魂は知っている
地下鉄で移動し、タイムズスクエア近くにある一時荷物預り所に荷物を預けて、ようやく身軽になった私達は相変わらず手を繋いだままブラブラと散策中です。繋いだ手は左手から右手に変えられたけど、まぁそれは関係ないことかな?
「腹は?減ってるか?」
「んー…久しぶりだからかちょっと時差ボケ気味で。あんまり…」
「そうか。なら減ったら言え、何処かカフェでも入るから」
「ん、わかった」
映画館、シアター、レストラン、ホテル、ギフトショップ…話には聞いていたし、チラッと来たことはあったけど、本当にタイムズスクエアにはたくさんのお店が集結してるのね。イベントも色々やってるって話だけど、一番有名なのは大晦日のやつかなぁ…テレビで中継される、っていうくらいにはここニューヨークではポピュラーなものだそうで。
一度は来てみたいけど、冬のニューヨークって寒いんだよな。いや、ワシントンも寒いけど!あんまり変わらなくない?って言われるけど!!…あれですよ、寒いのがちょっと苦手なんだ。私。
「あ、ブロードウェイのミュージカルが上演されるシアターも、ここと同じ地域だっけ?」
「確かそうだったはずだ。ここには色んなものが集まっているからな…興味があるのか」
「え?」
「ミュージカル」
「ああ…いや、そこまでではないかなぁ。舞台は好きだけど、ミュージカルはあんまり」
「?同じではないのか」
「歌があるかないかじゃない?私も詳しくないけど」
そうなのか、と呟く赤井さんの顔を見上げ、クスッと笑みが零れた。口調は赤井さんなのに、声と顔は沖矢さん仕様…まぁ、赤井さんの姿では渡米できなかったから仕方ないんだけどね。沖矢さんの姿でいるのは。
でもこの姿でいるのは今日と最終日だけで、それ以外は変装を解くって言ってたっけ…FBI本部に近づかない限り、知り合いには会わないだろうと踏んで。大丈夫なのだろうか、それ。と思わないわけではないけれど、私個人の意見としては―――赤井さんの姿でいてくれた方が嬉しいから、全然構わないのだけれども。
―――くいくい、
「ん?どうした、円香」
「あれ、食べてもいいですか?」
「アイス?」
「お腹はそこまでなんだけど、甘いもの欲しくて」
「なら買いに行こう」
アイスを買ったのは私だけ。赤井さんはホットコーヒーを注文してた。どうやら甘いものはそこまで好きじゃないみたい…そういえば、いっつもコーヒーはブラックで飲んでたなぁ。
私もブラック派ではあるけれど、だからといって甘いものが苦手というわけでもない。どちらかというと好き。ケーキとかドーナツとか、仕事の休憩時間とか煮詰まったりすると、しょっちゅう手を出してたなぁ。
「赤井さんも一口どう?そこまで甘くないよ」
「…なら一口もらおうか」
はい、とアイスを差し出した所までは良かった。コーンごと渡すつもりで差し出したのだけれど、彼は何を思ったのかそのままアイスにかぶりついた。赤い舌がチロリ、と口の端についたアイスを舐めとる様は…あの、こう言っては何だけどとても卑猥ですエロいです…!!
そして間接キスだということに、たった今気がつきました。当の本人はしれっとした顔で美味いな、と一言。気がついているんだか、いないんだか…。
赤くなっているであろう顔を見られないよう、アイスを舐めながらガイドブックに視線を落とす。次、次行きたいとこをピックアップしよう。思考をそっちに切り替えてしまえば、今さっき起きた出来事はきっとどこかへ行ってくれるはずだ。うん、そうしよう。
「く、…くくっ」
「……なに笑ってるのかなぁ、赤井さん!」
「いや、なに。お前が存外、可愛い反応をしてくれたものでな」
「かわっ…?!」
「いつだってお前は可愛いよ、円香」
どうして、…そんな顔で私を見るの。どうしてそんな声で、私の名前を呼ぶの。
「それは……どういう意味で?」
「……さあ?」
曖昧な言葉で煙に巻かれた。赤井さんの真意がわからない、わからないのに…それでもやっぱり好きで。繋がれた手を離してほしいとは思わなくて、離したいとも思わなかった。この人の全てが私のものになったらいいのに…そんな浅ましい思いさえ零れそうになる。今の私をこの人はきっと、求めてはくれないとわかっていながら。
テーブルの下で拳をグッと握り、コーンをガリッと噛み砕く。やめよう、こんなことを考えるのは。ただ旅行を楽しんで、また日本に帰るんだから。アメリカでたくさん思い出を作ってそれで…この気持ちはしまいこんでしまおう。
深く、深く―――誰にも触れられない場所へ。
―――ガタッ
「ごちそうさま!赤井さん、行きましょう」
「ん?ああ」
「ニューヨークって美術館もあるんですね、ちょっと遠いけど」
「興味があるなら行ってみるか?こっちに1泊していってもいいし」
「えっそう言われると悩む…!」
どうしよう、と悩みながら、視線がとある本屋へと向いた。何の変哲もない本屋のはずなのに、どこか懐かしい感じがして足が止まる。手を繋いでいたからそのまま赤井さんも引っ張られるような形で足を止め、どうした?と問いかけられる。
でもその声に返事をすることなく、私はただひたすらにその本屋を凝視する。この場所、ずっと前に…
『Did you stray?(はぐれたのか?)』
『あ、…えっと、Yes.(うん)』
『なんだ、日本人か。どこではぐれたんだ?』
『この本屋で…中をぐるっと見てみたんだけど、見つからなかったの』
『あっちも君のことを捜していると思うから、ここから動かない方がいい』
『で、でも…』
『―――俺も一緒に待っててあげるから。だから、そんな顔をするな』
思い、出した…あの日、家族旅行でニューヨークに来た日。本に夢中になっていたら、父さん達の姿を見失って慌てて捜したけれど見当たらなくて。もしかしたら置いていかれたのかも、って本屋の外に出たら、それはもうたくさんの人でごった返していたのよね。
案の定、近くにそれらしい人達もいなくて途方にくれてたら、男の子が「はぐれたのか」って声をかけてくれたんだ。家族が私を見つけてくれるまで、ずっと隣にいてくれて―――すごく安心したの。私の、初恋だった。
「円香?もしかして何か思い出したのか…?」
「あ、…ううん、何でもない」
「ならいいが…辛くなったら言えよ」
くしゃりと頭を撫でる大きな手。浮かべられた優しい笑み。ダメだ、この人に触れる度に好きだって思ってしまう。忘れようと、しまいこんでしまおうと決めた矢先にこれじゃあ…先が思いやられるなぁ。
(…好きです、)
気持ちを伝えられない代わりに、ぎゅっと繋ぐ手に力を込めた。そんなことをしたって、自分が辛くなるだけだってことはわかっているのに。