隣にいるはずなのに、
会場で鉢合わせするだろう、と思っていたが、案の定だった。いくら髪色を変えても、メイクを変えても、愛しい女のことくらい見抜けずにどうするというのか。
元々見つけるつもりで赴いていた場所だ、意地だろうが何だろうが必ず―――見つけ出してやるさ。
side:赤井
「えっ円香が会場にいた?!」
「ああ。変装をしていたが、あれは確実に円香だった」
「で、でも円香さんは何故…」
「…爆発が起きた後、円香を連れて逃げたのは次元大介―――ルパン一味の早撃ちガンマンだ」
今回の案件の資料を再度読み直しながら、俺はあの時見た光景をジェイムズ・ジョディ・キャメルに話した。
円香があの場所にいたこと、次元大介に連れられ逃げ出したこと、恐らくルパン一味と行動を共にしていること…ジェイムズは落ち着いた雰囲気で何か思案しているが、ジョディは興奮しているのかどんどんヒートアップしていく。
これがなければ彼女は素晴らしい能力を持った捜査官なんだが、…感情的なのが玉に瑕だな。肝心な所で足元を掬われかねんぞ。
「工藤くんの目的は、赤井くんの目論み通り取引を潰すことだろうな…」
「でも何故、泥棒なんかと一緒に?FBIとして動いたって、取引を潰すことはできるはずよ!」
「落ち着きなさい、ジョディくん。彼女は奔放な子だ、何か別の目的があるか―――そうせざるを得ない理由があるか、だろう」
「まさか、…ルパン一味に脅されているとかじゃあ…」
「キャメル、それはないと断言できるよ」
アイツは脅しに屈しない。ルパンがそのような手段に出るかは判断しかねるが、今までの資料を読んでみる限りその線も薄いのではないかと思う。
「円香は自分の意思で、ルパン達と行動を共にしている」
「なぁに?それじゃあ彼女は、私達FBIと敵対するつもりってこと?!」
「…そうなるな」
背もたれに寄り掛かればギシ、と椅子が音を立てる。敵対、という程のものではないのかもしれんが、あちら側につくということはそう言われても仕方がない状況だ。それは円香自身もわかっていることだろう。それも全てわかった上で、行動していると思っていい。
…しかし、アイツが敵側か…これは少しばかり面倒なことになりそうだな。元々頭も切れるし、運動神経も反射神経もずば抜けている。それがわかっていたから新人である彼女の教育係に志願し、全て飲み込ませるように小さな体に叩きこんだ。
狙撃に関してもそうだ。自分では得意ではない、と口にしているが、俺が仕込んだんだ。もっと自信を持ってくれて構わない。それに昔、俺が狙撃を教わったアレックスからもお墨付きをもらっているしな。
(味方であれば、心強いことこの上ないが…)
いまだ話しているジェイムズ達の話を半分聞き流しながら、顎に手を当て考える。狙撃の腕前は前よりも上がっているだろう、銃口をこちらに向けられることはないと思いたいが―――アイツの行動は時々、突拍子もないからな。邪魔をするなら、という理由で向けられる可能性は大いに残っている。
…やはり、円香があちら側にいるというのは至極面倒なことになる。だが、その反面どこまでやってくれるのか楽しみだと思っている。
なぁ、円香。お前は俺達を出し抜くつもりなんだろう?くく、と漏れる笑みを隠すつもりはなかった。
「…ほーんと、シュウったら楽しそうにしちゃって!」
「事実、楽しいさ。愛しい相棒が何かやらかそうとしているんだからな」
「あのねぇ…普通、アンタはそれを止める立場なんだっていうのわかってる?」
「ははは。赤井くんと工藤くんは似た者同士のようだな」
「それでこれから自分達はどのように?」
キャメルの問いに返すべき答えは、無論ひとつだろう。
「3日後、横浜のとある港で再度取引をすると情報が入った。君達3人にはそこへ向かってもらう。恐らく、ルパン達も同じ情報を手に入れているはずだ…奪われてはならんぞ」
「了解」
しかし、何故泥棒がアレに手を出すというのか。確かに見た目は宝石のようだが、実際はそうではない。アレがどんな代物か何も調べずに手を出すような、そんなバカな連中ではなさそうなんだが。
どれだけ考えても、ルパンが狙う理由など皆目見当もつきそうにない。知る必要もないのだろうが、どうにも引っかかって仕方がない。世界一の大泥棒と呼ばれるあの男は、今回、自らの欲望を満たす為に動いているのか?
否―――何か違う理由が他にありそうだ。調べてみるか?…いや、あの男に接触すれば自動的にその理由が見えてくるか。今はまだ、そのままにしておいても問題はないだろう。
「そういえば、あの爆発ってルパン一味の仕業なのかしら?」
「どうだろうな、…次元大介の狼狽ぶりを見るとその可能性は低そうだが」
俺も最初はその可能性を考えた。だが、円香を連れて逃げる様子を見た限り…あの爆発には一切関与していないように思える。そもそも、爆弾を仕掛けていたのであれば何か目的があるはずだ。だが、次元大介も円香も会場を離れる様子もなかった。
まぁ、彼女達はフェイクでその間にルパンが動いていたという可能性も捨てきれないが―――次の取引の日程・場所が決まっている、ということは、世界一の大泥棒はあの日、何ひとつ盗んでいないと言える。
つまり、爆弾を仕掛けたのはルパン一味以外ということになるわけだ。
(むしろ、問題はそちらだろうな…)
日本警察の調べによれば、あれは単純なプラスチック爆弾だったらしい。特別な仕掛けがあるわけでもなく、ただスイッチを押せば爆発するだけのもの。ということは、爆弾魔…というわけでもなさそうだな。
会場をパニックにさせたかったか、あるいは誰かを消すつもりだったか。犯人を特定できていない以上、その動機も闇の中に沈んだままということになるんだがな。…もし、爆弾を仕掛けた犯人が例のモノを狙った新手の組織だとすれば、それはまた厄介なことになりそうだ。少し調べてみた方がいいかもしれんな。
「…ジェイムズ、少し調べて頂きたいことが」
「ん?君がそんなことを言うとは珍しい…何だね?」
「例のモノを狙っている組織が別にいるかどうか、それを探ってもらえませんか?」
「でもアレは秘密裏に動いている取引で、表立ってはいないんじゃありませんでしたっけ」
「そのはずだ。だが、今日の爆弾騒ぎがどうにも引っかかってな…」
「成程。それで別の組織を、ということか。わかった、すぐに調べよう」
では、とジェイムズは一足先に出て行った。
さて、報告は終わったし頼み事も済ませた…もう出来ることはないだろう。俺もお暇するとしようか。
「赤井さん、ジョディさん。自分が送ります」
「あら、いいの?」
「もちろんです」
「悪いが、俺は遠慮しておく。さすがに『沖矢昴』がFBIに送られるのは、不自然すぎる」
苦笑交じりにそう言えば、キャメルはまるで怒られた犬のようにしゅん、とした表情を浮かべた。全く、別にお前がそんな顔をする必要はないだろう。何も怒っているわけでもないしな。気持ちだけ有難く受け取っておくよ、と肩を叩いて俺も部屋を後にした。
外に出てふっと空を見上げれば、雲は少なく、煌々とした光を放つ月が浮かんでいた。それを見て思い出すのは、ただ1人…月が綺麗ですね、など似合わないのはわかっているが、不意にアイツにそう告げたいと思ってしまう。
なぁ、円香。お前は何と返してくれるのだろうな?
「だがまぁ…ある意味、今の心境としては『星が綺麗ですね』といった所か」
溜息と共に言葉を零し、自嘲的な笑みを浮かべた。