舞台の幕開け


「やっぱり動き始めたか…」


ここ最近のバーボンの動向を調べてみると、いまだに秀一の死の真相を探っているようだった。情報収集に長けた彼のことだ、近いうちに遺体をすり替えた所まで辿り着くだろうなぁ。
きっと『沖矢昴』についても調べているだろうし、彼が現れた時期と秀一が死んだ時期はそう遠くない…楠田陸道の死に辿り着いたら最後。バーボンの推理は完璧の状態になるに違いない。となると、沖矢くんを秀一だと確信して乗り込んでくる可能性は高い。

(私が勘付いているということは、恐らくボウヤと秀一も気がついているはずよね)

なら、もう対策を打つ為に動き始めているという所かしら。
さて、私はどう動こうか…調査報告書をまとめながらそんなことを考える。きっとジョディも少しずつ、来葉峠でのことを疑問に思い始めるだろうし?もし、秀一達が立てる計画の囮としてジョディとキャメルくんが(勝手に)抜擢されるのだとすれば、私は一緒に行動しない方が得策だろうか。かと言って、彼らの計画に組み込まれる可能性は低いだろうしな。

バチンッとホチキスで紙を留めて、背もたれに寄り掛かり一息つく。あー、何か煙草吸いたい気分…でも禁煙して長いからもう煙草なんて買ってないし。秀一に言ったら1本くらいわけてくれるかな?あれ、でもあの人って今、家にいるのかな。
何で一緒に住んでるのに、って思ったでしょ?私、昨日から調査やらハッキングやらで部屋に籠ったり、朝から晩まで外出したりしてたからほとんど顔を合わせてないのよ。今日だって朝から部屋に籠ってまとめてたし。いるとしたらリビングか書斎かな、と立ち上がった所で、ドアがノックされた。おや、沖矢くんかな?


―――ガチャッ

「はぁい…って、ボウヤ?」
「円香さん手ェ貸して!!」
「……は?」


いきなり来て何を言い出すんだ、この子は。





「ホー…お前も変装技術を身に着けていたとはな」
「まぁ、一応…でも他人の変装はそこまで得意じゃなくって」
「あら!円香ちゃんの技術は立派なものよ〜?本当は赤井くんのもやってもらうつもりだったんだけど…」
「最初は彼女を巻き込むつもりありませんでしたから」
「…って、提案する前に言われちゃったのよねぇ」


いきなり訪ねてきたボウヤに引っ張られてリビングに足を踏み入れると、そこには兄夫婦と変装を解いた秀一がいらっしゃった。義姉さんが協力しているのは知ってたけど、兄さんも知ってるとは思わなかった…でもよくよく話を聞いてみれば、兄さんが協力しているのは今日行われる予定の計画のみらしい。もちろん、全て知ってはいるらしいけど。
協力している代わりにちゃんとお礼も頂いている、とのこと。何のことかと思えば、マカデミー賞にエントリーされている脚本『緋色の捜査官』のことみたいね。あれ、モデルが秀一なんだって!

えっと、…それはひとまず置いておいて。今日行われる計画というのが、沖矢昴と赤井秀一は別人だと思わせること…で、いいのかな?簡単な説明を受けただけだから、私も完全には理解していないけど。
でもバーボンに秀一が生きていることを知らせてしまうのは、些か危険な賭けのような気がしないでもないんだけどね…でもこっちの事情と真意を知ってもらう為に、そして秀一の居場所を誤魔化す為には彼自身が生きていることを知らせる他、手はなさそうだったわ。まぁ、秀一とボウヤが考えた計画ならば問題はないと思うけど。
んーで、私が引っ張られた理由というのが…兄さんを沖矢昴に変装させること!それをやってほしい、って頼まれたの。義姉さんがやればいいんだろうけど、今日はマカデミー賞の授賞式があるから兄さんの代わりをしなくちゃいけないらしいのね?それで今から飛行機に乗って会場へ向かわなくちゃいけないらしくて…それで白羽の矢が立てられたのが、私だってこと。
確かに義姉さんは自分の変装もあるもんね、早めに行くことができるのならその方がいいと思う。


「あ、そうだ。秀一、頼まれていたものの報告書です」
「助かる。…で?」
「いや、読めよ。渡したんだから。…けど、貴方の予想通りですよ」
「何か調べてたのか?円香さん」
「んー?まぁ、ちょっと…ね」


恐らく、君も知ることになると思うし…それにもう予想していることだろうから、敢えて言わないでおくよ。名探偵くん?


「さて、できたよ兄さん」
「ありがとう、円香」
「…うん、大丈夫そうかな?久しぶりだったからちょっと不安だったけど」


境目などを念入りにチェックして、不備がないかどうかを確認。口元はマスクで隠してしまうけど、でも取ってくださいと言われる可能性が高いし…誰が見ても沖矢昴に見えるようにしておかないと、計画が全ておじゃんになってしまう。私のミスでそうなってしまうのも、大切な人達を危険な目に遭わせるのも御免被りたいもの。…あ、そうだ。肝心なことを聞き忘れてたわ、私はこの計画に組み込まれているのか否か。
最終確認をしているボウヤにどうするべき?と声を掛ければ、兄さん扮する沖矢さんと一緒にバーボンの応対をしてほしいと言われた。それは全然構わないのだけれど、…ちょっと秀一さん。顔が怖いですよ、貴方。そんなあからさまに不機嫌にならなくてもいいでしょうに。


「…赤井さん」
「ああ…わかってるよ、ボウヤ」
「止められてもやりますけどね。彼をぎゃふんと言わせたいですし」
「ねぇ…円香さんって安室さんのこと敵視してるよね?」
「おや?君が人を嫌うとは珍しいね。そんなに嫌な男なのかい?」


兄さんの言葉に考え込む。嫌な男と言えば嫌な男なのか…?でも私が彼を気に食わない、と思う理由はそういうことではなくて―――


「んー…こっちだって好き勝手やってるから、それに関しては申し訳ないと思う気持ちはあるけど…単純に大切な人が敵視されてるから、こっちも牙向いてるだけ」
「えっそんな理由?!」
「そんな理由って、…私からしてみれば立派な理由なんだよ?名探偵くん」


そりが合わないっていうのもあるんだけどねー。あまり接点がなかったから関わってきていないけど、でもあまりいい印象はまだ持っていない。話してみれば印象も変わるかも、と思っていたけど、多分無理だ。
恐らくだけど喧嘩腰になること間違いなしだと思う。向こうだってFBIをよく思っていないから、まぁ仕方ないんだろうけど。…別に仲良くする気なんか更々ございません。


「ええっと、…とりあえず安室さんが来るまでは待機ね!」
「わかってるよ、さすがにこんな大切な計画が実行される時に変なことしないってば」
「けれど顔が笑ってるよ、円香」
「う、」


やっぱり兄さんにはバレちゃうんだなぁ…と、頬をむにむにいじっていると、秀一がこっちをじっと見ていることに気がついた。計画実行前だというのに、いやにきょとんとしていて…大丈夫か?って声をかけたくなっちゃう。いや、その表情可愛いなぁとか思ってたりもするけど。
どうしたの?と問いかけてみると、「いや…」と何だか歯切れが悪い。言葉を選んでいるように見えるというか、聞こうかどうしようか迷っているように見えるというか。こういう姿もほとんど見たことがなくて、貴重な顔だとは思いますね。はい。


「円香は工藤優作氏と…知り合いだったのか?」
「あれ?義姉さん―――えっと、有希ちゃんに聞いてないの?」
「は?」
「私の名字を思い出してみましょうか」
「?工藤だろ、……あ。」
「ふふ。円香は私の妹でね、有希子の義理の妹でもあるんだよ」


一体、何を聞かれるのかと思えば…兄さんとの関係が気になっていたのね。義姉さんに変装をしてもらっていたから、てっきり知っているのかと思っていたんだけど。
というか、切れ者の秀一だったら予想しているものだとも思っていたんだけど…まぁ、工藤なんてよくある名字だし、すぐに兄妹って結論にはいかないのかもしれないね。でも兄さんって呼んでいたはずなのになー。


「赤井さん、そろそろ行かないと」
「ああ、そうだな。…ではお願いします」
「任せてくれ、そちらも気を付けて」
「はい」


リビングを出て行った秀一を大人しく見送ったけど、でも不安が拭えなくて―――彼の後を追いかけた。もう靴を履いて出て行く寸前だったけど、名前を呼べば振り向いてくれました。
良かった、間に合って…!


「っ、秀一、」
「…そんな顔をするな。上手くいくさ」
「待ってますから、だから…無事に帰ってきてくださいね?」


私の顔を見た彼はフッと笑みを浮かべる。コツン、と踵を鳴らして近づいてきたかと思えば、ぎゅうっと抱きしめられた。もしかしたら兄さんとボウヤが見ているのかもしれないのに、と思うけれど、でも…秀一の体温を服越しに感じてホッとしたのも事実。
大丈夫、秀一とボウヤが立てた計画だもの。失敗なんてしない、するはずがない…きっと綿密に練られているものだから、きっと上手くいく。秀一もそう言ったじゃない、だったら私はその言葉を信じて待っていればいいんだ。
そっと体を離していってらっしゃい、と言おうとしたのに、唇を塞がれてほとんど音になることは叶わなかった。この人とのキスは気持ち良くて好きだけど、何で今なの…っ!


「は、…行ってくる」
「〜〜〜〜っ…いって、らっしゃい」


唇が離れる瞬間のその色っぽい顔は、心臓に悪い。絶対反則だと思う。わかってやっていたら尚更、質が悪いなぁ…この人。
秀一は「無自覚なのは質悪い」って前に言ってたけど、無自覚じゃない方が絶対に質が悪いと思うんだけど。確信犯って、ねぇ?


「…ばぁか」


クスリ、と笑みを零し、唇をそっと一撫でしてから―――兄さんとボウヤがいるリビングへと戻ることにした。
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