待っていたんだ
side:村田
ヨザックにルナさんが眠ってる部屋に押し込められて、そのまま扉を閉められた。
確かにこの部屋は眞王廟の最奥だ、この国でも数人しか知らない外への抜け道も存在している。…無事に、外へ出ることは可能だ。彼がとった行動は、魔王陛下に仕える者として正しいと思う。
「…地響きが此処まで届いてるのですね…本当に始まってしまうのですか、戦争が」
「箱と鍵を盗られるわけにいかないからね。平和主義の渋谷も、今回はそれを選択せざるを得なかった」
「そう、ですね…二度と創主を復活させてはいけない。私もそう思います」
「うん。……さ、ウルリーケ。君は外へ逃げるんだ、抜け道は知ってるだろ?」
「え?ええ、それはもちろん。ですが、猊下はどうなさるんですか?ご一緒に行かれないのですか」
「…僕は…」
せっかくヨザックが護ってくれようとしてるのに、僕はそれに従いたくない。ここで死ぬわけにいかないのもよくわかってる。だけど、禁忌の箱は僕の管理下にある。それをヨザック達に丸投げしろっていうのは、無理な話だよ。僕にだって護りたい物、譲れない物がある。
「やっぱり、逃げたくないんだよ。死ぬつもりもないけど」
そう言いながら、抜け道の扉の前へウルリーケを引っ張っていく。
扉の外で剣同士がぶつかる金属音、人が倒れる音と叫び声が絶え間なく聞こえる。きっと建物内に侵入されたんだと思う。間に合わなかったんだね。時間がない。運命の歯車は止まることなく、勢いをつけて廻っている。破滅へ向けて。だけど、ここで止めなきゃいけないんだよ、僕達は。
―――そうでしょ?ルナさん―――
視線を上げると、膝を抱えて深い眠りについている彼女の姿。水の中にゆらゆらと揺れている、青い綺麗な髪。この世界で唯一、禁忌の箱の鍵を持ち、創主の依り代となっても壊れない身体を持っている人物。
それが2年前に証明された。今、此処に彼女は生きているんだから。
「猊下…っ」
「大丈夫、此処から出れば敵に見つかることはない。いいかい?事が収まるまでは森の中に身を潜めてること」
「私一人、逃げるわけにはまいりません!先程、猊下お付の護衛の方とも約束したではありませんか!!!」
「あー、きっとバレたら怒られるだろうねぇ」
うん、怒られる。ヨザックにだけじゃない。渋谷達にも怒られるだろうな。今のウルリーケのように、烈火のごとく。目が覚めた君がいたら、同じように怒るのかな?何で言うことを聞かないのかって。
渋谷はよくウェラー卿とルナさんに怒られてたっけねぇ。満面の笑みで怒るから、怒鳴られるより怖いんだ。あの2人の怒り方って。…ははっ何で僕は今、こんなこと思い出してるんだろ?
「(別に死ぬ間際でもないのにね…まるで走馬灯みたいだ)」
とりあえず、此処に攻め込んでくる前にウルリーケを逃がさないと。
「さ、早く行くんだ。大分騒がしくなってきた、そろそろ攻め込んできてもおかしくないから」
「っでも…!」
―――――バァンッ
「あ…」
「…来ちゃったか」
勢い良く開いた扉から流れ込んでくるシマロン軍。どの兵士も傷は負ってるけど、さっすがにこの数を相手しろっていうのは無理があるよなぁ。ほら、僕は戦闘要員じゃないから。
これは…万事休す、ってヤツかなぁ?
「こんなとこにもいたぞ!魔族は一人残らず殺せぇっ!」
「しかも漆黒の髪の持ち主…こやつが魔王ではないのか?」
もうウルリーケを逃がす時間はない。でも殺させるわけにもいかない、僕が護らなきゃ。
何千年も生きてると言われてる彼女だけど、それでもか弱い女性だから。ずーっと此処にいたわけだし、自分の身を護る術は…きっと知らないだろう。まぁ、僕も自分の身を護れるかーって言われたら、微妙なとこなんだけどさ。それでもやってみなきゃわからない、ってね?
「…よく此処まで来れたものだね?腕の立つ兵士がたくさんいたはずだけど?」
「ふん!あんな奴らが腕が立つだと?あの程度では、兵士でも何でもないわ!!!」
「全員がやられてしまったとでも言うのですか…っ?!」
「大丈夫…きっと敵軍のほとんどはやられてるはずだから。きっとそれを上手く、くぐり抜けてきたんだと思うよ?」
ヨザック達がそう簡単にやられるはずもない。彼らが傷を負ってることが、何よりの証拠だよね。本当に敵軍の彼らが、ウチの兵士よりも強いのなら…もっと早くに攻め込まれてたはずだし、傷を負ってるはずもないんだ。だから、ヨザック達は今も戦ってるんだと思う。敵軍の残党と。
「後ろの水の中にいる魔族が、鍵の一人だな?大人しく渡してもらおうか」
「彼女が鍵かどうかは知らないけど…大切な臣下なんでね?渡すわけにはいかないよ」
「ほう…?それならば、実力行使と参ろうか」
ぅわお。予想はついてたけど、本当にかかってくるつもりなのね。しかも、ご丁寧にも剣をしっかりと構え直してくれちゃって…こっちは丸腰だっていうのにさ。
あー…どうするかなぁ。背にはウルリーケと、ルナさんがいる。僕が避けたら確実に、2人の命はないだろうな。てか、避けたりしたら男が廃る。何か…何か良い方法を考えないと、僕もやられちゃうか。
そんなことをぐるぐると考えていると、地を蹴った音がした。目の前に迫ってくる、剣を持つ一人の兵士―――
「「猊下っ!」」
「やっば…っ!!!」
―――――ガシャァンッ!!!
いつまで経っても、体にくるはずの痛みがこない。目の前に迫っていた兵士の姿は見えず、目の前は青で染められていて。
今、僕は一体どんな状況に置かれているのか…全く理解ができないんだ。
「全く…誰に手を出そうとしているんだ?貴様らは」
「……え?」
聞き覚えのある、懐かしい声が耳に届いた。嘘、だろ?だって、さっきまで水の中で深い眠りに―――
しっかりと前を見据えると、青は人のカタチをしていて…それは僕のよく知っている人だった。
一糸纏わぬ姿の、ウェラー卿ルノアーナ。
2年前からずっと、ずーっと目が覚めてくれるのを待っていたんだ。きっと血盟城に住んでいる者は、全員僕と同じ願いを持っていたはずだ。
「ッルナ…?」
「久しぶりだな、ヨザ。…だが、話はこいつらを片付けた後にゆっくりとするか」
「あの…っ動きづらいでしょうが、この布を纏ってくださいな。さすがにそのままは…」
「心遣いありがとうございます。では、せっかくなので」
ふわりと、白いシーツのような布を体に巻きつけて再び、構え直す彼女。
何も変わっていない、2年前と。本当に。剣を持っていた兵士達を、あっという間にしかも素手で、次々となぎ倒していく。
「…どんな理由かは知らんが…この国を乱すことは許さない」
2年の歳月を経て、最悪の状況の中でだけど…僕達は再会を果たしたんだ。