わたしの中に潜む影
目を覚ました頃はひどく記憶が曖昧だった。意識が混濁しているような、こう…靄とか霧がかかったみたいな感じ?それは次第に晴れていって、スッキリしたのだけれども。でも1つだけ、いまだにわからないことがある。
目を覚ました時、ボウヤ―――新くんと一緒にいた男性だ。
とても心配そうな顔で、でも私を見てホッとしたような顔に変わって…それなのに全く知らないの。後にFBIの人だ、って聞いたけど…同僚にあんな人いたかしら?さすがに仲間のことを忘れるなんて有り得ないと思うんだけどなぁ。
その日はまだ目覚めたばかりだから、と早々にジョディもキャメルくんもボスも新くんも、それから知らない男性も病室を後にした。また来る、と微笑みを残して。
そしてその言葉通り、翌日、その人は再び病室を訪れた。
「…本当にまた来たんですね」
「また来る、と言ったはずだが?それとも俺が来るのは迷惑だったかな?」
「いいえ、そんなことは…ただ、私は貴方を知らないから」
「そうだったな…では、改めて自己紹介をしようか。俺は赤井秀一、君と同じFBIに所属している」
今は訳ありで休職中だがな。
フッと笑みを浮かべた赤井さんは、どこか遠くを見ているようだった。名前を教えてもらった後は他愛のない話をした、蘭ちゃん達が会いたがっているとか、何故かバーボンが心配しているとか、ジョディ達から溜め込んでいた有給も使ってとにかく休め!と言伝を預かってきたとか…とにかくたくさん。
とっつきにくそうな雰囲気を纏っているくせして、実に話しやすくてぽんぽんと言葉が出てきてしまう。初対面とは思えない程に会話のキャッチボールがスムーズに進んでいて、ああ本当に知り合いだったんだなぁなんて他人事のように思った。
(だって、知り合いだと言われても…全くわからないんだもの)
ジョディ達も、ボウヤも、椅子に腰掛ける彼自身も、誰も嘘をついているような印象は受けなかった。だからきっと、赤井さんを知っていることは間違いないと思うんだけど…どれだけ情報をもらっても、記憶の中の誰とも結びつかなくて何だか気持ちが悪い。まるで存在していないかのように、思えて。幽霊とか、そんなわけないのに…どうしてわからないんだろう。
よくわからない感覚に、私はひたすら首を傾げるばかりだ。それを見ていたらしい赤井さんは、私の頭を優しく撫でて、焦って思い出す必要はないと言ってくれたけれど。彼の表情は至極穏やかだ、だけど―――自分だけ忘れられている、というのは嫌なものなんじゃないだろうか。
とはいえ、私にはあまり忘れているという感覚がないのが本音なんだけどね。変な感じは、するけど。初対面のはずなのに話しやすいとか、撫でられた時の感触とか熱を知っている感じがするとか…知らないはずなのに、知っている。
うーん、と思いながら首筋に手をやった時、何か金属のようなものに触れた。何かつけてたっけ、と視線を下げると、胸元で指輪が揺れていた。すごくシンプルなデザインのもので、チェーンに通して首から下げていたらしい。昨日は全く気がつかなかったな、こんなのをつけてたなんて。
というか、指輪がペンダントトップのネックレスなんて持ってたかなぁ?
「気になるか?その指輪」
「え?あ、まぁ…こんなの持ってた記憶がない、から」
「…その指輪を見ている時のお前は、幸せそうな顔をしていた」
「そう、なの?」
「ああ。…余程、大事な奴にもらったんだろう」
―――ズキン、
何だろう、今の感覚。一瞬だけ見えた赤井さんの淋しそうな表情…それを見た瞬間に胸が痛くなった。そんな顔しないで、って思ってしまった。…どうして?知らない人のはずなのに、どうしてそんな風に思うんだろう。悲しい顔をしてほしくない、笑っていてほしいのに…なんて。
私と彼はきっと、そんな間柄じゃないのに。
(そういえば、赤井さんとの関係を聞いた時…ジョディ達もボウヤも、ほんの一瞬だけ表情が強張った気がする)
でもそれはすぐに笑顔に戻って、とても息ピッタリの相棒だったんだって教えてくれたんだけど。だけどいまだに気になってしまうんだ、何故表情が強張ったのか。ただの相棒で、上司と部下の関係だけだったのならあんな風にはならないはずなのに。何か…言い辛い関係だったのか?私と赤井さん。
チラッと彼の顔を見てみるけれど、別段変わった様子はない。隠し事をしているようにも見えないし、やっぱり嘘をついているようにだって見えなかった。もしかしたら隠すことがとても上手い人なのかもしれないけれども。
「…頭痛い…」
「だからあまり焦るなと言っただろう。昨日まで意識不明だったんだから」
「そうだけど、」
「お前に無理される方が辛い。頼むから、まずは体を休めろ」
な?と言われ、頬に触れられた。その感触もやっぱり知っているような気がして、変だと思ってしまう。こんな風に私に触れてくる人なんて、誰もいなかったはずなのに。
恋人がいなかったわけじゃない、大学時代にだっていたけれど卒業と同時に別れてそれっきり…FBIになってからなんて、特に恋人をつくっている暇もなかったし、ほしいとも思わなかった。だって私は、―――…
(だって私は、なに……?)
今、何か思い出しかけたような気がしたんだけど、何だったんだろう?誰かの顔が脳裏をよぎったような…?でもハッキリ思い出せない、靄がかかってしまっていて何もわからないの。思い出そうとすればズキズキと頭痛がひどくなっていくばかりで。
「円香、少し横になれ」
「え、でも」
「俺のことなら気にしなくていい」
「……変な人だね、赤井さん」
「そうだろうか」
「うん、変。だって、…ただの相棒に対する態度じゃないですもん。まるで」
まるで―――恋人に接しているみたい。
ボソリ、と呟いた言葉に、赤井さんの肩が揺れたような気がした。