後悔、未練、恋慕
非番である今日。日本にある兄さんの家でのんびりしていたら、新くんの幼なじみである蘭ちゃんと園子ちゃんに呼び出された。聞きたいことがあるから、今すぐポアロに来て!って。
え、なにこれ。私、知らぬ間にあの子達に何かしちゃった?いやしてないよね?仕事でバタバタしていることが多いから、滅多に会うこともないし…それでも時間ができた時には毛利家にお邪魔することもしばしば。
(うーん、どんなに考えてもわからない…何だろう?)
とりあえずポアロに行こうか。この家からだったら、あそこまで歩いてもそんなにかからない。散歩も兼ねて出かけるとしましょう。簡単に準備をして私は家を出た。
「あのイケメンって誰?!」
「……え、誰のこと?」
ポアロに着いた途端、私は園子ちゃんに引っ張られてただ今尋問中。というか、急にあのイケメンって誰って聞かれても、一体誰のことを言われているのかさっぱりなんだけど。そもそも私はアメリカが拠点になっているから、日本での知り合いって多くないんだけどね…それこそ高校時代の同級生とかだけど、日本に来てからは誰とも会った記憶がない。
なので、園子ちゃんが言っているのは同級生達ではないということ。えー?本当に誰のことだろう…男の人と会った用事なんてあったっけ?それもイケメン。
どれだけ考えても、誰ひとり該当しない。イケメンの知り合いなんて―――…いや、1人だけいるけど、まっさかその人のことじゃあるまいしねぇ。
運ばれてきたアイスコーヒーを啜りながら思考を巡らせていると、いまだ興奮状態の園子ちゃんが「この前、円香さんがイケメンに車で送ってもらってるとこ見たんですよ!」って爆弾発言。んん?それってもしかして、と数日前の記憶を辿る。
「あー…あの時かな」
「えっ円香さん、彼氏できたんですか?!」
「ゲホッ!」
あ、ボウヤ―――というか、新くんが噎せた。
「なに噎せてんのよ、がきんちょ」
「う、ううん、何でもないよ。園子姉ちゃん…!」
「それで円香お姉様!あのイケメンとの関係は?!やっぱり彼氏?!」
「違う違う、知り合いではあるけど彼氏じゃないよ」
元カレですっていうのと、職場の上司ですっていうのは伏せておきましょう。一応、身分を隠して日本に捜査しにきているからね…私達。なので、かなり言葉を濁して説明をしたんだけど、彼女達はそれ以上踏み込んで聞いてくることはなく、内心ホッとした。
突っ込まれて聞かれちゃったら、もう答えようがないもんね。それこそ私と彼の素性を教えなくちゃいけない、ってことになりかねない。場合によってはFBIってことを明かさなくちゃいけないことになるだろうけど、今はその時じゃあないと思う。絶対に。
(この子達が口外すると思っているわけではないけど、まぁ念の為にね)
ズズーッとコーヒーを啜れば、カランッと氷が音を立てる。涼し気な音を聞きながら、ぼんやりと園子ちゃんに目撃されていた日のことを思い出す。確かにあの日は秀一に家まで車で送ってもらったな、日本じゃあまり見ない車種だろうから目立つだろうなぁ…シボレー。
それにしてもあの時はもう暗かったのに、よく園子ちゃんってば秀一の顔が見えたな。そしてやっぱりイケメンに分類されるのか…割と目つきが悪いから、怖がられることが多いらしいんだけどね。それとも一瞬だったからそういう印象を受けなかった、とか?
「でも円香さんってモテるはずなのに、彼氏つくらないですよね…」
「もしかして恋愛に興味なかったりする?」
「いやぁ…そういうわけでもないんだけど。大学時代は一応、いたし」
苦笑交じりにそう答えて、すぐにしまったと思った。さっき伏せておいた方がいいって思ったばかりなのに、何で自ら彼氏がいたことを明かしているんだ私…!
でもまぁ、別に彼氏がいたこと自体は伏せておかなくてもいい事項かな。その相手のことを話したりしなければ。
「本当に?!」
「え、そんなにビックリすること…?」
私ってどれだけ恋愛に興味ないと思われていたんだろうか、この2人に。思いっきり驚いた、意外だって顔をしている蘭ちゃん達に苦笑を浮かべるしかない。そして新くんまで驚いてるし…何だよ、私に彼氏がいたことがそんなに意外なのか?この野郎。
まぁ、確かにこの子達が生まれる頃にはもうアメリカの大学に進学していたし(兄さんから生まれたよって連絡もらった時は飛んで帰ってきたけど)、長期休暇の時にしか日本には帰ってきてなかったしねぇ…そういう色恋沙汰に関しては話す機会もなかったといいますか。言われてみれば、兄さんや義姉さんにも話した記憶ないかもしれない。
これ、新くんの口から兄夫婦の耳に入ったら根掘り葉掘り聞かれるのだろうか…少し遠い目になりかけていた所で、またもや蘭ちゃんと園子ちゃんのキラキラとした目がこっちを見ていることに気がつきました。あ、やっぱり彼氏がいたことあるよって言っちゃったの、マズかったかも。今更後悔しても遅いんだけど。
「円香お姉様、その彼氏って外人?」
「ううん、日本人…というか、日系だね」
「どんな人だったんですか?素敵な人?」
「え?うーん…そう、だね。素敵な人だったよ、私にはもったいないくらいに」
目つきは悪いし、愛想が悪くて、不器用で、ぶっきらぼうだけど…でもとっても優しくて素敵な人。そして頼りになる上司なんだよ。なんて、それは蘭ちゃん達には教えてあげられないけど。
「円香さん、その人のこと本当に好きだったんですね」
蘭ちゃんの言葉にえ?と聞き返すことしかできなかった。それくらいビックリしちゃって、何も反応もできないままぽかーんとマヌケ顔を晒すハメになりました。すると、蘭ちゃんが愛しい人を見ている目をしていたから、と笑いながら教えてくれたの。
え、ちょ、どんな顔してたんださっきの私!!慌てて両手で頬を包んでみるものの、意味がないことは自分でもわかっている。だけどわかっていてもやりたくなる人間の性っていうものが、あるじゃないですか?多分、ソレ。
とどめだと言わんばかりに「とっても可愛かったです!」って、史上最高の可愛い笑みを向けられちゃったらもう顔に集まる熱を誤魔化すこともできず。くそぅ、君の方がよっぽど可愛いよ蘭ちゃん…!新くん、早く元の体に戻って捕まえておかないと、どこの馬の骨とも知らん男に取られちゃうよー?絶対。強くて可愛い彼女なんて最高じゃないか。
「円香姉ちゃん、その人と別れちゃったの?」
「あー…うん、まぁそうなるねぇ」
「今でも好きそうな顔してるのに…それに素敵な人だったんでしょ?もったいなーい!」
「ははは…」
そうだね、園子ちゃんの言う通りだ。今でも未練たらしく想い続けている。
…でもね、あの頃の私はとても弱かったから。自分の感じていた寂しさとか、会えない辛さとか、何もかもが耐えきれなかったんだよ。もう少し強かったら今でも、私は秀一の隣に立てていたのだろうか。そんなifの話を考えても栓ないことだとわかってはいるのだけれど、そう思わずにはいられなかった。うん、とことんバカなんだろうね。私。
盛り上がっている蘭ちゃんと園子ちゃんを視界の端に移しながら、フッと自嘲的な笑みを浮かべる。ほーんとバカだなぁ、私は。
「…好きよ、秀一…」
ポツリと呟いた言葉は、2人の声にかき消されて溶けていく。