とある女性のお節介
嵐というのは、突然やってくるものなのだと改めて実感する。私と沖矢くんは、玄関先でにっこり笑っている義姉さんの姿を見てただ苦笑するしかなかった。
…あれ?もう秀一は1人で変装できるから役目を終えた、って言ってなかったっけ?それに今日、来るとは連絡ももらってなかったんだけどなぁ。
「今、お茶を淹れてきますからリビングへどうぞ。有希子さん」
「ありがとう、赤井くん!」
「…私も人のこと注意できる立場じゃないけど、名前呼んで大丈夫なの?」
「盗聴器のチェックはしていますから、問題ありませんよ」
ああ、そうなんだ…まぁ、それもそうか。変装解いて、変声機越しじゃない素の声出してることだってあるんだもんね。そのくらいのチェックは怠っているわけがない。じゃなきゃ、あんないとも簡単に変装を解くはずもないし。それに結構頻繁に変声機のスイッチ切ってるしな、この人。
その度に大丈夫なのか、と思っていたのは、仕方がないことだと思うんです。今の所、大丈夫っぽいけど。バーボンが組織にリークしたって話も聞かないし、水無怜奈も無事に組織に潜入したままでいるしね。生きていることはバレていないようだ。
それにしても…もう変装を施す必要も、教える必要もなくなったのにどうしたんだろう?何か用事があるのは間違いないと思うんだけど、連絡なしで来るなんて珍しいこともあるなぁ。出かけていたらマズイから、っていつも事前に行く日にちと時間を教えてくれていたのに。
他愛ない話をしながらも、頭の中はそれでいっぱいだった。今すぐ聞いてしまってもいいのだけれど、もしかしたら私達2人への用事かもしれないから沖矢くんが戻ってくるのを待つことにしよう。
―――ガチャッ
「円香さん、私はお茶菓子を取ってきますので紅茶をお願いしてもいいですか?そろそろいい頃合ですので」
「ん、わかった」
ポットとカップ3人分を載せたトレイを引き取り、ローテーブルの上に静かに置く。紅茶を注ぎ入れれば途端に広がるいい香り、普段はコーヒーが多いけど、やっぱり紅茶もいいよねぇ。これからは飲む機会増やそうかな、せっかく茶葉があるんだし。
カップを義姉さんの前に置くと、やけに機嫌がいいみたい…そういえば会った瞬間からずっとにっこり笑顔を保っているような気もする。愛想笑いとかではなく、本当に嬉しくて笑ってる顔だからあまり気にしてなかったけど、何かいいことでもあったのだろうか?この後、新くんとご飯食べに行くとか兄さんとデートするとか…。
「お待たせしました。レモンパイなんですが…」
「まぁ、美味しそうじゃない!腕上げたわね〜」
「…ほんと、レパートリー増えたね。そして完っ全に楽しんでるわよね、沖矢くん」
「まぁ、せっかくですので」
今では女の私より料理が上手い、という。気がつけば煮込み料理の他に、お菓子にまで手を出してさぁ…今食べてるレモンパイだって新くんのお墨付きだからね。レモンパイが好物である甥っ子が、それはもう褒めちぎるくらいの美味しさなのです。…何してんだろ、この人。
中身は切れ者スナイパーの赤井秀一なんですよ?元々、そんなに料理できない―――というかしない?―――人だったのに…そりゃあジョディ達も驚くってもんだ。
紅茶を飲んで、お茶菓子のレモンパイを黙々と食べていると、いまだ機嫌のいい義姉さんが「円香ちゃん(ハート)」と声を掛けてきた。何となく、…本能が逃げろと言っている気がします。この人に捕まったらダメだ、と。
ひくっと口元が引きつった。めっちゃ嫌な予感しかしない…!!
「んふふ!今日はね、2人の話を聞きに来たのよ」
「ああ…何となくそんな気はしていました」
「………は?」
優雅に紅茶を飲んでいる沖矢くん。さっき以上に楽しそうな笑みを浮かべている義姉さん。そして…1人取り残されたように、呆然と口を開けている私。
傍から見ればよくわからない状況なのは、確かだと思います。はい。だって、…何ですか2人の話を聞きに来たって。沖矢くんと私を指しているってことは、いくら何でもわかるけど。でも一体、何を聞きに来たというのだろう?
いつまで経っても呆然と口を開けたままの私を見て、沖矢くんが声はそのままに、でも秀一の口調で「口を閉じろ」と言った。それと同時にガッと閉じさせられました。いや、そんな思いっきりやらなくたって…!勢い余って舌を噛んでしまう所だったんですが?!必死に反論しても噛まなかったならいいじゃないか、と涼しい顔。
「そういう問題じゃないのわかって…!」
「やだもう、ラブラブなのね。赤井くんと円香ちゃん!」
……ん?
「ええまぁ、上手くやっていますよ」
え、ちょ…?
「それでいつからつき合ってるの?まず、2人が知り合いだったことにビックリしたんだけど…」
「本当にちょっと待って。え?義姉さん、私達の関係知ってるの…?」
「そこは女の勘でね。だって円香ちゃんって、自分のテリトリーにいれる人の数って極端に少ないでしょう?」
義姉さんにそう聞かれて、戸惑いながらも頷いた。ジョディにも似たようなことを言われたけど、確かに私は自分のエリアというか…テリトリーにいれられる程に心を許すのはほんの一握りだと思う。
別に全員が全員を疑っているとか、信用していないというわけではないんだけど、多分、職業柄…なのかなぁ?…と思う反面、昔からだったような気もする。でもそれと、沖矢くんと私がつき合ってることに気がついたこと。何が関係しているの?全く話が繋がってないと思うんだけど。
「有希子さんから見て、お前はやけに俺に懐いているんだそうだ」
「懐いて、って…動物みたいですけど」
変声機のスイッチを切った秀一が、こっちを向いてフッと笑った。
「でも懐いてるって表現が一番近いの。一番心を許しているんだな、と思ったわ」
「だからつき合ってるって…?」
「それも1つの要因ってだけよ。気がついてない?2人の雰囲気って、すごく甘いのよ」
プラネタリウムで哀ちゃんにも、同じ言葉を言われた記憶がある。新くんも雰囲気が柔らかくなった、って言ってた…ただ、普通は気がつかないくらいだけどって付け足して。
え、でも義姉さんも気がついてるじゃん!普通は気がつかないくらい、ってこの時点でもう当てはまってませんよね?!
「ほんともうやだ…穴掘って埋まりたい」
「それはやめてくれ」
「ふふっほら、今の感じだってそうよ?何ていうか、赤井くんが本当に優しく目を細めるのよねぇ」
紅茶を飲みながらそう言う義姉さんはとても嬉しそうで、とても幸せそうだ。恥ずかしくて堪らないけれど、今からでも庭に穴を掘って埋まりたいくらいだけど、…義姉さんはからかったりするつもりは一切なく、喜んでくれているような気がしたからいいかな、ってちょっと思ったの。
くすぐったいけど、祝福は嬉しいと思えるから。でもやっぱり恥ずかしさの方が上だから、膝を抱えて丸くなりながら紅茶を一口。
押し黙った私を見てもう大丈夫、と判断したのか、義姉さんの質問が再開された。いつから知り合いなのかとか、いつからつき合っているのかとか、…何だか園子ちゃん達、女子高生と話をしているような錯覚に陥ります。
義姉さんってばこういう恋愛の話、好きだからなぁ。いつも不満げに「優作も推理物ばっかりじゃなくて、恋愛小説も書けばいいのに」って言ってたっけ。聞く度にそれは絶対無理だ、と心の中で反論して顔には笑みを浮かべてましたけどね。
「出会ったのは大学時代です、アメリカの」
「そういえば、優作が円香ちゃんは1人でアメリカに行ったって言ってたわねぇ」
「うん、話をした時に一番驚いたのは兄さんだったし」
「じゃあいつからつき合ってるの?」
「大学時代に一度…別れましたけど」
「えっ?!」
「それで―――沖矢昴となった後に正体を明かして、つき合い始めましたよ」
義姉さんはうっそーと言いたげな顔で、私達の顔を交互に見て、紅茶を一口飲んで、そしてまた私達の顔を凝視して…最後に「うそー…」と呟いた。
ああうん、まぁそんな反応にもなりますよね…大概、そうですよね。私だって友人から同じ話を聞いたら、義姉さんと同じ反応をしてしまうような気がする。何より、私自身が一番、もう一度つき合い始めたことに驚いてるんだから。
(こんなこと、起こるはずがないと思ってたのに…)
人生って何が起きるかわからない、だから面白い。とはよく言うけれど、それは的を得ているかもしれないなぁ…と改めて思う。…ちょっと遠い目にはなるけど。
「そこまではわからなかったわ…ヨリを戻す形だったのね」
「まぁ、そうなるかなぁ」
「でも別れてもお互いに忘れてなかったってことでしょ?キャー!素敵!!これこそ運命の恋ねっ!」
運命の恋って、そんな大げさな…。
苦笑を浮かべるけれど、そうだったらいいなぁと思う自分もいて…複雑。でもまぁ…運命というか、この人が最後の相手ならいいとは―――ちょっと思うけどね。
まだ楽しそうに話ている2人を見て、そんなことを考えた。
「…ねーえ、赤井くん。円香ちゃん」
「何でしょう」
「どうしたの?義姉さん」
「2人はいつ結婚するの?!」
キラキラとした目で見つめられ、私達は口ごもることしかできませんでした。ついでに私は紅茶も吹いた。
だって驚くに決まってるじゃない?!いきなりそんな話されたら!!