涙の訴え
ユーリの決断により、私の中に封印されている創主の魂を引き離すこととなった。だが、今すぐとはいかないそうだ。
眞王廟に眠る封印の剣、それの準備をしなければならないとのこと。その間の私の生活は、今までと何も変わらない。
私が倒れたのは、封印の術の力が弱まってきているからだと猊下が教えてくれた。
いつかは封印を破り、私自身を乗っ取るのだろうな。時間はあまりない、か。
「(ああ…思っていた以上に、落ち着いてるんだな私は)」
封印の力が弱まっているのなら、手枷をはめて牢屋にでも閉じ込めてくれればいいのに。いつ暴走するかもわからない者を、どうしてそのままにしておくのか。
まぁ、ユーリ達に言ってみたんだが却下されたんだけどな。それは絶対にしないって。
残りの時間を一緒に過ごせるのは、やはり嬉しいんだが…どうしても―――
―――コンコン…
「…誰だ?」
「俺だ、入っていいか?」
「コンラートか、構わないぞ」
「失礼……大丈夫か?ルナ」
「ははっ何がだ?大丈夫に決まってるだろう」
コンラートをソファに座らせ、飲み物の準備に取り掛かる。
お茶と酒で迷ったが、まだ陽は高い。酒を飲むには早すぎる時間だし、やはりお茶だな。そうと決まれば、さっさと準備をするか。
コンラートがわざわざ訪ねて来た理由、予想はついているが話を聞かねばいけないし。
「どうぞ」
「ありがとう」
「…それで、一体何の用だ?ユーリの傍を離れてまで」
「離れる許可は頂いてる。執務室ならば、ヴォルフもギュンターもいるからな」
「ま、そうだな。まず心配はないだろう。…だが、私が聞きたいのはそんなことではないぞ?コンラート」
「今日はちゃんと話を聞く気があるんだな、珍しい」
「深刻そうな顔で訪ねて来られればな…嫌でも気になる」
こいつは優しすぎて、お人好しな性格だからな…他人が感じている痛みまでも敏感に感じ取る。
や、コンラートだけではない。ユーリもそういう方だな。だから、逆らえない宿命が待っている私のことを心配してくれているのだろう。
「お前は…それでいいのか?納得をしているのか」
「納得するとか、私個人の気持ちは関係のないものだろうが」
「それがお前の宿命だからか?そんな簡単に受け入れて、死を決断できるわけが…っ」
「確かにそうかもしれない…けれど、私が嫌だと言ったら国はどうなる?国だけじゃない、この世界はどうなるんだ?」
「…魔王陛下に仕える身でこんなことを思うのは間違っているだろうが、俺はお前を死なせたくはない!」
「コンラート…」
「この国も、国民も、ユーリ達も大事だ!失いたくなどない。けど…それ以上にルナを失うのは嫌なんだ。俺はお前を―――」
「っ言うな!!!」
どうして、こんな時にその言葉を伝えようとするんだ?コンラート。
ダメなんだよ、私はその気持ちに応えられないんだ。
…本当は聞いてしまいたい。全てを聞いて、私の全てを曝け出してしまいたいんだ。応えたいんだ。
だけど、それをしてしまったら…私は逃げ出してしまう。ユーリ達を、この国を、この世界を裏切ってしまうことになるから。
「言うな、コンラート……覚悟が、揺らいでしまう。生きたいと思ってしまうから、言わないでくれ…」
「なぁ、お前は……本当は何を思っている?」
「っ私は―――――」
どうしてなんだろう…コンラートの前では、どんなに頑張っても嘘や強がりを突き通せないんだ。
今だってそうだ。必死に押し殺していた感情が、止まらずに溢れ出して来る。
「私は…死にたくない…本当はまだ生きていたい!もっと皆と一緒にいたいのに、どうして…っ」
「…うん」
「どうして私なんだ?!やっと生きていてもいいと、此処にいていいんだと思えたのに…っ!!!嫌だよ、コン…」
「ルナ…」
頭ではわかっていた。全てを理解して、受け入れたつもりだった。
私一人の命でこの世界が救われるのなら、平和を護ることができるのなら…それでも構わないと覚悟していたんだ。
それなのに覚悟はこんなにも脆く、儚く砕け散ってしまった。大丈夫だと、思っていたのに…私は強いと思っていたのに、全ては自分の勝手な思い込みだった。
こんなにも生きていたいと思ってしまう。無様にも"生"にしがみついていたいと思ってしまう。
一度は覚悟した"死"を、受け入れるのがこんなにも怖いと思ってしまう。
「死ぬのが…私が私でなくなることが、とてつもなく怖いんだ…っ」
「死ぬのが怖いのは、誰でも一緒だ。当たり前の感情だよ」
「けれど、私は怖がってはいけないんだ…迷ってはいけないとわかってはいるのに…っ!」
「今は俺しかいない。泣こうが、怖がろうが、迷おうが…誰も咎めないから」
ただ、泣いた。子どもの頃のように、コンラートにしがみついて泣き続けた。
それこそ涙が枯れるまで…これが最後だというように、一晩中ずっと。
泣いて何かが変わるわけでもないし、気持ちが晴れるわけでもないだろう。それでも涙は止まることを知らないように流れ続けて。
頭を、頬を、体を撫でてくれるコンラートの手が温かくて、優しくて…また涙を誘う。
運命に、宿命に抗えたら…自分自身の力で書き換えられるのなら、どんなに良かったか。
「なぁ、村田。やっぱり宿命って変えらんないのかな?」
「出来ることなら変えてあげたいけど…こればっかりは無理だろうね。…でも」
「でも…?」
「僕に出来ること…いや、出来るかは正直わからないんだけどさ?それでもギリギリまで足掻いてみたくなった。諦めないことにする」
「えっどうにかなるの?!」
「引き離す方法を変えることは出来ない、それしかないからね。けど、結果を変えることは出来るかもしれないってこと」
「それだけでも十分だよ!」
「渋谷、先に言っておくけど…あくまで足掻いてみるというだけだよ?成功する確率は限りなく低いんだ。この筋書きには逆らえない可能性の方が高いってこと、絶対に忘れないでくれ」
「わ…わかった、覚えておく」
成功した例なんてほとんどないのに、それでも足掻いてみようと思った僕はどうかしているのかもしれない。
それでも…気丈に振舞っているように見えた彼女のあんな姿を見たら…上手くいく可能性が低い方法にでも、縋ってしまいたくなるじゃないか―――
運命の歯車はもう廻り始めた。
一度動き始めてしまったら、止める術などどこにも存在しない。抗うことは許されず、ただその身を任せるしかないのだ。
さぁ、彼らを取り巻く運命と宿命は…どんな結末をもたらすのだろうか?