部下であり相棒でもある『私』への気持ちで、それ以上の気持ちではないこと…わかってはいるけれど、それでもやっぱり嬉しいかもしれない。


「書類はあとどれだけある?」
「ええっと、…あと10枚程ですかね」
「半分寄越せ。手伝ってやる」
「い、?!いいですよっ上司に手伝ってもらうわけには…!」
「別にただで、とは言っていない。定時で終わらせて、夕飯につき合え」


思わぬ条件にぽっかーんとするのは、当然だと思う。


「え、…え?!」
「聞こえなかったのか?定時で終わらせて―――」
「聞こえました聞いてました大丈夫です!!」
「…で?返事は」
「………行きます。頑張って終わらせます」


結局は惚れた弱み。
この人には太刀打ちできないのだ、と改めて知ることになりました。
- 4 -
prevbacknext
TOP