ゆらり、くらり


話には聞いていた、一緒に住んでいると聞いていたのだけれど…マジだったんですか、それ。
その言葉が工藤邸に着いてから、私が放った第一声だ。


「だから言ったじゃない、今円香さんは昴さんと一緒に住んでいるんだよって」
「聞いたけど、そんなの冗談だと思うじゃん…!」
「そんな悲壮感たっぷりに頭抱えられても…事実だっつーの」
「…それで?肝心の沖矢さん?は何処行っちゃったの」
「今、色々と準備中。円香さんに説明もしなくちゃなんねーし」


準備?説明?…一体、私はこれから何のネタばらしをされるんだい、ボウヤ。
はぁ、と溜息を吐きながら、数日前のことを思い出す。お見舞いに来てくれたボウヤの隣に立っていたのは、見覚えのない男性。眼鏡をかけた糸目の人、連れてきたってことは私の知り合いでもあるのかもしれないが、これまた赤井さんと同じく全く思い出すことができなかった。

『この人は沖矢昴さん。円香さんと一緒に新一兄ちゃんの家に住んでるんだよ』

ボウヤにそう言われた時の衝撃たるや…!雷にでも打たれたんじゃないか、ってくらいだったよ。本当に。沖矢昴という名前は、蘭ちゃん達に聞いてはいたけれど…まさか会うことになるとは思わなかったです。忙しいから顔を出しに来れない、って聞いていたし。まぁ、来てもらった所で誰ですか?状態なのは間違いないんだけどね。
…試しに私の恋人なんですか?って聞いたら、あっさりYESで返されましたよー。これからどうしたものか、と思ってしまう。いくら恋人だったとはいえ、私は今この人を全く知らないんだ。そんな人と一緒に住み続ける、というのは些か危険なものを感じませんかね?いや、別に危険な人だと言っているわけじゃないんだけど…!
再び頭を抱え始めた所で、ガチャリとリビングのドアが開いた。戻ってきたのか、と視線を上げた先にいたのは、沖矢さんではなく赤井さん―――もう私の頭の中は大混乱で、そのまま数分しっかりと固まらせて頂いた。
だって脳の処理が全く追いつかない。いつの間に赤井さんが来ているんだ?そして一緒に此処まで来た沖矢さんは何処へ行ってしまったというのか…!


「想像以上の反応だな」
「ボクもここまで驚くとは思ってなかったよ…円香さーん、大丈夫〜?」
「ええっと…ちょっと待って、何がどうなっているの?」
「一から説明しよう」


1人掛けのソファに腰掛け、赤井さんはゆっくりと口を開いた。
とある作戦で黒の組織の奴らに、赤井秀一は死んだと思わせる為に今、彼は別人として生活しているらしい…その人物がボウヤと一緒に病院まで迎えに来てくれた『沖矢昴』だということ。
元々はこの近くのアパートに住んでいたが、偶然にも火事に遭い、住む場所を失くしてしまった際に工藤邸に住むことになったそうな。もちろん、家主の許可はちゃんと取っているそうです。許可を取った人の中には私のことも、含まれているらしい。まぁ、居候とはいえ…私も今はこの家の住人だからね。


「じゃあ沖矢昴は赤井さんの変装…」
「ああ。病院ではこのままの姿でいたが、かなり危険を伴うんでな。普段は沖矢で過ごしている」
「死んだことになってるんじゃ、それが無難か。…じゃあ、沖矢さんが私の恋人っていうのは…」
「あ、あの、それはね円香さん…!」
「―――ボウヤ、俺が説明する」
「……うん」
「沖矢とお前は確かに恋人同士だ。だが、偽りなんだよ」


偽り…?偽りの恋人って、一体どういうこと?


「何の関係もない男女がひとつ屋根の下で暮らしているのは、かなり違和感がある。その為に恋人を装っている…もちろん、君もそれは承知の上だった」
「ああ…そういうこと。それで、」
「それで、って…何かあったの?円香さん」


ボウヤの青い瞳が私を見上げる。フッと笑みを零して、首から下げている指輪に触れた。指輪の内側に刻まれていたイニシャル、それが沖矢さんのものではなかったから…だから何かおかしいと思っていたことを、2人に素直に話す。
だけど、恋人を装っているというのを聞いて合点がいったのよね。そしてこれは全く違う人に、もらったものなんだって。

(…でも、私に大切な人がいたのは本当なんだよね。多分)

そしてその逆、私のことを大切に思ってくれている人もいたのだろう。その証拠がこの指輪なんだと思う、そうじゃなきゃ愛してるなんて英文、掘ったりしないと思うしね。そんな風に客観的に見ているけれど、実際は当事者なんだよなぁ…私。
いまだ実感が湧いてこない状況に、溜息をつきたくなってしまうのは仕方がないことだと思う。何だか目を覚ましたあの日から、私の思考はいつまで経っても堂々巡りを繰り返しているな。


「まだ若干混乱していますけど、事情はわかったよ。沖矢さんと一緒の時は恋人を装えばいいんでしょう?」
「ああ、すまないが頼む」
「いいですよ、そのくらい。元々は、やってたことなんでしょうし」


ちょっと疲れたので休みます、とリビングを出た。
それにしても偽りの恋人、かぁ…なんだろ?何かものすごく、複雑な気分だ。





「思い出す気配、ないね」
「…ああ、全くないよ。今の所は」
「赤井さん大丈夫?結構、疲れてるでしょ」
「ん?疲れているというか…アイツの心の中にいない、というのはこうも辛いものなのかと思ってな」
「……」
「わかっていたことだが、意外と堪える」
「そっか…ねぇ、赤井さん。ちょっと提案があるんだけど―――…」
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