それは何かの前兆
少し長めになってしまった滞在を終え、私はようやく日本へと帰ってきた。…いや、私は元々アメリカに住んでいるんだから帰ってきたっていうのは違うのかな?でも今住んでるのはこっちだし、間違ってはいないわよね。
荷物を受け取り、ゲートを出ると―――そこには沖矢くんがいた。記憶の中の彼と違わぬ姿で。
「おかえりなさい、円香さん」
「た、だいま……」
「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。言ったでしょう?迎えに行く、と」
「言われたけど、」
帰国を決めた時、約束通り秀一に連絡をしたの。その時、迎えに行くからと言われていたから、此処にいること自体は驚くべきことではないんだけど…何故か秀一の姿のまま来る、と思っていたからちょっと拍子抜けしただけ。そしてちょっと、ほんのちょっとだけ残念だなぁって思ってしまっただけなのだ。
よくよく考えれば、死んだ人間となっている秀一が堂々と空港に来れるわけもないんだもんね。沖矢くんで来るのが正しい選択なわけで、…わかっていたはずなのに全て忘れてしまっていたのはきっと、沖矢くんではなく秀一に会いたいとずっと思っていたからなのかも。アメリカにいて、彼の狙撃の師匠にずっと教えてもらっていたから尚更なのよねぇ。
首を傾げてどうしました?と問いかけてくる沖矢くんに、苦笑を浮かべてビックリしただけよ、とだけ告げた。それで全てを理解してくれたらしく、顎に手を当ててそういうことですか…と呟く。うん、そういうことです。何かごめんなさい、傷つけたみたいになってるよね…完璧に。
でもごめんね、と謝罪の言葉を口にしても、この人は大丈夫ですよって笑うに決まってるから、だったら言わない方がいい。それもそれでひどいことをしているな、と思わなくもないけど。
「迎えに来てくれてありがと、沖矢くん」
「いいえ。さ、荷物を貸してください」
「このくらい持てるのに…」
「私がしてあげたいんですよ。…帰りましょうか」
「うん」
荷物は左手に、右手には私の手。別に手を繋がなくても逃げたりしないし、いくら広い空港でも迷子になったりしないのに…だけど、久しぶりに感じる彼の温もりが何だか嬉しくて…言葉は全て飲み込んだ。
いいか、別に…今くらいただの恋人同士でいても。欲を言えば秀一の姿でいてほしいけど、こんな場所で素顔を晒せだなんて言えるわけもない。そんな危険を冒させるつもりは微塵もないわけですよ。私だって秀一を失いたくないからね。
(工藤邸に着いたら変装解いてもらえるかなー…でもマズイかなぁ)
手を引かれながらぼんやりと考える。頼めばきっと解いてくれるんだと思うけど、普段、簡単に変装を解くな!と怒ってしまっている手前、言いにくい部分はあるわけで。でもやっぱり秀一自身に会いたい、という気持ちが大きくて悩み所だなぁ。本当。ある意味、幸せな悩みなのかもしれないけれども。
ふ、と息を吐いてそっと沖矢くんを見上げると、バチッと視線が合った。う、わ、びっくりしたぁ…まさか彼もこっちを見ているだなんて思わなかったよ。ドクドクと早鐘を打つ心臓。顔には、出ていないだろうか。秀一程ではないけれど、これでもポーカーフェイスは得意な方だから出てないことを祈りたいけれども。ああでも、意外とわかりやすいなって彼によく言われるから出ちゃってるかも。
「そんな目で見ないでください」
「え?そんな目って―――ん、」
軽く触れるだけのキス。沖矢くんの姿ではそういうことしない、って何度も言っているのに!突然のこと過ぎて、予想できていなくて、防ぐこともできず。
「〜〜〜っ…!」
「あまり見つめてくれるな。触れたくなる」
「もう触れてるじゃないですかっ…!!」
「お前が悪い。さっさと帰るぞ」
だから沖矢くんの声で、秀一の口調にならないで!バッチリ違和感があるのに、それなのに何かときめきそうで嫌だ!!
ぐるぐると胸の内で回る複雑な感情は、しばらく彼の傍を離れていたからだということにしておこう。とりあえず、と1発だけ殴ってからさっさと駐車場へと足を向けた。
「え?ルパン三世が?」
「そう。円香さんがアメリカに行っている間にね…」
帰国してから数日後。私はポアロでボウヤとお茶会中。もちろん、安室くんがいない日を狙って来ています。だって会うと面倒なことになりそうだから、極力会いたくないんだもん。
…とまぁ、私の事情はさておき…まさかルパン一味が日本に来ていたとはねぇ。状況を聞く限り、私が不二子さんに拉致られた後のことかなぁ。あの後も狙撃の練習で本部に引き籠っていて、あまりニュースとか見なかったからなー。ニュースになっていたかどうかもわからないけれども。
「キッドに化けたりしてて、大変だった」
「へぇ?それはそれは…キッドも嫉妬して大変そうね」
「それは知らねぇけどよ」
「相変わらず無茶なことばかりしているのねぇ、ボウヤ」
それ。と腕を指差せば、うっと罰が悪そうな顔をした。少なからず怪我はしているだろう、と思っていたけれど…擦り傷ではなさそうな怪我に自然と眉間にシワが寄ってしまう。服で隠れているから気づかれないと高を括っていたんでしょうけど、何か庇って動かしているように見えたし、どこか動かし辛そうにしていたからわかっちゃうのよね。
こういうのも職業柄、というものなのかしら。ケーキを一口食べ、咀嚼しながらとりとめのないことを考える。
それにしてもルパン三世か…まさか日本に帰ってきてまでその名を聞くことになるとは思わなかった。ちょっとした縁―――っていうのも何か腹が立つけど―――で知り合ってしまった彼ら。一度だけではなく二度も顔を突き合わせ、それで終わりかと思っていれば甥っ子から名前を聞く始末。
さすがに日本に帰ってきてしまえば会うことはないだろうけど、…でもまた来るってこともなきにしもあらずなのかなぁ。いや、こんな短期間で二度も日本を訪れるってことはないだろう。うん。活動拠点は外国だと聞いているし。もう会わないことを祈っておこう、と再びケーキを頬張っていると、ボウヤがそういえばさと口を開いた。
「うん?」
「おじちゃんとパパが言ってたけど、円香さんは2人の知り合いなの?」
「……誰。おじちゃんとパパって」
「ルパン三世と次元大介」
「なんっでそんな奇妙な呼び方…!」
「その方が都合いいこともあるんだよ。…で?知り合いなの?」
この子、FBIと公安だけに飽き足らず、世界一の大泥棒とのコネクションまで結んだの…?!末恐ろしい子だなぁ。
「知り合いというか、…アメリカでね」
「ふぅん…会いたがってたよ、円香さんに」
ごふっとコーヒーを吹き出した。ウェイトレスの梓さんが慌てて布巾を持ってきてくれたけど、ボウヤの言葉があまりにも衝撃的すぎて、それを受け取ることすら出来ない。
見兼ねたボウヤが受け取ってくれているけれど、それを横目で見ながら君のせいだよ!と叫びたくなったのは、致し方ないことだと思うんだ。
「ずいぶんと興味津々だったけど、大丈夫なの?」
「私、特別なこと何もしてないよ…!何で興味持たれるのかわかんないし!」
「FBIにはもったいない、とか言ってたよ。…パパが」
「うっわぁ…もう二度と会いたくないデス」
「だろうね」
何か仕掛けてくるとは思えない。だって奴らは正義の味方でも、義賊でもない、ただの泥棒なんだから。敵対する立場ではあるけれど、彼らが動くようなお宝を私は所持していない。だからこそ、仕掛けてくることはないだろうと思っている。…なんだけど、何でだろう。ものすっごく嫌な予感しかしないのは。
思わずついてしまった溜息に、向かい側に座ったボウヤが首を傾げているけれどそれに返す言葉は浮かんできそうになかった。