バイバイ、わたしのセカイ


現場の手前で車を降り、もう一度だけしっかりとメールを確認してからそれを運転席に投げ捨てた。身を隠すようにして取引場所と思われる廃工場まで近づくと、ちらほらと仲間の姿も確認できる。
インカムのスイッチを入れると、すぐにボスからの通信が入り取引相手の姿を確認していることを告げられた。ということは、組織の人間はこれから来るということか…一体、誰が来るのだろう?下っ端か、それとも幹部の誰か―――ジンとウォッカだったら捜査も一歩前進するのだけれど。

中が見える場所まで移動し、様子を窺う。まだ組織の奴らが来る気配はない。取引の時間ってもうすぐだったわよね、奴らが遅れてくるとは思えないけど…何だか前にガセネタを掴まされたことを思い出しちゃうなぁ。取引も何もかもガセだったからね、あの時は。
ひと月も張り込んでいたのにガセって、私達の頑張りは何だったの!って叫びたくなっちゃったけど、でもまぁしっかり裏を取らなかった私達も悪かったわ。今の世の中にはたくさんの情報が流れているけれど、それを真実の情報だと確信を得る為にはしっかりと確認をしなければならないんだから。

(…取引相手が時計を気にし始めた。ということは、もうすぐだってことね)

グッと銃を握る手に力が籠った。この場で組織の奴らを1人でも拘束することができれば、また組織壊滅の悲願へ近づくことができるの。今まで何人もの仲間が犠牲になっている、彼らの無念を晴らす為にも、供養の為にも、逃がすわけにはいかない…!


「…?」


気持ちを新たにして再び、中へ視線を戻した時―――違和感が、あった。
どうも取引相手の様子がおかしいの。どこか焦っているようにも感じられたし、顔も…青褪めている?今から取引をするから、それであんな様子なのかしら?きっと失敗すれば自分達の悪事がバレてしまう、と危惧しているのだろうし。…だけど、それにしては様子が変よね?あそこまで狼狽えて、怯えるものなのかしら。何か、裏がある?
ボスに報告しようと口を開きかけた瞬間、遠くで爆発の音が聞こえた。それも一度じゃない、二度、三度…遠くだった爆発音が段々近づいてきて、仲間の悲鳴まで耳に届く。もしかしてこれは、組織の奴らの罠だったとでも言うの?!
身を隠していた場所を飛び出し、音がした方へ駆け出した。何故、何故こんな爆弾を仕掛けられていた…?私達FBIを一網打尽にする為?それとも最初から取引相手を殺すつもりで?…いや、それだったら取引場所とされている廃工場だけを爆破させれば終わり。何もいくつも爆弾を仕掛ける必要なんてない。
だとしたらやっぱり―――私達が此処へ来ることが筒抜けになっていたということか!スパイがいるのか、それとも盗聴・ハッキングされていたのかはわからない。とにかく今は他の捜査官達をこの場所から逃げるように言わないと!あといくつ爆弾が残っているかなんて、予想もできないんだから!


「全捜査官は急いで撤退して!動けない人には手を貸して、なるべく早くこの場所から離れて!!」


くそ…!完全な失態だ。こんなことになるなんて、全く予想できていなかったわ。とにかく今は、少しでも捜査官の犠牲を少なくしなければ―――ふと、廃工場の中へと視線をやった。
そこにはさっきまで私達が注視していた取引相手の男が立っている。男と目が合い、口元が動いたのが見える。何かを伝えようとしている…?ふらり、と近寄って来る男の首に、何かが装着されていた。チョーカー、のようにも見えるけれど、何故そんなものをつけているのだろう?


「裏切り者のシェリーの右腕には、制裁を…」
「―――ッ?!」


男の口元がニヤリ、と弧を描いた。涙を流し、顔は青褪めているというのに確かに笑ったんだ。裏切り者には制裁を。そんな言葉を繰り返し呟いて。
…そうか、この男は取引相手ではなく―――変装させられた下っ端構成員か!ギリ、と唇を噛んで男の髪をグッと引っ張れば、ズルリとマスクが引き剥がされた。


「変装はベルモットか…貴方、何の為に此処へ来たの!」
「ひひっもう手遅れだ、爆発まで10秒もない。俺の首につけられているのは、」


今までの爆発の比じゃないぜぇ?
狂ったように笑う目の前の男に、ゾクリと悪寒が走る。完全にイカれてしまっている、何か薬を打たれているか、もしくは恐怖で何かが振り切れてしまっているかのどちらかということだろう。
逃げなければ、と踵を返したはずだったのに、グッと腕を引かれてその場に倒れ込んでしまった。咄嗟に受け身を取ることには成功したけれど、体を起こした瞬間に辺りは眩い光に包まれていく。

そしてすぐ後に轟音が響き渡った。

爆風によって吹き飛ばされた体は、何か固いものに勢い良くぶつかったらしい。グラグラと意識が揺れる、急速に血の気が引いていく感覚がする、…ああそうか、ぶつかった時に頭でも打ったのかもしれない。まともに爆発を食らってしまったから、頭以外の場所もきっと怪我を負ってしまっているだろう。
もう、指一本だって動かすのが辛い…でもこんな所で、アイツら組織の手で殺されるなんて真っ平ごめんだ。まだ死ぬわけにはいかない、組織を壊滅させるその時までは…絶対に。


「は、…ゲホッしゅ、う……!」


ぎゅっとネックレスを握り込む。そこには秀一からもらった指輪が、ある…何故かわからないけれど、それに触れていたかった。
ああ、ダメだ…もう意識が、―――涙が一筋零れた感覚と共に、私の世界は暗転する。
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