色んなことで忙しない
アメリカに留まって、早1週間。時間が過ぎるのはあっという間だなぁ。
あれから私はとある人に連絡を取り、本部の射撃訓練場に籠ってひたすらに的とご対面中です。訓練を始めた頃に比べれば、少しは良くなった気もするけど…果たしてどうなのだろうか。
「それにしてもお前のような子がシュウの部下とはなぁ…」
「…そんなに意外です?」
「見た目からするとな。正にヤマトナデシコ!って感じで、アイツに付いていけるような奴には見えねぇよ」
ほら、あの男は一匹狼の気があるだろう?
秀一の狙撃の師匠―――アレックスさんはそう言って、豪快に笑った。確かにあの人は誰かと一緒に、というより個人で動く方が得意なタイプだよね。それを知ってたからこそ、あの人の部下になって相棒にまでなった時は心底驚いたんだっけ。「えっ本気?!」って思わず敬語も忘れて口走ってしまった記憶もある。対して、あっちの反応は文句あるのか?あ?って感じで睨まれてちょっと怖かったんだけど。
(最初は付いていくのに苦労したなぁ…)
何度も言うけど、習うより慣れろ精神の人でしたから。こういう時はこうして、とか…見本というか模範?的なアレは一切なくって。そりゃあ捜査のノウハウなんて口で教えられるようなものではない、とわかってはいるけれどもさ。それでも秀一の新人教育の仕方は、いくら何でも教え方がざっくり過ぎるだろう!と何度思ったかしれません。
でも何とか実習の期間を走りきった時、先輩方から「よく音を上げなかったなぁ」と言われた理由だけはしっかりと理解できたけどね。よくよく話を聞けば、秀一が受け持った新人は大体1週間程で音を上げていたんだそうです。厳しすぎるとか、付いていけませんとか、その他諸々。うん、その気持ちはわからんでもない。
「でも、…それでもやっぱり、私の憧れの人ですね。あの人は」
「ははっ女がシュウに憧れるとは、これまたすごい部下だ!」
「だってカッコイイじゃないですか。…だからこそ、敵わないままでも構わないと思ってたんですけど」
憧れているのは確かだ。再度、恋人になった今だってそう。同じ職場で働くようになって、秀一の実力を目の当たりにした時からずっと…あの人は私の憧れの人なんです。
だけど、一度もこの人を超えていきたいって思ったことはなかったんだよなぁ…憧れてるなら、いつかは超えていきたいって思ってるんだろう?って聞かれたこともあるけど、その度に首を横に振って。
超えていくよりも、ずっとこの人の下でこの人の役に立ちたい!っていう気持ちの方が大きかったんだと思う。隣に、立っていたいんだ。いつまでも、私は。
「その為に、今回の特訓か?」
「ええまぁ…いつまでもなぁなぁにしていたんですけど、それはもう粉々に打ち砕かれちゃったもんで」
「…ますます意外だ。そんな負けず嫌いの嬢ちゃんには見えねぇな」
「あはは。よく言われます」
自分より上の人物に会えば、その人を超えたい!と思う気持ちは、少なからず私にだってある。ただ、それが秀一相手には発動しなかっただけの話だ。
「自分の手で、大切な人達を守りたいから。今のままじゃダメだな、って」
「そういう自覚は大事だ。…しっかし、円香は本当に狙撃が苦手なのか?」
「え?ええ、本当ですよ。こっちより肉弾戦の方が得意なので」
「それもすごい話だな、…だが、1週間特訓しちゃいるが…そこまで苦手なようには見えん」
ふむ、と顎に手を当てて考える素振りを見せるアレックスさん。どうしたんだろう?何を考えているのか気にはなるけれど、とりあえず射撃練習に力を入れるとしようじゃないか。
首にかけていたヘッドフォンを耳につけ直し、眼鏡も装着して、ゆっくりと照準を合わせる。ふ、と息を吐き、引き金を引けば―――放たれた弾丸は真っ直ぐ、的へと向かっていく。
けれど、数ミリズレたらしくど真ん中は外してしまった。舌打ちをしつつ、休む間もなく引き金を引いた。ど真ん中を射抜いたのは1発だけ。きっと教えてくれているアレックスさんや、元々の師匠である秀一だったらこんな情けない結果にはならないんだろうなぁ…全弾、ど真ん中を射抜きそうだ。
「やっぱりなぁ…円香の場合、思い込みが妨げになってんだ」
「え、」
「銃の扱いは不得意だ、と思ってるだろ?それさえ捨てられりゃあ、まだまだ伸びしろはある腕ってことだ」
現にこの1週間で格段に腕前は上がっている。この俺が言うんだ、間違いねぇよ。
ぅわお。アレックスさんにまで次元大介と同じことを言われてしまった…思い込みってすごいのね。それだけで色んな支障をきたすんじゃないか。
あれかな、秀一には言われたことなかったけど同じようなこと思っていたりしたんだろうか。帰国したら聞いてみようかな、今更ながら気になってきちゃった。
「拳銃も、ライフルも腕前は格段に上がってる。お前が思っている以上に成長しているから、そう心配しなさんな」
「そ、そうなんでしょうか…」
「まぁ、まだ気に食わねぇなら好きなだけ特訓すればいい。乗り掛かった船だからな、俺もお前の気が済むまでつき合ってやるさ」
それを聞いて私はにんまりと笑みを浮かべる。よし、それならとことんつき合って頂こうではありませんか!
この1週間である程度、アレックスさんとは打ち解けたつもりでいるし、狙撃を教えていた時の秀一の話も聞けちゃったし、やっぱりこの人にお願いして正解だったと思う!
『そうか、順調か。特訓は』
「ええ、アレックスさんにはとても良くして頂いてますよ。そっちは?変わりありませんか?」
『そうだな、…別段、変わったことはないさ』
「捜査に進展がないのはアレですけど、元気であるのならいいかなぁ」
『そういう円香はどうなんだ』
通話口の向こうから、秀一の声と一緒にカランッと氷の音が聞こえた。向こうは今、真夜中だ。大方、またバーボンをロックで飲んでいるのだろう。酔わない人だから、全く声音は変わっていないけど。
「元気ですよ。そうじゃなきゃ、毎日特訓できませんって」
『はは、それもそうか。―――円香、』
「はい?何ですか、秀一」
名前を呼んだのに、それ以降は沈黙が支配している。何か言いたいことがあったから名前を呼んだのだろう、というのは予測できるけれど、さすがに用件までは予測することはできないよね。それを知っているのは当人である秀一だけだ、だから彼が口を開いてくれない限りはどうにもできないのがこの現状である。
今はお昼休憩中だから、まだ少し時間があるし構わないのだけれど…この人は休まなくていいのでしょうか。この時間にうっかりかけてしまった私も私なんだけど!
『熱心なのは相棒として喜ばしいが…恋人としては、いい加減限界だ』
「へ、…へ?」
『さっさと帰って来い』
―――プツン、
…あ、電話切れた。ツーツー、と無機質な音しか聞こえないし、どう考えても切られているのだけれど…私は携帯を耳に当てたまま、1ミリも動けずにいた。
何とかかんとか秀一の言葉を噛み砕いて、噛み砕いて、ようやく理解した瞬間に全身がブワッと熱くなったんだけど?!う、うわ、何であの人は毎度爆弾発言を落とさなくちゃ気が済まないのかなぁ?!
「バカ…!そんなこと言われたら、早く会いたくなっちゃうじゃないですか」
閉じれずにいる携帯を握りしめたまま、休憩室のソファにぼすんっと倒れ込む。ああ…今、此処にいるのが私だけで本当に良かったと思う。こんな真っ赤な顔、誰にも見せられるわけがないじゃないか!