泥棒は月に消える
何とかこれで一件落着かなー。ルパンとの協定関係も終わり、ということだ。
…ただ、ブルーノがショットガン乱射してくれたおかげで捕まえられるはずだった奴らを、大半逃がしてしまったけどね。そこが唯一悔しい所だけど、まぁ宝石―――もとい、麻薬の欠片を取り返すことには成功したし御の字って所かなぁ。
「なぁ、工藤ちゃんよ」
「え?」
「お前さん、何でFBIに入ったんだ?」
「……はぁ?」
思わず出た声は、自分でも笑いそうになるくらいにマヌケだった。でもそんな声も出るでしょう、急にそんなこと言われたら。からかってるのか、と思ったけど、こっちを見つめてくる瞳はやけに真剣で笑みひとつ浮かんでいない。…ということは、のらりくらりと躱せそうにないってことかなぁ。何でFBIに入ったのか、なんて初めて聞かれたわ。
さて、どう答えよう。眉間にシワを寄せ、頭をガリガリかきながら考える。別にFBIに入ろうと思った理由がないわけじゃないの、私なりにちゃんとした理由はある。存在しているわけですよ、念の為に言っておきますけど。
あるんだけど、…チラッと秀一へ視線を向ける。彼はすぐに私に気がついて、ライフルをその手に抱えたまま「なんだ?」と言いたげな顔で首を傾げた。仮にも上司がいる前であの理由を口にするのは…いくら私でも躊躇するんだよね。
それでもこれ以外に理由がないのも本当だし、嘘を言った所で非常に勘のいいルパンが誤魔化されてくれるとは限らない。
「…上司のいる前でこんなこと言ったらダメなんだろうけど、」
「うん?」
「私、別に国や組織に忠誠を誓ってるわけじゃないの」
FBIに入る為には祖国に忠誠を誓わなければいけない。だからこそ、アメリカ国籍でない人間は入局できないし、日本人などが捜査官となるのはかなり難しいと言われているの。…私自身、受かると思っていなかったのが本音なんだけど、それは今は関係ないから置いておくとしよう。
「んーで?続きは?」
「あー…と、あの、ものすっごく自分本位の理由なの。私の中ではしっかりとしているもの、なんだけど―――FBIにしか、私の居場所はないと思ったから」
「居場所?」
「別に家族がいないとか、そういう理由ではないわ。家族はちゃんといるし、そこに居場所がないとは今でも思っていない」
…そういうことではなく、もっと、単純な理由。
「そこなら、私を認めてくれると思った。必要としてくれると思った。それがFBIに入った理由よ」
「組織に居場所求めるっつーならさ―――俺達と来ねぇか、工藤ちゃん」
「なんで。行かないよ」
「即答かよっ!少しは考える素振り見せてくれてもいいんじゃねぇの〜?」
いい歳した大人が拗ねたような声を出すな。ブツブツと言っているルパンを一瞥し、溜息を1つ。全く…しばらく行動を共にしたけれど、相変わらずルパン三世という男は何を考えているのか・企んでいるのかわからない。今の言葉だって、本心なのか冗談なのかさっぱりわからない。
「工藤ちゃんよ、お前さんには組織なんてモンは小さすぎる」
「だから君達と一緒に泥棒をやろう、って?」
「楽しいぜェ?世界中回って、とっつぁん達を撒いて逃げ回って、毎日が刺激的だ」
刺激的、か…確かにそれはそうだろう、と納得できる。彼らと過ごしていた間、退屈することなんて全くなかったし、捜査官として動いている時には感じたことのない高揚感とか…そういうものを感じていたのも、事実。楽しい・面白いと思っていたことも認める。
きっとこれは、FBIとしてではなくルパン一味として生きない限り二度と感じることはないかもしれない。
「まぁ、君達と過ごした間…楽しかったことは認めるよ」
クスクスと笑いながら言葉を紡げば、秀一の眉間にわっかりやすい程に深いシワが刻まれた。降谷もどこか訝し気…というか、何だか不満気な顔をしている。…でも、
「悪いけどルパン三世、私は君達とは生きないよ」
「…へぇ?」
「君達に譲れないものがあるように、私にだって譲れないものがあるの。…命を落とそうともね」
きっかけは自分本位な理由だったかもしれない。けれど、今となってはFBI捜査官という仕事に誇りを持っているし、やりがいも感じている。素晴らしい上司と仲間に恵まれているもの、これ以上に望むものなんて…何もありはしないのよ。
それに―――私はずっと、秀一の背中を追いかけていきたい。この人のことを守りたい。この人の隣で生きていきたい。それこそ死ぬ時まで、彼と共に在りたいと思っているから。だから、…この場所を手離したくないの。
―――グイッ
「わっ…?!」
「すまないな、ルパン三世。だが言っただろう?この女は必ず奪い返しに行く、と」
「奪い返されない自信はあったんだけどなー。…さすがに工藤ちゃんの気持ち自体は、盗めなかったか」
「工藤はルパン三世、貴方なんかに渡しませんよ。彼女は僕がもらう」
「…君にも渡すわけがないだろう、降谷くん」
「言っていろ。必ずお前の手から奪ってやるからな!」
…え、なにこの茶番劇みたいなの。どうしようこの状況、と遠い目になりかけていると、遠くからルパンの名を叫ぶ声が聞こえてきた。それを聞いたルパンと次元が、げっと顔を歪ませている。
この2人がこんな顔をしているってことは、…銭形警部か?インターポールの。降谷がここにいる理由は、その人の付き添いだとか何とか言ってたし。
(今更だけど、降谷はその人をほっぽってきたのか…?それとも別行動?)
ほっぽってきていたら職務放棄だけど、当の本人は銭形警部の声を聞いても顔色ひとつ変えていないから、きっと別行動をしていたのだろう。それで銃声を聞いて駆けつけてきた、って所かなぁ。この港はかなり広いけど、あれだけショットガンを乱射すれば方向くらいは掴めるはずだし。
「マズイとっつぁんだ!逃げるぞ、次元!!」
「へいへい。―――円香!」
「はっ?じげ、君、名前…っ」
ずっと嬢ちゃんって呼んでたくせに、どういう風の吹き回しだ!そう言おうと思っていたのに、グッと引き寄せられて思わず言葉を飲み込んでしまった。
チュッと一瞬だけ、彼の唇が私の頬に触れた。
ルパンは楽しそうに口笛を吹き、秀一は珍しく驚いて目を見開き、降谷まで「何をしているんだお前!」と叫んでいる、…カオス状態です。
でもそれ以前に、何で次元は私の頬にキスなんかしてるのかな?!まるで意味がわからなくて呆けていると、彼は満足そうに笑って何かを投げて寄越した。反射的に受け取ったそれに視線を落とせば、彼の愛用の銃と同じ型・S&W M19コンバットマグナム。
何度も目にしていたんだ、見間違えるわけがないけど…え?本人のじゃないよね?バッと視線を上げるけれど、風に揺れたジャケットの下―――シャツとズボンの間に愛銃は挟まれている。ということは、それとは別に用意された銃ってこと…?
「お前にやるよ。次は、直々に狙撃を教えてやるさ」
「…結構よ。貴方に負けない狙撃の師匠がいるんでね」
「けっ口の減らねぇ女だ。…ま、そういう所も悪くはねぇがな」
「にししっやるねぇ、次元ちゃん!」
んじゃな!と手を振り、彼らはひらりと姿を消した。銭形警部がものすっごいスピードで追いかけていったのは、それから数分後のこと。
…何というか、本当に嵐のような人達だな。