散りばめられた宝物


携帯がメールを受信した。いや、うん、それはものすっごく当たり前のことなんだけど…そのメールを送ってきた相手というのが、その、滅多にメールをしてくるような人じゃないものだからビックリしてそうなった。多分、ちょっと混乱しているんだと思います。私。

『明日は非番だったな。夜中に出かけるから、そのつもりでいろ』

こんなメールが届いたんです。登録は沖矢くんにしてあるから、この秀一っぽい口調のメールが万が一見られても問題ないけど…今はプライベート用の携帯で、彼と連絡取るようにしているし。
でもなんだろ、これ。確かに明日は非番だ、秀一にもそう伝えてあるから知っているのは何も問題ではないのだけれども。夜中に出かけるって、何で?どこに?夜中じゃないと都合が悪いのだろうか。


「円香?なに携帯とにらめっこしてるのよ」
「ああ…うん、ちょっと沖矢くんからよくわからないメールがきて」


ジョディ達にも秀一の死は偽装だったってことを話してはあるけど、それを組織に知られるのはマズイ。なので、今でも私達は赤井秀一は殉職したものだと装っているし、決して名前を出さないようにしています。時々、ボスが秀一に連絡を取って仕事をしてもらってはいるみたいだけれどね。


「夜中に出かける、ねぇ…?」
「あまり気にしなくていいんじゃないの?明日、貴方が休みだからドライブにでも行くつもりなんじゃないかしら」
「わざわざ夜中に?」
「その方が夜景が綺麗でしょ。デートとしてはおあつらえ向きだと思うけど」
「ああ…それはそうか」


ふむ、彼女の言うことも一理あるな。…ま、家に帰れば全てわかるんだろうし、今は気にせずに仕事をするとしましょうか!





「ただいまー」
「おかえりなさい、円香さん」


無事に仕事を終え帰宅すると、エプロン姿の沖矢くんに出迎えられて、しばし固まる。初めて見る姿ではないし、むしろ何度も見ている姿ではあるのですが、こうして見てみるとすっごいよなぁ…本当に秀一だってわかんないよ、この変装。
正体を知っていても尚、こうやって固まるもんなぁ。この顔や性格を考えた義姉さんも、全く違う人間を演じ続けている秀一もやっぱりすごいんだ、と感心してしまう。
靴も脱がず、じーっと沖矢くんを凝視していたらこてん、と首を傾げられた。あれだよね、沖矢くんになってからクセになってるよね?首傾げるの。何でこんなに可愛く見えるのかなぁ…男性なのに。
わからない、と思いながらようやく靴を脱いで、自室に向かう。すると、後ろから「もうご飯出来ますからね」と声が掛けられたので、ひらりと片手を振った。わざわざそれを告げたのは、私が部屋で寝てしまわないようになんだろうなぁ。一度、着替えに行ったのにベッドで爆睡しちゃったことがあるから。

さっさと着替えてダイニングへ顔を出すと、美味しそうな料理が並べられていた。今日は煮魚なんだ、本当にレパートリー増えてきたなぁ…この人。
苦笑しながら座ると、もう準備は全部終わっていたらしく、エプロンを外した沖矢くんが隣へと腰を下ろす。2人揃った所で両手を合わせていただきます。

(前はいただきます、って言わなかったんだよね。秀一って)

アメリカでの生活が長いせいか、いただきますって言う習慣がないんだって教えてくれた。実際、私も言わないんだ?!って驚いた記憶があるし。確か食べましょうか、とかそんな感じの言葉を言うだけだったかなぁ。
ましてや両手合わせて、ってなると、ものすごく礼儀正しい人って目で見られたもんね。なので、秀一にそれを教えたのは私だったりします。とは言っても、大学時代に一度言っただけだから覚えてることにビックリしちゃったけど。


「味、濃くないですか?」
「うん、大丈夫。美味しい」
「それは良かった」
「…あ、そういえば昼間のメール」
「ああ…すみません、仕事中に。でもあの時間に送っておかないと、貴方、帰ってこない可能性がありましたから」


いくら何でもそれはないよ。ちゃんと帰ってくるよ、遅くなっても絶対に。何で帰ってこないこと前提で考えてるのかな…しかもほぼ断定されちゃってるし。もぐもぐとよく煮込まれた魚を口にしながら、ムスッとした表情を浮かべた。沖矢くんは子供か、と楽しそうに笑ってて全然反省している様子はない。…別に反省してほしいわけでもないけど、でもやっぱり面白くはない。
今の仕事に誇りを持っているし、何か動きがあればすっ飛んでいくことを心掛けてはいるけれど。だけど何も動きがない今、無闇に徹夜や外泊をするような無茶なやり方はしないのに。そこまでワーカーホリックじゃないよ。


「それで、何で出かけるのが夜中なの?夕食済んでからでも行けるじゃない」
「夜景が綺麗な場所があるんです。それに明日が非番なら、少し夜更かしするのもいいでしょう?」
「構わないけど…」


ジョディの予想は当たっていた。でも本人の口からそれを聞いても、何故だかしっくりこなくて咀嚼しながら首を傾げる。何でこんなに変な感じがするんだろ?沖矢くんにドライブに誘われたから?いやいや、今までも何度も行ったことあるじゃん…夕方だったり、夜だったり、時間は様々だったけど。だからドライブ自体は決しておかしなことではない、うん。それなのに何かが引っかかって…何だか気持ちが悪いなぁ。
首を傾げながらの食事(私だけだけど)を終え、片付けを終え、お風呂は帰ってきてからってことになったのでそのままリビングでまったりと時間を過ごした。沖矢くんが不意に動いたのはそれから2時間後、22時を回った頃。フラッとリビングを出て行って、すぐに帰ってくるだろうと考えていたのに30分経っても戻ってくる気配はなく。
一体、何処に行ったのかと思っていると、携帯に1通のメールが入った。差出人は沖矢くん。上着を羽織って、家の鍵と車の鍵を持って玄関に来い、と書かれていて、素直になんのこっちゃ!と叫んだ。

(というか、家の中にいるんじゃないの?何でメールなんか…)

車の鍵は玄関の下駄箱の上に置いてあるから、上着と家の鍵を取りに2階へ上がり、そのままの足で玄関へと向かえば―――そこには、変装を解いた秀一の姿があった。
思わず叫んだ、いや正しくは叫びかけた。でも寸での所で飲み込んで、言葉になっていないよくわからない言語を小声で吐き出した。秀一の胸元を掴みながら。
だって何してんの!って思うじゃない!これからドライブに行くって言っていた人がよ?!なんっで変装を解いて素顔を晒してんだ、馬鹿野郎って言いたくもなるってもんでしょうよ!!


「落ち着け、円香」
「変声機も外してるし…!」
「当たり前だ。変装を解いたのにアレをつけていたら、不自然極まりない」
「それはそうですけど!貴方、死んだって自覚あります?!」
「死んだ自覚はない。だが、亡霊である自覚はあるぞ」
「よくわからないこと言わんでください…!」


他人の目に留まってはいけない、という自覚はあるということだ。
そう言い直されたけど、やっぱりこの人の独特の言い回しはわからない。秀一の存在は亡霊のようなものなのかもしれないけど、今は。


「はぁ…それで?秀一のままドライブに行く気なんですか?」
「ああ。だが心配するな、服は沖矢のままだしキャップもかぶる」
「沖矢くんのままって言われても、ハイネックじゃないですけど…でも案外、そういうのも似合いますね」


Vネックのセーターにジャケット。秀一の時には見たことがない服装で、新鮮だなぁ。色合いはやっぱり暗めだけど、全身真っ黒ってわけではないし。うん。
まじまじと眺めてみるけれど、…どんな服着てもこの人はカッコいいのかもしれないと思ってしまった。これも惚れた弱みってやつなのかなぁ。


「そろそろ行くか。お前の車、借りるぞ」
「ああ、はい…でも何で?」
「念の為だよ。何があってもいいようにな」
「…だったら、沖矢くんのままで行けばいいのに」
「それじゃ意味がない。赤井秀一の姿でないと、な」


どうして秀一の姿でないといけないんだろう?沖矢くんの姿なら危険性はぐっと減るし、周りを気にしなくたって構わなくなるのに…どう考えたって秀一の姿でいる方が、色々と面倒なのは目に見えている。
考えても全く答えは見えてきそうになくって、とりあえず車に乗り込むことにした。自分の車なのに助手席って変な感じ…秀一が右ハンドルを運転している姿は、最初の頃に比べれば大分見慣れてきたと思うけど。それでもやっぱり、秀一の姿で左ハンドルでないというのは…違和感を残す。
コツン、と窓に頭を預け、流れていく景色を見つめる。米花町を抜け、気がつけば首都高速へと入っていて本当に何処に行くんだ…!と、疑問に思う。夜景が綺麗な場所がある、とは聞いたし、恐らくはそこに向かっているのだとは思うんだけど、まさか高速に乗るとは思っていませんでした。行くとしても米花町か杯戸町のどちらかだろう、と予測していたのに、どっちもハズれるなんて。


「何処に行くんです?」
「横浜だ」
「よっ…?!」


まさかの横浜!た、確かにあそこは綺麗な夜景が見える場所が数多く存在してはおりますけれども…!でも横浜って人多いよ?ねぇ、本当に大丈夫なの?それ!


「そんな顔をするな。だからこそ、この時間を選んだ。仕事終わりで疲れてる所、悪いとは思ったがな」
「いえ、それは全然大丈夫ですけど…むしろ、貴方の言動にツッコミを入れる方が疲れました」
「おかしなことはひとつも言っていないだろう」
「言いまくってるっつーの」


夜景なら東都タワーでもいいんじゃ…って一瞬思ったけど、この時間じゃもう展望台は閉められてしまっているんだっけ。いつまでだったかは覚えてないけど、でも夜景が綺麗って話をよく聞くから21時くらいまでは開いているのでしょう。きっと。

そして車を走らせて40分程。目的地である横浜に到着でーす。
パーキングに車を停めて、そこからは徒歩で向かうらしい。キャップを被った彼に手を差し出され、戸惑うことなく重ねた。
今思ったけど、Vネックにジャケットにキャップ…ちょっとアレな格好だったかなぁ?でもニット帽じゃ彼のトレードマークだからマズいし、かと言って帽子ナシというのも些か危険だと思う。……この時間ならそう人通りも多くないし、案外他人の格好なんて気にしないだろうと思い直し、これでいいかと受け入れた。


「横浜って初めて来たかも…あ、でも奴らと対峙したのって横浜の港でしたっけ」
「…ああ、言われてみればそうだったかもしれんな」
「その時は仕事だったし、見る余裕なんてありませんでしたけど、こんなに綺麗なんですね」
「お気に召したかな?」
「はい!」


時間も時間だからか、ビルは電気が灯っているし、ライトアップされているような場所もある。そして大きな観覧車もあって、私の機嫌は一気に急上昇していた。しかも、隣にいるのは沖矢くんではなく秀一。それも機嫌を上昇させている一因だと思う。
この人とデートなんて、しばらくできないだろうと覚悟していたからね。その分、嬉しさも増すってものです!
歩きながら見ている夜景も十分綺麗なんだけど、秀一が私を連れて行きたいのはもう少し先らしく…手を繋いだままその場所を目指す。そうして連れて来られたのは、ほとんど人がいない公園だった。公園の川沿いへと行けば、一際綺麗な夜景が目に飛び込んできたのです。
いつかのプラネタリウムの時と同じように、私は大きく口を開けて「うっわぁ…!」と声を漏らした。


「クッ…お前は、プラネタリウムの時と同じ顔をしているぞ」
「だ、だってすごく綺麗で…!綺麗なものみると、自然と口開いちゃいません?!」
「残念ながらそんな不可思議な体験をしたことはないな」
「ええ〜?!絶対ありますって…」


下らないこと、他愛ないことを話しながら川沿いをブラブラと。適当な所で足を止め、偶然見つけたベンチへ腰を下ろした。座ってもまだ夜景は視界に映り込んでいて、何度見ても溜息が漏れるくらい綺麗だ…これで星空も見えればいいんだけど、と思ったものの、街がこれだけ光に溢れていると星の光は霞んでしまうんだよね。都会では綺麗な星空というものは、あまり見れないのが一般的。きっと、街中の光を消せば見えるのだろうけれどそうはいかないし。

ベンチに座ってどれだけの時間を過ごしたのか。座っても手は繋がれたままで、時折、秀一が手の輪郭をなぞるように触れるのがくすぐったくて笑みが零れる。
静かな時間は嫌いじゃないけど、私の中でずっと引っかかっていることがある…夕食の時―――いや、もしかしたらメールをもらった時からかも。どうして、急に出かけようなんて言い出したのかってこと。それも夜中に。
きっとその理由は変装を解く為だったんだろうけど、リスクを犯す必要性が果たしてあるのか…それが気になって仕方ないんだ。赤井秀一の姿でないと意味がない、ってどういうことなの?

(変装を解いて、夜中にわざわざ横浜まで車を走らせて…)

ドライブは楽しかったし、横浜についてからだってもちろん楽しいと感じている。こうして変装していない秀一と街を歩けるなんて、できないと思っていたから。できたとしてもまだ大分先のことになるだろう、と踏んでいたから。
それが楽しくないわけがない、のに、それなのに頭を過るのは最悪の展開。大丈夫だ、と自分を落ち着けようとしても全然ダメで、どんどん不安は膨れ上がっていく。何とか顔に出さないように気を付けてはいるけれど、もし今が昼間だったら確実にバレてしまっていると思う。それくらい私は、ひどい顔をしている自覚があるということだ。


「秀、」
「―――円香」
「っ…は、い」


名前を呼ばれ、座っていた秀一がおもむろに立ち上がった。夜景を背にし、被っていたキャップを外す姿は…どこか遠く感じて胸の奥がぎゅうっと痛む。
今にも消えてしまいそうで、いなくなってしまいそうで、…捨てられてしまいそうで―――怖い。


「ずっと、…どうするべきなのか悩んでいた。柄じゃないと思いながら必死に考えて、それで此処に連れて来ようと決めた」
「……どうして、此処なんですか…?」
「お前は綺麗なものが好きだろう?この前のプラネタリウムでも良かったんだが、さすがに変装を解いていくわけにはいかんからな」


ドクリ、ドクリ、と心臓が跳ねる。ゆっくりと、でも徐々に早くなっていくソレに呼応するかのように手にも力が入る。やんわりと握っていたはずの拳は、今では爪が食い込むくらいの力で握り込んでいる始末。傷になるとわかっていても、それくらいしていないと今にも泣き出してしまいそうなんです。
だけど、泣いたら困らせてしまうから…泣いて縋るなんてことしたら、きっと優しいこの人は、悩んでしまうから。だからグッと堪えるしか、術はないんです。

―――コツン、

靴音が、鳴った。それと同時にふわりと抱きしめられたんだ、途端に香る秀一の香りにまた…涙が出そうになる。けれど、一向に言葉が紡がれる様子がなくて。どこか言い淀んでいるようにも感じる。この人が言葉に詰まるということはやっぱり、別れを告げようとしているのでしょうね。赤井秀一の姿でないと意味がない、と言ったのもそういう理由なんだと理解した。
終わりを告げるのなら、一思いに告げてほしい。ようやく開かれた口から紡がれたのは、予想だにしていない言葉。


「円香、…結婚しよう」
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