唖然、呆然


工藤邸に帰ることをせず、ルパンが偽名で取ったホテルに滞在している。さすがにアジトで寝泊まりするわけにもいかねーだろ、と苦笑しホテル滞在を勧めてくれたのは、部屋を取ってくれたルパン本人でもあったりするのだけれど。
さすがに工藤邸に帰るのはマズイ、と彼らと手を組むことを決めた時から思ってはいたけれど…まっさか米花町の中でも5本の指に入る高級ホテルに滞在することになるとはねぇ。何でも不二子さんのツテらしいんだけど、あの人、日本にもツテがあるのかよ!と突っ込んでしまったのは記憶に新しい。

(魅力的なのは認めるけど…うん、すごいよなぁ。やっぱり)

改めて部屋の中を見渡してほう、と溜息をつく他ない。それくらいだだっ広くて落ち着かない。ただでさえ、工藤邸も落ち着かない広さをしているというのに、あそこより広く大きな部屋だし、ベッドだって比べようがないくらい大きいからね?!キングサイズのベッドとか初めて見たよ…いつも寝てるのダブルだもん。それでもでっかいよ!っていつまでも慣れないでいるのに。


―――ガチャッ

「よーう、工藤ちゃん。起きてっか〜?」
「なんっで入れるの?!」
「な〜に言ってんの、この部屋取ったの誰だと思ってんだ。スペアもらえるに決まってんでしょ」
「ああ…そうだった、名義は君だったっけ…偽名だけど」


変装はしてるものの、声はそのままのルパンがふっつーにベッドルームへ顔を出した。つーか、一応女性の部屋なんですけどね?せめてノックくらいしろよ大泥棒め。
不法侵入で訴えてやるぞ、と独り言ちるけれど、部屋を取った本人だし、それにルパンのことだ。のらりくらりと躱されてしまうに決まっている、と諦めることにした。言っても無駄なことはしたくない主義だもの。


「嬢ちゃんメシは?」
「え、ご飯?まだ食べてないけど…」
「ここルームサービスあっただろ。金はルパン持ちらしいから、好きなもん食うといい」
「確かに俺が払うつもりだったけど、何でお前が言うのかね?次元」


相変わらずテンポのいい会話だなぁ、と思いながら、備え付けのルームサービスメニューを開いた。うわ、さすが高級ホテル…ルームサービスの値段も半端ない。無意識に眉間にシワが寄っていたらしく、ルパンが大口開けて笑いながらなんて顔してんだ、と指を指す。こら、指を指しちゃいけませんって習わなかったのかこの野郎。
ムッとした顔を向けると、意外と子供っぽいよなと今度は次元にまでゲラゲラ笑われる始末。くっそう、コイツらの躾はどうなってるんだ…!思わずメニューを握り潰しそうになったけど、大泥棒という犯罪者達に躾がどうのって話をしてももう意味は為さないことに気がつく。きっと苦言を漏らした所で今更だ、と笑われるに違いない。だったら、もう黙ってしまうのが一番というものだ。
うん、と一人納得した所で、またメニューに視線を戻す。うーん、でもやっぱり眉間にシワが寄る程の値段だよねぇこれ。ルームサービスってもっとリーズナブルな値段だと思ってたんだけど、ホテル自体が高級だとこういうのも高級になるものなんだなぁ。お酒の値段とか高すぎるでしょ…こんなに高いの飲んだことないよ。
いまだにしかめっ面でメニューを凝視していると、それをバッと取られてしまった。何すんのよ、と犯人であるルパンを見上げると、私に選ばせると日が変わりそうだ、と言われてしまったんだけど。おいこら、いくら悩んでてもそこまで悩むわけないでしょうよ!


「工藤ちゃんって有名な小説家・工藤優作の妹だろ?裕福な家で育ってんじゃねーの?」
「…調べたの?」
「お前さんがFBIってことを調べた時についでに、な。そのくらい造作もねーや」
「プライバシーしんがーい」
「心にもねぇこと言いやがって…」


うん、その通り。プライバシー侵害ってことに違いないんだけど、秀一との関係もバレていたし、隅々まで調べ尽くされているんだろうなぁってことはわかってたし。


「というか、君達は何で此処に来たの?打ち合わせは明日の夜じゃなかったっけ?」
「ん〜?いや、不二子ちゃんがよ…」
「は?不二子さん?」


彼女が何ぞや、と口を開く前に、次元からUSBを渡された。


「それ、不二子からの差し入れ」
「差し入れ?このUSBが?」
「そっ!あと伝言…『つまみ食いしてないから怒らないでね(ハート)』だとさ?」
「つまみ、…?あっもしかしてこのUSBって!!」


そうだ、あの時に不二子さんが言っていたじゃないか。秀一のことを食えない男だ、って。それにつまみ食いするつもりだった、って!それを再度、伝言にしてルパンに頼み、このUSBを次元に託したことから推測すれば―――答えは自ずと導き出される。
テーブルの上に出しっぱなしだったパソコンに繋いでみると、USBの中には1つの映像ファイルが入っていた。


「………うわ、見たくねぇ」
「意外と口悪いなぁ、工藤ちゃん。いいの?ほんっとーに見なくて」
「腹立つなぁ、その言い方…!」


つまみ食いするつもりだった、ってことは、恐らくできなかったっていう意味も含まれていると思う。それに伝言ではつまみ食いしてないから、と言い直されてるし。だからきっと、保存されているファイルの中にある映像もショックを受けるような内容ではないんだろうけれど…そうだとしたって、一体誰が好き好んで恋人が自分以外の人に迫られているのを見なくちゃならんのよ!
…とはいえ、気にならないと言えば嘘になる。このまま見なければいいというのも1つの手だけれど、私の性格上、気になって仕方ない状態になるのはわかってるんだ。絶対に悶々として余計にイライラするに決まってる。
だったら、今のうちに見てしまった方が―――いやいや、待てよ。落ち着け、円香。その突っ走る性格でどれ程の失敗を重ねてきたんだ?ん?時には立ち止まってきちんと考えて、それで行動することだって大事だろう!

(なんて、自問自答してみても結局辿り着く答えは…最初から決まってるのよね)

ははん、と自嘲的な笑みを零し、さっきまで悩んでいたのが嘘のようにエンターキーをぽちっとな。すると、パソコン画面に映し出されたのはどこかの部屋…内装の感じからしてホテルかな?それも米花町の。不二子さんはまだ日本に留まっているし、秀一だって沖矢くんに変装している以上、米花町から出ることは有り得ない。まぁ、場所なんてどこでもいいんだけど。
そのままじっと画面を見ていると、ドアをノックする音、「はーい」と応対する女性の声が聞こえた。そう、聞こえたんだけど…女性の声に思わず私は首を傾げた。何だろう、ものすっごく違和感というか既視感。
不二子さんの声が聞こえてくるものだと思っていたんだけど、彼女の声とは明らかに違う声なんですけど。念の為、ルパンと次元にあれって不二子さんの声?と問いかけてみたけど、2人して違うなと首を振った。ついでにめっちゃ笑い堪えてた。何ひとつおかしな所なんてなかったよな?と再度、首を傾げながら画面に向き直った瞬間―――私は勢い良く立ち上がった。ガタンッと音を立てて倒れる椅子になんて目もくれず、視線は画面に釘づけ。


「はっはっはっは!いいリアクションだぜ、嬢ちゃん!」


次元の言葉に反応する余裕なんてあるわけない。だって画面に映っていたのは、不二子さんと秀一…ではなく、私と秀一だったんだから。


「な、…え、うそ、私ィ?!」
「正しくは工藤ちゃんに変装した不二子ちゃん、ね。なかなかいい出来っしょ?」
「うわ、鏡見てるみたい……てか、スタイルまで真似できるものなの?」


どう見たって不二子さんご自慢のスタイルは封印されている。胸の大きさも、ウエストも私と大差ない。でも本来の彼女は、私より格段にスタイルが良かったはずなのだ。
着眼点はそこなのか、とまた笑い始める次元は無視。だって気になるものは気になるじゃないか。

(ああ、でもベルモットも男に変装してた時、どうやったか知らないけど男の体型だったな)

確かに豊満な胸は跡形もなかったように思う。変装の名人であるベルモットができる、ということは、体型すらも変える術が存在するということになる。それを知りたいと思っているわけではないけれど、でも知っていた方が変装の幅が広がりそう…何より、黒の組織を捕まえるのに役立てる気もする。というか、FBIの捜査自体に。
そんなことを考えていると、不意に秀一の声が聞こえて胸が高鳴った。パーティー会場で鉢合わせしたから、声を聞くのはそこまで久しぶりじゃないんだけどやっぱり恋人の声となれば、そりゃあときめきますって。


『それで?説明はしてくれるんだろうな、円香』
『もちろんしますけど、…ようやく会えた恋人を前にしていきなりそれですか?』
『…勝手に離れていったのはお前の方だろう?』
『ふふっでも―――燃えるでしょう?こういうのも』


思わず赤面した。フッと笑みを浮かべる秀一の顔がいやに妖艶で、不二子さん扮する私もまるで私じゃないみたい―――ってか、私じゃないんだけど―――で、何というか…そういう映像を見ているような錯覚をしそうだ。所謂、アダルトビデオってやつ。
画面の中の2人の距離が段々近づいていく、もう少しで唇が触れ合うというところで秀一が「お前は誰だ?」と呟いた。


「え…気がついてたの?」
「切れ者なんだろ?シルバーブレットは」
「うん、そうだけど…ここまでの変装を見破るって…」


やっぱりこの人はすごい、と素直な感想が口をついて出た。
気がつかれてしまった不二子さんは声を私のモノから自分のモノへと戻したけど、顔がそのままだから違和感半端ない。彼も同じことを思ったのか眉間に思いきりシワを寄せ、変装を解けとぶっきらぼうに告げて近くのソファにどっかりと腰を下ろしている。


『なーんだ、もう少しでつまみ食いできると思ったんだけど』
『…君は峰不二子か』
『あら、私をご存知なの?シルバーブレットさん』
『顔と名前くらいは頭に入れてあるさ。…お仲間のこともな』
『ふふ、貴方みたいなイケメンに追いかけられるのは悪くないわ!ね、追ってくる気はなぁい?』
『面白い話だが、管轄が違う』
『ざぁんねん!ところでどうして私が彼女じゃないって気がついたのかしら。変装は完璧だったでしょう?』
『確かに完璧だった。姿だけで言えば、完全に彼女そのものだったが―――仕草が違う』
『仕草?』
『ああ、キスの仕草がな』


噎せた。それはもう盛大に噎せた。そして案の定、体温は急上昇ですよ!!まっさか映像の中の彼に爆弾を落とされるとは思ってなかったし、そんな所で見分けたのかってツッコミを入れたくなりましたよこの野郎!!そもそもキスの仕草って何ですか!
ほら、ドヤ顔でそんなセリフ言うから不二子さんだって驚いちゃってるじゃないか。ついでに言うと、ルパンと次元はお腹抱えて笑い転げてますよ。ああもう、今すぐこのUSBを焼き払ってしまいたい…!


『それは冗談として…惚れた女を見間違うわけがないだろう』
『…意外。貴方って存外、情熱的なのねぇ』


う、わぁ……!なに今のセリフ!!こ、こんなの赤面する他ないじゃないか!ハッキリ告げてくるタイプだし、面と向かって言われたことだってあるけど、やっぱり第三者にこうして言葉にしているのを見ると嬉しくなっちゃうといいますか。本当にそう思ってもらえているんだ、と改めて感じることができる気がする。

顔があっつい…。パタパタと手を仰いでいると、秀一の目がこっちを向いた。ドクン、と心臓が痛いくらいに跳ねた。だってこっちを向いた、ということは…カメラを見た、ということになる。まさかこの人、隠しカメラに気がついている?
予想は的中していて、ソファから立ち上がった彼は真っ直ぐにカメラに近づいて―――口角を、上げた。全てを見透かしているぞ、と言わんばかりに。


『ルパン三世、次元大介。…悪いが、その女は俺のモノだ。必ず奪い返しに行く、首を洗って待っていろ』


そしてプツン、と映像は切れた。
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