きみの中のぼく
―――ピッピッ…
部屋の中に響いているのは、機械の音。それらのチューブは全て、1人の女の体へと繋がっている。その体を生かすように。
だが、女は一向に目覚める様子がない。ひたすらに眠り続けているだけだ。危機は脱したと聞いた、あとは回復力を信じるしかない、と。
「円香…早く目を覚ませ」
side:赤井
事の起こりは今からひと月ほど前―――とある廃工場で起きた爆発事件だ。その爆発を引き起こしたのは表立ってはいないが、黒の組織の奴らだろうというのが我々FBIの見解だ。元々、そこで取引が行われるという情報が入っていて、それを取り押さえる為に張り込んでいたそうだが…どうやらそれはガセだったらしい。
まんまと引っかかってしまったFBIは、死人こそ出なかったものの多くの怪我人を出してしまった。円香もその1人だが、彼女の怪我が一番ひどい。爆発を至近距離で受けてしまったらしく、至る所に火傷の痕があり、頭も強打したらしく意識が戻らないでいる。
回復すれば直に目を覚ます、と医者は言っていたが…それがいつになるかは、円香次第ということのようだな。
「赤井さん、少しは休まないと倒れちゃうよ?」
「ボウヤか…ああ、わかってはいるのだがな」
「うん…心配だよね、もう怪我の具合は大分良くなってきているのに」
「全く、いつまで寝ているつもりなんだ。お前は」
あれだけ繋がれていた機械やチューブは、この1週間の間に粗方取り除かれた。あとは本当に意識さえ戻れば、何の問題もなくなるらしいのだが。それが一番の鬼門だったらしい。体に触れれば温かいし、呼吸もしているし、頬に赤みだって戻ってきているというのにな。
まだガーゼが貼られている箇所は多いものの、それらもボウヤの言う通り大分良くなってきていた。火傷の痕は残らないだろう、と。綺麗な体に痕が残らないことにはホッとしたが、意識が戻らない今、傷痕が残っても構わないから意識を取り戻してくれと願わずにはいられない。限りなく自分勝手な願いだがな。
彼女が一生目を覚まさないのでは、と不安に思っている仲間も多いらしい。それを聞く度にジェイムズ・ジョディ・キャメルはそんなことがあるわけない、と否定しているらしいが、確かにひと月も目を覚まさないとなればそう思う輩が出始めても不思議ではないか。
現に俺だって時々、そう思ってしまう時がある。円香が死ぬわけがない、目を覚まさないわけがないと信じてはいるが…やはり、ずっと眠り続けている姿を目にしてしまっているとな。跳ねのけたい不安に押しつぶされそうにだって、なるさ。
「お前はこんな所でくたばるような、そんな柔な女ではないはずだろう?」
そっと手に触れて、ぎゅっと握る。これももう日課になりつつあることだ。反応が返ってきやしないかと、僅かな期待を込めて1日に一度、こうして手を握る癖がついてしまったのだと思う。だがいつだって、握り返されることはなく溜息をつく毎日だ。
焦ってはダメだと思うんだがな…こんなにも目を覚まさない彼女を見続けることが、辛いことだとは思わなかったよ。それを聞いたら円香、お前は仕方ない奴だと笑うのだろうか。
フッと自嘲的な笑みを浮かべた時だった。握っていた手が微かにだが反応を示した。顔を上げれば、ずっと閉じられたままだった瞼が震え、薄らと目を開ける。それは確かに待ち望んでいた瞬間で。
「円香さん!」
「良かった、目を覚ましたか…!」
おかしいと気がついたのは、ボウヤが先だった。声をかけても、名前を呼んでも一向に彼女は反応を示さない。
きょとんとした顔で、首を傾げている様子に…一瞬、嫌な予感が胸を過る。
「ええっと、ボウヤはわかるんだけど―――貴方は、誰ですか…?」
ああ、こんなことってあるのか。こんな、残酷なことが。
「記憶喪失?!」
「ああ。だが、どうやら忘れているのは俺のことだけらしい。ボウヤのことは認識していたし…自分の名前・年齢・職業などは覚えているようだ」
「そんなことが有り得るのかね…」
「系統的健忘、と言うそうです。過度なストレスによって引き起こされることが多いらしいですが」
過度なストレス…そこで思い当たったのは、ここ半月の彼女の忙しさだ。家に帰ってくることはなく、本部に缶詰の状態だったな。睡眠時間も少なかったと聞いているし、その疲労などがストレスとなっていたとしても何らおかしいことではない。この仕事に就いて長いと言っても、ストレスを感じなくなるわけじゃないからな…本人も知らぬうちに溜め込んでいたということは十二分にあり得ることだった。
(それならば、まだ救いはあったのかもしれない…)
ジェイムズ達に説明をしながら、頭を過っていたのは―――もう1つの要因だ。彼女が何かに悩んでいた可能性がある、ということ。俺のことだけを忘れているのならば、悩みの原因は俺自身にあるということになる。
この関係自体に悩んでいたか、俺のことを忘れてしまいたいくらいに嫌いになったか…それとも、本当は結婚を申し込んだことに対して困っていたか。そんなことが浮かんでは消えていく。
「とりあえず、意識を取り戻したなら円香に会いに行きましょう!」
「そうですね!自分も顔を見て安心したいです」
「ああ。赤井くんも行くだろう?」
「いや、俺は…」
「行きましょう、シュウ。忘れられたからって…簡単に諦められるような想いではないんでしょう?」
ジョディの言葉にハッとした。円香が何に悩んでいたのかはわからない、俺に対してどんな想いを抱いていたのかも今となってはわからない。アイツにとってはもう思い出したくもないことかもしれない。
―――それでも、思い出してほしいと願ってしまう。それが独りよがりの願いでもいいから。
「辛い思いをさせてしまうことになっても俺は、」
どうしたってお前を離すことなんてできやしないんだから。