電話の相手


「…見合い?」


リビングに響く、低い昴くんの声。確かに昴くんの声なのだけれど、口調は完全に秀一です。翡翠の瞳も開かれているし、纏っているオーラもちょっと…いや、かなり怖いです。内心、冷や汗ダラダラです。誰か助けて。
包み隠さず話したものの、やっぱり怒りますよね!!わかってたけれども!


「す、すみません…」
「はぁ…お前も、工藤夫妻も責めるつもりはないが―――いい気はせんな」
「ですよね。私もそう思ってはいました」


けれど、何かもう色々逃げられない気がしてしまって。外堀から埋められているような、そんな感じがしてしまったのだ。いや、マジで。
チラ、と見た彼の顔には、若干の呆れの表情が浮かんでいる。でも瞳の奥に僅かな不安の色を宿しているのに気がつき、尚更申し訳ない気持ちになってしまう。私が秀一の立場だったら、それこそこの場で泣きたくなってしまっていただろうなぁ…そりゃあこの人だって嫌だとか、不安にもなりますって。


「もう引き受けてしまったのだろう?」
「…はい。旅行に行く前日、です」
「よりにもよってその日か…」
「いや、もう本当に申し訳ないです!」


これはジャパニーズ土下座をするべきか、と本気で悩んでいると、向かいのソファに座っていたはずの秀一が、私を見上げる形で足元にしゃがみ込んでいた。うわ、秀一に見上げられるのって何か新鮮。
そんな場違いなことを考えながら、彼を見つめていると…ピ、とおもむろに変声機のスイッチを切ってしまった。問題がないとわかってはいても、やっぱりちょっと心配にはなりますよね。


「あ、の…?」
「引き受けたのならば、止めたりはせんよ」
「…はい」
「だから、さっさと切り上げて帰って来い」


それが条件だ。
秀一の声でそう言った彼は、私の手を取ってそっとキスを落とした。昴くんの顔なのだけれど、でも僅かに伏せられた瞳とか、漏れ出す色気は完全に秀一のもので。ドクリ、と心臓が跳ねる。見た目が昴くんだろうが、秀一だろうが、この人にこういうことをされると…見た目云々抜きに、ドキッとしてしまう。中身が秀一だと知らなければ、ここまでときめくことはないんだろうけれども。
それにしても、傍から見れば手の甲にキスするなんてキザだ。なのに、秀一がやると嫌みったらしくないし、キザだなとは思うけど、それ以上にカッコいいと思ってときめいてしまう。これが別の人だったらときめくなんてこと、皆無だと思うの。…これも惚れた弱みとか、そんな風に言うことなのかしら?
キザな行動が様になるなんて人、私は秀一以外に知らない。日本人ではね。きっと外人がすると、また違ったカッコ良さとかがあるのでしょう。イタリアとかすごそう、そういうことに対して。女性を見たら口説け、なんて感じだものね。イメージとして。

(ああ、でも…新くんとキッドも、なかなかにキザね)

ふっと脳裏を過ったのは我が甥と、甥と顔がそっくりな月下の怪盗。甥である新くんもなかなかにキザなことを言っちゃう子だし、行動も言動に伴っている気がする。さすが兄さんの子、といった所かしらね。キッドはもう言わずもがなだし。本来はそんなことなさそうだけど、…彼の本当の顔に触れたのはほんの少しの間だから、実際はわからない。


「…円香」
「え?何ですか?」
「俺を前にしながら考え事とは、いい度胸だな」
「うっ…それ、は、…すみません」
「ク、……いや、お前のそういう所は今に始まったことではないしな」


じゃあ何で凄んだんですか、貴方。


「さっきの見合いの件だが、俺が同席したらマズいか?」
「マズイなんてもんではないでしょうよ…兄さんも義姉さんも事情を知ってるけど、貴方は世間では死んだことになっているんですよ?」
「…やはりダメか」


逆に聞きたい。何で大丈夫だ、と思ったの。そして何で私が許可を出すと思ったの。出すわけないでしょーが、そんなもの。じっくり考えずともわかりますよ、そのくらい。
本当、時々この人はぶっ飛んだ考えを口にするなぁ…まぁね?確かに秀一を連れて行ってしまうのが、一番手っ取り早いのは私もわかってる。だけど、事情が事情だからねぇ。そういうわけにもいかないの。
今回の旅行だって昼間は、昴くんでいることが条件ですからね。いくら東都を離れるからといって、そこが完全に安全だという保証はどこにもないんだもの。念には念を入れよ、とよく言うでしょう?


「とりあえず、行かないわけにはいきませんから…すぐに話をしちゃおうと思います」
「それが無難な所か…仕方がない」
「…秀一、本当にすみません」

―――ポン、

「そんな顔をするな。いい気はせんが、工藤夫妻のことを思ってのことなんだろう?」


彼の言葉に頷きを返すのと同時に、テーブルの上に置きっぱなしにしていた昴くんの携帯が震えた。こんな時間に一体、誰だろう?予想としてはボウヤ辺りかしら?
彼も誰だ?という顔で携帯を手にして、恐らく画面に映し出されているであろう名前を確認した瞬間、少しだけ驚いた顔をした。そして出てくる、と一言だけ残して、そのままリビングを出て行ってしまいましたとさ。

ということは、私に聞かれたらマズイ相手…とか?
- 99 -
prevbacknext
TOP