罠にかけろ


バサバサバサ、と大量の手紙が零れ落ちた。毎度のことながらすごい量だなぁ、と半ば他人事のように感じながら、散らばった手紙をゴミ袋にせっせと詰めて部屋に持ち帰る。
中身は見ない、だってきっと気分が悪くなるようなことが書き連ねられているのだろうから。一度だけ見て盛大に後悔をしてからは、封を切ることをしなくなった。

(それにしてもずいぶんと暇なんだなぁ、この人は)

一通の手紙をゴミ袋から引っ張り出し、裏を見る。今までと同じく、そこには差出人の名前など書かれていませんでした。更に言えば、切手も貼られていないし、住所も書かれていない。書かれているのは私の名前だけ。
だけど家がバレているということは、つけられていた―――ということになるのよね。現役FBI捜査官が何をやっている、と思われそうな失態に大きな溜息を零すしかなかった。なっさけないなぁ…尾行にも気がつかなかったなんて。素人の尾行だっただろうに、それを撒くどころか気がつくことができなかったという事実は大きく私の心を抉る。ええ、それはもう見事な程に。

所謂、ストーカーというやつなのだろう。
少し前から届き始めた手紙は、今ではゴミ袋2袋分となっています。いや、寄こし過ぎだろう犯人よ。増大するのは君への気持ち悪さだけで、それが好意に変わることは決してないと思うのだけれど。
…まぁ、それは置いておくとして。このことは秀一…もとい、沖矢くんには言っていない。言った所で解決するわけではないし、今の所は手紙以外に実害はないからいいかなぁと思っている部分もあるから。これだけでも結構気持ちが悪いのはあるんだけど、開けなければ何もないしね。
バレたら怒られるんだろうな、と思わなくもないのだけれど、うーん…何というか、言いたくないという感じなのです。迷惑をかけたくないとか、そういう可愛い理由ではないのだけれど、このくらいのことなら自分で何とかしてしまいたいと思うのは多分、職業病?





「円香さんなにかあった?」
「……え?」
「気がついてない?さっきからずっと溜息ばっかりついてるよ」


ボウヤの一言にビクリ、と肩を震わせた。そんなにも顔に出ていただろうか、そんなにも溜息をついていただろうか。
あはは、と笑みを浮かべてみるもののそれは乾いた笑いにしかならなくて、ボウヤはさっきよりも険しい表情。これは尋問される雰囲気かもしれない。…この子、気になったことは聞き出すまで離してくれない性格してるのよねぇ。今更だけど。
どうしたものか、と思考を巡らせていると、カチャンという音と共にカップが目の前に置かれた。カップの中にはミルクティー。珍しいなぁ、と思いつつもそれを一口飲む。ふわりと広がる甘さにホッと息を吐いた。


「ようやく表情が綻びましたね」


隣に腰を下ろした沖矢くんが穏やかな声で言う。顔が綻んだって、…私、そんなにひどい顔をしてたのかなぁ。
カップをソーサーに置いて、頬をむにっと触った。表情筋をほぐすようにマッサージをしていると、ボウヤが沖矢くんにどういうこと?と質問し始めた。案の定、この子は問い質すつもりなんだなぁ…逃げられないかな、この状況から。


「いつくらいだったか、…数日前からでしょうかね。どこか表情が硬くて」
「…やっぱり何かあったんでしょ、円香さん」
「私も気になりますね。疲れた顔も隠せていませんよ?」
「君達から尋問って…絶対に逃げられないじゃないか」


零れるのはやっぱり乾いた笑い。沖矢くんの言う通り、かなり疲れている。肉体的にではなく、精神的に。とはいえ、どう説明したものか…深く考えず、ストーカーされてますって言ってしまえばいいのだろうけれど。言葉で説明するのも面倒になり始めたので、じっとこっちを見てくる2人についてきて、とだけ言って私はリビングを出た。
階段を上りながらチラリ、と後ろに視線を向けると、少年と青年が黙ってついてきている姿が見えてちょっとだけ和んだ。あれだ、カルガモのお母さんってこんな気持ちなのかも。ちょこちょこついてこられるのって、何だか可愛く見えちゃうなぁ。
事情を説明した後に降ってくるだろう言葉を思えば、現実逃避をしていないとやってられそうにないんだもの。


「なんだこれは」
「沖矢くん、口調が戻ってる」
「なんだよこれ、円香さん」
「ボウヤもいつもの口調はどうした。そして同じことを言わないでください」


はぁ…予想はしていたけど、部屋に入った途端に温度を下げるのはやめて。


「手紙ですよ、見ての通り」
「ただの手紙ではないでしょう?この量は」
「ゴミ袋に無造作に突っ込まれてるしね」
「…どうせ予想できてるんでしょ?お二人さんは」


デスクに寄り掛かって腕を組み問いかければ、言葉ではなく頷きだけで返される。勘が良くない人でもゴミ袋に詰められた大量の手紙、となれば、おかしいことにすぐ気がつく。そしてその正体にも、だ。
ストーカーですか、と呟いた沖矢くんはおもむろに手紙を一通取り出し、ペン立てからカッターを抜き取り封を開ける。慣れた手つきだなぁ、と場違いなことを考えてしまったのは内緒。
中に入っていた便箋を開くと同時に沖矢くんの眉間には、グッとシワが寄った。それを見てあー、やっぱりすごい内容の手紙なんだなーなんて考える。私も初めて見た時はかなり衝撃的だったからね、叫びそうになったのは言う間でもないです。叫ばなかったけど。


「これは、…なかなかにすごいですね」
「うっわ…ご丁寧に写真まで入ってる」
「え?写真?」
「…円香さん見てないの?」
「一番最初のはさすがに開けたけど、それ以降は…」


どんな写真か、と沖矢くんの手元を覗き込んでみれば、そこには当然ながら私が写っていた。仕事中のものはないだろうけど…あ、でも仕事帰りっぽいのはあるなぁ。というか、車を運転している所を写真に撮れるってすごいんじゃないか?ピントも合ってるし、ブレてないし、もう写真家目指してもいいんじゃないのか。この犯人。
ボソリ、と呟いた声は2人にもしっかりと届いていたようで、頭と足に衝撃。あまりの痛さに声も出ない。


「いったいなぁ!なにすんの!!」
「君は阿呆ですか、阿呆なんですね。全く」
「世界中のどこ探してもストーカーに写真家目指せ、なんて言う奴は円香さんしかいねーよ」
「う。」
「…何故、言わなかった」


ピッと音がしたと思えば、降ってきたのは沖矢くんではなく秀一の声。その声が思っていた以上に低く、そして冷たくて背中を冷や汗が流れた。あ、これ私完全に積んだ気がする。だってすごく、ものすごーく怒ってるんだもんこの人…!
この部屋に入った瞬間から危うい気はしていたけど、ここまでだとは思っていなかったんです。そしてボウヤも何気に怒ってて、正直怖い!!


「いや、あの、ですね…!」
「円香のことだ。下らんことを考えていたんだろ」
「下らないって…それはひどくないですか?!」
「FBI捜査官でありながら尾行された。家を特定された。それに気がつけなかった。―――そんな自分が情けない」


感情のこもっていない声が、指折り数えながらつらつらと言葉を紡ぐ。それらは間違いなく、少し前の私が思っていたことと同じ内容で何も反論できない。最後にこっちを見た秀一の瞳は、図星だろう?と言っているような気がした。そして何か反論があるのなら聞くが?とも。
…ああもう!この人って本当に勘が鋭すぎて嫌だ!!気がついてほしくないことまで、気がついちゃうんだから。


「円香さんの気持ちもわかるけど、ここまできたら誰かに相談しないとダメだよ」
「ボウヤの言う通りだな。…さて、どうしたものか」
「とりあえず犯人を見つけないとでしょ?」
「そうだな、家の前を張るのが一番手っ取り早いか…」
「だね。写真はいつ撮ってるか予測するの大変だけど、手紙をいれる瞬間なら―――あ。」
「ボウヤ?」


真剣な表情で秀一と話していたボウヤの顔が、ニヤリと歪んだ。それはもう、いいことを思いつきました!と言わんばかりの笑顔。ただ、小学生がする顔ではないけれど。
いやーな予感がするのは、きっと気のせいではないはずだ。
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