伏せる感情論
『アメリカに留まりたい?何故だね』
「…今回の任務で、私は何も役に立てませんでした」
『だが、報告では君が大いに活躍してくれたと聞いているぞ。工藤くん』
「それは―――…」
黒いハットをかぶった男の姿が、ニヒルな笑みが、向けられた言葉が、まるで走馬灯のように頭の中をぐるぐる回っている。
拳をギュッと握り、閉じていた目を開けた。
「あれは私ではない。次元大介…ルパン一味の仕業です。あの時、アイツの狙撃がなければ私達は無事で済まなかった」
『……』
「その後も不本意ながら、奴に助けられてしまいました。…ボス、私、初めて悔しいと思ったんです」
FBI随一のスナイパーと言われる秀一に銃の扱いを教わった。だけど、どれだけ頑張ってもあの人の足元にも及ばないとずっと思っていたし、今だってそれは変わらない。でもそれを悔しい、と思ったことは一度もなくて。だったら私は銃以外のことでこの人の役に立とうと決めていた。
…でもその気持ちは、次元大介の一言で呆気なく砕かれてしまったんです。そして見せつけられた銃の腕前、見た瞬間に言葉を失い…同時に悔しい、と思う気持ちが沸々と湧いてきたんだ。この男を超えるまでとはいかなくても、それでももっと強くなりたい。上手くなりたい。あの人の相棒だという自信を、取り戻したい。
「私は…あの人の、赤井秀一の相棒です。部下です。今の実力のままでは、あの人の隣にふさわしくない…」
『工藤くん、それは』
「このままになんてしたくない。腕を磨いて、あの人の隣に立ちたいんです」
『全く…君は一度言い出したら聞かないな。昔から』
「すみません。わがまま言っているのは重々承知の上です、それでも…貫き通させてください」
私が今望むのは、アメリカで銃撃の特訓をすること。もっと上手くなって力をつけることだ。あの男も、…次元大介をぎゃふんと言わせられるくらいに。
『わかったよ。君の気が済むまで、アメリカで特訓してくるといい。…こちらのことは任せたまえ』
「ありがとうございます、ボス」
『だが、赤井くんには君の口から帰国が延びることを伝えるんだ。いいね?』
「う、…ものすっごく気が進みませんが、わかりました…」
『ははっなぁに、大丈夫さ。君の気持ちを一番理解してくれるのは、彼だろう?』
ボスの言葉に頬が熱くなるのを感じた。何て返したらいいかわからなくて、平静を装って帰国する時にまた連絡します、とだけ返し通話を終了させた。
次は秀一に電話か…わかりました、と言ってしまった手前、連絡しないということはできない。勝手に帰国を延ばしてしまったこと怒るかなぁ。
溜息をつきたくなるのを堪え、震える手で彼の連絡先を呼び出した。再び耳に当てれば、無機質なコール音が数回。このまま留守電になればいいのに、という私の願いは虚しくも散っていった。
『円香か?』
「あ、…はい。そうです」
『任務は無事に終わったようだな』
「ええ、何とか。…あの、今大丈夫?話したいことがあるんです」
今、日本は夜の22時くらいだろうか…電話に出てくれたということは、任務中ではないのだろうがやっぱり立て込んでいないかどうかは気に掛かるのです。恐る恐る尋ねてみれば、ちょうどお風呂から上がった所だったらしく問題ないよ、と優しい声音で囁かれた。ホッとする反面、ドキッとしてしまったのも事実で言葉を失ってしまったのは言うまでもない。うう、電話でも破壊力抜群ってどういうこと…!
どきまぎしていることを悟られないようにしてみるものの、聡い彼には全てお見通しって気もする。敢えて言わないでいてくれているのは、優しさなのだろうか?それとも内心、楽しんでいるのだろうか?…有り得そうだなぁ、それ。
『それでどうしたんだ?』
「あ…あのですね、直にボスから話がいくとは思いますが、私、帰国を延ばすことにしました」
『…なに?怪我でもしたのか』
「いいえ、ピンピンしてます。そうではなくて…少し、アメリカでやりたいことを見つけまして」
『その中身を聞いても?』
はぁ、と溜息交じりで返された言葉にもちろん、と頷く。電話だから見えていないとわかっているけれど。
「銃の特訓をしたいんです。こっちで」
『は?』
「思い知っちゃったんですよ…敵と対峙するのに、いつまでも貴方の狙撃の腕前に甘えていたらやられてしまう。何も守れやしない、って」
私はずっとこのままでいいと思っていた。銃が扱えなくとも、その他体術で敵を制圧すればいいと思っていた。…だけど、それが通用しない場合があることは想定していなかったの。
そしてまんまと今回、その通用しない場合に遭遇してしまった。…私の考えは甘いと、痛感することにもなって。それがひどく悔しいと、私を奮い立たせてくれている。
『銃の特訓なら俺がつき合ってやる。すぐにアメリカに―――』
「ダメですよ、秀一。それだけは絶対に、ダメです」
『何故だ』
「貴方は今、日本での任務で必要とされている人材なんですよ?それなのに簡単に持ち場を離れちゃダメだ。…私情を挟むなんて以ての外ですよ」
『…手厳しいな』
「気持ちは嬉しい。だけど、今は貴方に甘えるわけにいかないから」
それでこそ赤井秀一の相棒だ―――そう言われるくらいになって、必ず戻りますから。
「だからそっちで待っていてください」
『…わかった。帰国する時は連絡しろ、空港まで迎えに行く。嫌がろうとそれは譲らんぞ』
「!…もう、わかりましたよ。相変わらず横暴な人ですね?」
『何とでも言え。では、またな』
「はい。おやすみなさい」
通話を終了させ、携帯をポケットにしまった。頑張らなくちゃ、…これだけ言っちゃったんだから少しも成長できませんでした!なんて、シャレにならない。想像するだけで青褪めてしまうほどにシャレにならない、本当に。無理を通して留まらせてもらったんだ、気を引き締めていかないとね。決して後悔を、しない為にも。
さて、特訓につき合って頂きたい人の目星はつけてある。つき合って頂きたい、というか、ご教示願いたい人って言った方が正しいかな。
ふっと数年前のことを思い出す。あの時も今回と同じようにミスをして、助けられた…助けてくれた人物は違うけれど、でも感じた感情は多分同じだ。以前はわからなかったけれど、今ならわかる。あの時私は、悔しいと感じていたんだと思う。
託してくれた人達の思いに十分に応えることができなかったこと、私が未熟だったせいでたくさんの怪我人を出してしまったこと。あの真っ黒な感情は―――今感じているものと全く一緒だったのね。
「とりあえず直談判かな…受けて頂けると嬉しいんだけど」
特訓だったら1人でした方がいいのかもしれない。けれど、私の今の実力では伸びしろが全く感じられないのが現実だ…次元大介は「思いこみが腕前を下げている」と言っていたけれど、果たしてそれは本当のことなのか。何にせよ、私1人ではどうにもならないと思ってしまったのです。
はぁ、と溜息を吐いて踵を返した。
「ダメダメだな―――私」
零れた言葉は、誰に聞かれるでもなく溶けていく。