貴方の本心


―――起きて…



誰だ…私を呼ぶのは



―――今起きないと、きっと貴方は後悔するわ



後悔?私はそんなもの―――





「ルナッ!」
「―――――…っ?」


もう二度と目が覚めることはないと、そう思っていたのに。
生にしがみつくのは終わりにしようと…決めたはずだったのに。


「生きて、いるのか…私は」
「当たり前です。そう簡単に死なれたら困るわ」
「ギーゼラ…?」
「良かった!目が覚めたんだなっ」


微かに痛む体を起こし、辺りを見回してみると知った顔が並んでいた。
泣きそうな表情を浮かべた、我が主君のユーリ
その隣に立って、ユーリと同じような表情を浮かべた猊下
怒っているような、けれどホッとしているような表情を浮かべた、ギーゼラ
そして…少し疲労の色を浮かべながらも、眉を下げて微かに笑みを浮かべたコンラート
いつも顔を合わせていたはずなのに、懐かしく感じる。


「ルナさん、一週間くらい眠ったままだったんだよ?」
「一週間も…?」
「背中の傷は綺麗に塞がりました。多分、痕は残らないかと。そんなにひどい傷でもなかったので」
「じゃあ、何で一週間も意識不明に?」
「疲労だと思いますよ、恐らく。まだ熱は高いですが、すぐに良くなります」


あー…熱があるのか。久しぶりにダルいとは感じていたが。
ギーゼラに優しく、でも有無を言わさない力の強さで体を横にさせられた。これは…逆らわない方がいいな。確実に。ボーッとしている頭に、一つの疑問が浮かんだ。


「待て…何故、私は生きている?」
「何故って、ギーゼラさんが治療してくれたからだよ?」
「違うっ!…私は…私の命は、あの時に終わったはずです!なのに、何故…私は今此処にいるんですか」


そうだ、創主を封印して私の灯は消えたはずなのに。身勝手な私の想いを、コンラートに背負わせた。それが…未来永劫、彼を縛る足枷になると知っていながら。あの傷で奇跡的に生きながらえることはない。絶対に。確かに、貫かれたはずだったのに。私は…どうやって生き延びたんだ?


「陛下と猊下が…助けてくれたんだ」
「…え?」
「今更、疑問に思われるとは思わなかったけど…そう、僕と渋谷で君を助ける計画を立てた」
「俺は許可を出しただけだけどね。…どうしてもルナを死なせたくないと思ったから、少しでも可能性があるならそれに賭けてみようって思ったんだ」
「史実に載っていた、精霊が宿る湖…?」


思い出してみれば、目が覚めた時に私は水の中に浮かんでいた。
かなり古い史実で読んだことがある。遥か昔、傷を癒す湖が森の奥深くに存在していた。精霊が宿っている、神秘の湖が。お伽噺ではなかったのか。私が浮かんでいた水が、その湖の…


「一か八かの賭けだった、本当に。ルナさんは虫の息だったし…2年間、目覚める兆しもなかったからさ?失敗かもって、思った」
「…何故…見捨てなかったのですか」
「ルナ?」
「私を助けることが、どれだけリスクが高いことかわかっているんですか?!創主の魂は封印できても、鍵としての私が存在しているんですっ!」


違う…私はこんなことが言いたいんじゃないのに。


「禁忌の箱は、誰も触れてはいけないもの。ならば、1つでも危険因子は排除せねばいけないのではないですか?」


ただ、ありがとうと伝えたいだけなのに。何故、思っていることとは違う言葉を紡いでしまう?


「君は、生きたくなどなかった?今、此処にいることを望まないのかい?」
「猊、下…?」
「僕達は嬉しいよ、君が…ルナさんが目覚めてくれて。生きていてくれて、また此処に戻ってきてくれて」
「リスクが高いことはちゃんとわかってるよ。けど…簡単にルナ達を渡す気はないし。それにもっと一緒にいたいんだ」


一緒に、いたい?私と?今となっては危険因子としかならないのに…いつ、この国を滅ぼすとも限らない。それなのに一緒にいたいと思ってくれてるのか?


「あったりまえだろ?!一緒にいたいと思ってなきゃ、助けようと必死になったりしないだろ!」
「…此処はルナの居場所だ。ずっと前からね」
「ルナ?貴方は難しく考えすぎなのよ。一番大事なのは此処にいたいか、いたくないか…それだけじゃないかしら?」
「…此処にいたいか、いたくないか…」
「そう。…貴方の望みは何?」


そうだ…あの日、コンに全てを吐き出した日。私が望んだのはもっと皆と一緒にいたい、もっと生きていたい…ただそれだけだった。此処にいたいと、切に願ってんだよな。私は。創主の魂を宿していても、この血が禁忌の箱の鍵となっても…それでも。
あの日、確かに死ぬことを拒んだ。生きることをずっと…望んでいたんだ。どうして忘れていたんだろうか。ユーリが、ヴォルフが、グウェンダル閣下が、猊下が、ヨザックが、大好きな眞魔国の皆が……そしてコンがいるこの世界に、まだ生きていたい。


「…たい…」
「…ん?」
「生き、たい…皆と、この国で生きていたい…っ!」
「ようやく本音を言ったね、皆の前で。2年前のあの日も、自分の中で全てを消化しようとしてただろう?」
「誰もルナのことを拒んだり、疎んだりしない。されたとしても俺が許さない…誰が何と言おうと、ルナは俺の大事な仲間だ」


…嬉しかったんだ。誰かに必要としてもらえるということが。嬉しくて嬉しくて、不思議と自然に涙が流れてきた。
今まで涙を見せることなんかしたことがなかったのに…コンやヨザの前以外では。それだけ皆を信用できるようになったということなんだろうか。


「全く…また涙もろくなったんじゃないか?ルナ」
「うー…!」
「俺としては嬉しいけどね?気を許してもらってる気がするから」
「あ、それはちょっと思った!ルナさんは意地っ張りみたいだからねー」
「ぐすっ……陛下」


まだダルさの残る体を起こし、陛下の前に跪く。ユーリはものすごい焦ってベッドに戻らせようとしてたけど、用事が済むまでは此処から動かない。
あの時と同じように、手を取り甲にキスを1つ。


「貴方の傍からいなくなろうとも、生涯忠誠を誓います」


貴方は果たして覚えているだろうか?2年前のあの日、全ての運命が狂ってしまった日。私がユーリに誓った言葉だ。再び会うことができれば、また貴方に誓おうと思っていた言葉。彼もまた…それを望んでくれたから。
ゆっくりとユーリの顔を見上げると、綺麗な黒の瞳に薄っすらと涙が浮かんでいた。その涙さえ光に照らされ、キラキラと輝いていて…綺麗だと思ったんだ。とても。


「ルナ…っ!」
「っわ?!」

―――ドッターンッ!

「わーぉ。渋谷ったらだいたーん」


猊下…茶化さないでくださいよ。
えーと、今の状況を説明すると…勢い良く抱きつかれた為、後ろに倒れこみました。いきなりだったから受け身が取れなくて、背中打っちゃってちょっと痛いんだけども。思いきり打っちゃったもんだからね。珍しく。反応が鈍くなっているんだなぁ…情けない。


「陛下…?」
「へい、かって…ゆーな…っ」
「はい、すみませんユーリ。…泣いてるのか?」
「嬉しかったんだ…ルナが生きててくれて、生きたいと願ってくれて!俺の残酷な戯言を覚えててくれて…」
「ユーリへの…我が主君への誓いだぞ?忘れるわけがない。私も嬉しかったからね、諦めないと言ってくれた貴方の言葉が」


ぎゅうぎゅうと遠慮なく抱きしめてくれるのが苦しいけど、でも嬉しくて。人の体温をまたこの身で感じられることが、堪らなく嬉しくて、幸せで。再び流れ始めた温かい涙と共に、笑みが零れた。自然に。
しばらくされるがままになっていたけど、コンとギーゼラによって静寂が破られた。


「…邪魔をしてしまうのは気が引けますが、怪我人をこのまま床に寝転がらせるのもアレなので、ね?」
「陛下もお疲れでしょう?また…明日がありますから。時間が許す限り、ずっと」
「ぅわあぁっ?!!ごっごめん!俺、勢い余っちゃって…っ!!!」
「ふふっ大丈夫ですよ、そんなに謝らなくても。少し、背中は痛いですが…」


頭も少しクラクラしてるけど…これは恐らく熱のせいだろう。ちゃんと休めばすぐに治るはずだ。コンに手を貸してもらって、ふらつく体をベッドへと戻す。…さすがにちょっときついかもしれん。


「それじゃあ、僕達はお暇するとしようか。ルナさんにはゆっくりと休んでもらわないとね」
「すみません、気を遣わせてしまって…」
「いーの、いーの。目が覚めた君に会えただけで十分なんだから」
「えっと…さっきは本当にごめん!今日はゆっくり休んでな」
「しばらくは無理をしないようにね。…本音を言うと、心臓が止まるかと思ったわ」
「ごめん…あと、ありがとうギーゼラ」
「コンラッド、今日はもう護衛はしなくていいよ。ルナの傍にいてやって?」
「でもユーリ…」
「部屋までは私がお供しますから。閣下は彼女の傍に」


そう言うと、3人は足早に部屋を出て行った。彼らなりの気の遣い方なんだろうが…これはこれで若干、気まずいんだぞ?気付いてはいないだろうが。
でも…いいか。2年ぶりの再会だ。たった2年だが…今回は事情が事情だ。結構、嬉しいものだな。


「ふう…」

―――ボスッ

「…大丈夫か?ルナ」
「ん?あぁ…大丈夫。少し疲れただけ」
「無理に起き上がったり、大声を出すからだ」
「手厳しいな、コンラートは…」
「昔から無理をするからな、お前は。このくらい言わないとわからないだろうが」


全く…ひどい言われようだな、私も。でもコンの言ってることは的を正確に射てるから、何も反論が出来ないんだが。
だけど…この空気はひどく懐かしい。且つ、とても安心する。幼い頃にずっと、ずーっと感じていたもの。私が一番好きな空間だ。


「なぁ、ルナ。2年前のあの日のこと覚えてるか?」
「何だ?突然。覚えてるに決まっているだろう」
「お前に…伝えられなかった言葉があることも?」


ドキッとした。その言葉を聞いて。
命の終わりを迎える少し前。コンに全てを吐き出した日。私は彼の言葉を最後まで聞くことをしなかったんだ。迷うことが、決意が揺らぐことが、生きることを望んでしまうことが…何よりも怖かったから。だから聞けなかった。でも…でも今なら―――


「覚えてるさ…遮ったのは私だからね。あの時は聞きたくなかったんだ」
「今なら聞いてもらえるのか?」
「聞き、たい。聞かせてもらえるなら…」


少しだけ怖い、けど。でも聞きたいんだ。鼓動が今まで生きてきた中で、一番高鳴っている。戦争に行く前でもこんなに心臓がバクバクしてたことはなかったぞ。
沈黙が痛い中、じっとしたまま黙って待っていたら、頬に大きくて温かい手が触れた。その感触に少しだけ驚いて、顔を上げると優しく微笑んでいるコンと目が合う。それだけなのに、目が合うくらいいつものことなのに、また心臓が跳ねる。


「…顔が真っ赤だぞ?まだ何も言ってないのに」
「わっ笑うな!!!お前がそんな顔で笑うからだろうっ」


俺のせいなのか?と言いながらも、楽しそうにクスクス笑ったまま。
うう〜〜〜…もしかしなくても、恥ずかしくてドキドキしてるのは私だけか?!コンはこういうのに慣れきっているのだろうか…だから、こんなにも余裕の表情なのかもしれないな。…あ、マズイ。珍しく落ち込んできたぞ?


「頼むから、一人で勝手に変な想像して落ち込むのはやめてくれ。別に女性慣れしてるわけじゃないし、これでも緊張してるんだ」
「だったらもっと顔に出せ!私一人で真っ赤になったり、ドキドキしたり…バカみたいじゃないかっ」
「そんな情けない部分が出せるか、好きな奴の前で…」
「さらっと言いやがった!!!お前、もう少しムードというものを…っ」


考えろ、と続くハズだった言葉は不自然に途切れた。
何故なら、コンに抱き締められているから!ああ、もう!そろそろドキドキし過ぎて、心臓破裂するぞ?!


「ルナ…好きだ。ずっと好きだったんだ」
「う…あ…」
「そんなに驚かなくても…2年前に薄々は気付いてただろ?俺が言おうとしてたこと。聞きたくないって思ったくらいなんだから」
「た、ぶん…わかってたんだと思う。だけど、改まって言われると何か恥ずかしいというか、何と言うか…」
「それで?あの時の言葉は、今も変わってないと思っていいのかな」
「へ?…………あ。」


『好きだったよ…コンラート…』

思い出した…もう命が尽きるから、最期だと思っていたから想いを告げたんだ。キスと共に。今思うとめちゃくちゃ恥ずかしいことしてるな、私…っ!!!てか、何であえて過去形にした?!


「覚えて、たのか…」
「忘れられるはずがない。ルナからそんな言葉をもらえるとは思ってなかったから」
「てか、よく2年も待っていてくれたな?目覚めるとも限らなかった私を…」
「たった2年だ。今までのことを思えば、早いものだと思うけど?」


はい?何ですと?今までのことって…一体、どういうことだ??


「はぁ…やっぱり鈍いな。俺はずっと昔から好きだったんだよ、ルナのこと」
「いや、うん…それはさっき聞いたけど。ちなみに…どれくらい昔からデスカ?」


…あ、何か動揺しすぎて思わず片言になってしまった。
それはさておき。コンに質問してみると、返ってきた言葉は想像を絶する年数でした。さすがの私もそんな年数を言われるとは思わなかったぞ?


「はっきりとした年数は覚えてないけど、軽く70〜80年はいってるんじゃないか?」


へー…70〜80年くらいかぁー。そりゃ一途だな。……はぁ?!そんなに?!!!それもう、私達が出会った頃に近いじゃないか。一目ぼれ…ではないよな、うん。
でも幼い頃は確かにずっと一緒にいたけど、養成学校に通い始めて…ヨザと3人で無事に軍人になってからは、なかなか一緒にはいなかったぞ?ずっと…戦争に行っていたからな、コンは。あの頃は、姉上がものすごい心配していたっけ。


「…そうだ、姉上は?お前は姉上が好きだったんじゃないのか?」
「は?」
「仲が良かったじゃないか。あのペンダントも大切にしていたみたいだし…私はあの人の代わりになどなれないぞ」
「お前なぁ…俺の長年の想いを何だと思ってるんだ。ずっと…ルナしか見てなかったんだよ、自分でも呆れるくらいに」


そう言うコンの顔は薄っすらと赤く染まっていて。何だかその反応が可愛く思えて、それほどに想ってもらえてることがすごく嬉しくて。
コンの服を握っていた両手を背中に回して、彼に負けないくらいにぎゅうっと抱きしめていた。私の気持ちが届くように、願いを込めて。


「好き、だ。私も…コンが好きだよ、誰よりも」
「ルナ…」
「長い間、気づかなくてごめん。遅くなってごめん。辛い思いさせて…ごめん…っ」


ああ、もう…今日は本当によく涙が出る。ちゃんとコンの顔を見たいのに、涙で霞んで輪郭が歪んでいく。涙がとめどなく流れてきて、上手く喋ることもできないんだ。伝えたい気持ちはたくさんあるはずなのに、口から零れていくのは「好き」の二文字だけ。
馬鹿の一つ覚えのように繰り返す私に、コンは呆れただろうか?


「好きだ、ルノアーナ…ッ」
「コンッ…コンラート…!」
「やっと手に入れた。…離せと言われても、離す気なんか少しもない…覚悟しておけよ?」
「誰が離せなどいうものか…私を一人にするな。私も、コンの傍を離れなどしないから」
「当然だ、離れるなんて許さない」


飽くまで唇を重ね、今までの時間を埋めるようにただきつく抱き合って。それだけで幸せだと感じるんだ。
コンへの恋心を自覚した時は、私なんて…そう思っていた。あいつは姉上が好きなんだとずっと思っていたのもあるし、何より女らしさの欠片もない私が恋愛など馬鹿馬鹿しいと思っていたんだ。
私もコンも軍人だ。いつ命を落とすかわからない。そんな中で誰かを大切に、恋愛感情で想うことは危険だと考えていた。弱みにななってしまうと…思っていたから。だけど、それは私の思い違いだった。大切に思える相手がいるほど、強くなれるとわかった。その人を護れるように、その人の元へ帰ってこれるように…決して死んだりしないように。
誰かを純粋に想う気持ちで、こんなにも強くなれるなら。それなら…もう怖がる必要はない。一人ではないのだしな。


「おやすみ、ルナ。いい夢を…」


コンの優しい声を最後に、私は夢の世界へと旅立った。
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