戻ってきた日常


あの運命の日から2年。私はずっと、大切で大好きな人達に守られていた。見捨てたって構わなかったのに、誰一人それをせずに目覚めるのを待っていた、と笑ってくれた。おかえりなさい、と泣いてくれた。まるで自分のことのように感情を出してくれる城の皆に、ただただ感謝の気持ちでいっぱいだった。
そして目を覚ましてから早2週間が経つが、私はいまだに自室に閉じ込められている。シマロンとの戦いで負った傷はギーゼラが治してくれたし、3日ほど続いた高熱もしっかり下がり、体は至って健康。元気そのものなのだが、…びっくりするくらいに過保護になっていた皆に、まだしばらくは療養だ!執務や訓練など以ての外!!と御叱りを受けてしまったのだ。いや、だからそんなに大したことないんだって…むしろ、自室に閉じこもっている方が体は鈍るし体力も落ちてしまうんだが。

…とは思うものの、主治医であるギーゼラからもダメだと言われてしまっているし、何よりも陛下直々に休めと言われてしまっては無理に動くことは出来ない。
無理に動いたらきっと、陛下に泣かれる。そして恋人、でもあるコンラートに腹黒笑顔で詰め寄られるに違いない…!その光景を想像するだけで背筋が凍ってしまう。


「恋人、…本当に、想いが通じたんだなぁ」


読みかけの本をソファに放り投げて、空気の入れ替えも兼ねて大きな窓を開け放つ。途端に入り込んでくる心地良い風に思わず頬が緩んでしまう。…ああ、ただこれだけでとても幸せだ…目が覚めた当初は何故、と思ってしまったが、やはり生きていられることが嬉しくて堪らない。
これだけいい天気で心地よい風が吹いてる中を散歩したら、さぞ気持ち良いだろうなぁ…というか、いい加減、私も外に出たい。別に鍛錬もしないし、兵の訓練に参加もしないからせめて中庭までは外出許可してくれないだろうか。あと城内。自室のみで過ごせ、ってどんな拷問だよ畜生。自室にある本は大抵読み終わったものばかりだし、暇であることこの上ない。
15時の休憩時に陛下やヴォルフ達がお茶菓子と共に訪ねてきてくれることだけが唯一の救い。…さて、空気の入れ替えも終わったし窓を閉めて読書の再開をするか。もう何度も読み返した本だけど。
ソファに腰を下ろしてさっきまで読んでいたページを開いた時、バッターン!と盛大に扉が開く音がした。それと同時に聞こえてきたのは、ひどく力が抜けるハスキーな声。はぁ、…今更注意する気も失せるし、城内で緊張感を持てとも言わないが…それにしたって色んなやる気を削がれるような間抜けな声は止めてくれ。


「…ヨザ」
「おひさ〜お嬢!豪華昼食、お持ちしやしたぜン」
「ありがとう、…って、何で2人分あるんだ?私はこんなに食べないぞ」
「そっちは俺の分。いつも1人で食って味気ねぇだろ?だから今日は俺が同席しにきた、ってわけ」


あぁ、成程。だから今日に限ってメイドではなく、お庭番のヨザが配膳してきたというわけか。誰の気遣いかはわからないが、これは非常に有難いな。
…けど、その気遣いを外出許可の方に回してもらえた方がもーっと有難かったんだがな。いつになったら私は此処から出られるんだ…目の前に置かれた食事に手をつけながら、内心そっと溜息を吐いた。


「にしても、すーっかり顔色良くなったな。一時はどうなることかと思ったけどよ」
「具合自体はもう問題ないんだ。皆が過保護すぎるだけ」
「過保護にもなんだろー?お前、2年も眠ってたんだぜ?」


うん、まぁ…ヨザの言い分もよくわかるんだ。致命傷になりえたはずの傷を負い、そのまま永久の眠りにつくはずだった体はか細い糸でこの世に留められた。そして2年の月日が経ち、再び目を覚ましたのだから。
こんなの前例がないことだろうし、どれだけ体に負担がかかっているかもわからない。ましてや、傷はすっかり塞がっているとはいえ、体に影響が出ないとも言い切れないからな。また倒れるかもしれない、また眠り込んでしまうかもしれない、今度こそ…命を落としてしまうかもしれない、そう思う皆の気持ちは理解できたし、私だって不安だった。いつ、この身が滅んでしまうのか。
けれど、ギーゼラ曰くどうやらその峠は越えたらしく、私の体は少しずつ快方に向かっているとのことだった。それを聞いた皆、…主に陛下とコンラートがホッとした表情を浮かべていたのをよく覚えている。


「それでも自室に缶詰…」
「あ、そうだ。鬼軍曹から伝言、今日から城内と中庭までなら外出許可しますだってよ」
「本当か?!」
「おーおー、目を輝かせちゃってまぁ…本当だよ、ただあんまり長い時間は厳禁だと」


それだけで十分だ!
昼食を食べ終わったら早速外に散歩に行こう。それで日暮れ前には城内に戻って、…夕食はまた自室で1人で食べなければいけないのだろうか?外出許可が出たのなら食事も皆と一緒に取らせてもらえると有難いのだがなぁ。
ちょっとだけしんみりしながらサンドイッチにかぶりついていると、もう1つ伝言だ、とヨザがウインクを寄越してきた。
うん、何だろう。ものすごく叩き落としたい気分になった。それを実行に移してしまう前に伝言の内容を話すよう促す。


「今度は陛下から。今日の夕食は一緒に、だってさ。愛されてんね〜お嬢」
「それはすごく有難い申し出だが、愛されてるとはどういうことだ?」
「そのままの意味だよ、お前さんは色んな人から慕われてるし、愛されてる。あの猊下でさえお嬢のことお気に入りなんだぜ?」


…そうだったのか、それは初耳だ。


「…何だかくすぐったいな」
「愛情ってのはそういうもんさ。食器片づけるぞ」
「ああ、ごちそうさま」
「ねぇ、お嬢。俺、午後は丸々空いてんの。散歩、付き合ってやるよ」
「ふふ、お願いするよヨザ」


読みかけの本を持ち、厨房へ食器を返しに行くというヨザと一緒に部屋を出た。ヨザも付き合ってくれる、と言っていたしそのまま中庭へ行ってしまおう。最初は散歩する気だったんだが、日向ぼっこも気持ち良さそうだなぁ、と思ったらお気に入りの場所へ行きたくなってな?急遽予定変更だ、私の中で勝手に…だがな。
まぁ、ヨザにも中庭へ行く、としか言っていないし…それにアイツは何処へ行くにもしっかりついてくる奴だから場所を告げておかなくても問題ないだろう。というか、私はただの武人だし、同僚なのだから護衛とか監視とか元々いらないしな。…あー、監視は必要なのかもしれないけど。
何でだかわからないが、放っておくと危ないーってよく言われるんだよな、結構昔から。そんなにドジを踏むわけでもないから、見てて心配になるようなことをしているつもりはないんだけれど。


「そういや、いつ頃仕事に復帰できそうなんだ?」
「んなの私が聞きたいくらいだよ…」
「ああ、まぁそりゃそうだよなぁ。だーいぶ参ってんなぁ、アンタ」
「じっとしてるのが苦手な性分なんでな」


本を読んでる時は割と部屋や資料室に籠りっきりの生活をしてても平気なんだがなぁ、…閣下やフォンクライスト卿のように机に噛り付いて仕事!っていうのは、どうしても苦手なんだ。
それはきっと、ずっと戦場の最前線に立っていたのと諜報員としてそこら中を飛び回っていたのが原因だろう。陛下の護衛をするようになってからは書類整理などの仕事が増えたから、尚更嫌になったのかもしれんなぁ…仕事自体は嫌いではないんだが、こう…煮詰まってきたり、それが何日も続くと拒否反応が出る。
…あぁ、今ならこっそり抜け出す陛下のお気持ちがよーくわかるわ。あの方も外で体を動かすのが一番好きだったものね。


「うお、…すっげー…こんな所が城の中にあったんだなぁ」
「気持ち良い場所だろう?天気が良い日はこの樹の下で本を読むのが好きなんだ」


あと昼寝。程良く日差しが当たるし、日差しで温まった芝生に寝転がるのはとても気持ちがよくてね、なかなか止められないんだ。あー…でも今は一応、外出許可が出たばかりだし…それをやったら色んな方面からお叱りを受けそうだ。そんなことになったら外出許可を取り消されかねない。それだけは断固拒否したい所だ、これ以上部屋の中で療養なんて耐えきれる気がしないから。
でも寝ないように気を付ければ、寝転がるくらい…怒られたりしないよな?今日はヨザも一緒だし、きっと寝そうになったら起こしてくれるはず。自分の中で結論付けて、大の字で寝転がることにした。
んー、温かくて気持ちがいい…ああ、やっぱり外に出て日光浴出来るっていいなぁ。部屋の中でも陽の光は入るけど、こうやって風を感じたりすることは出来なかったから尚更嬉しい。


「生き返った気分だ…」
「あーらら、お嬢ってば気持ち良さそうな顔しちゃってぇ。滅多に見ないだらしなーいお顔になっちゃってますよーん」
「むう、…別にお前しかいないんだし、どんな顔をしたって構わないだろ。陛下や閣下がいらっしゃるならきちんとするけどな」


コンラートとヨザなら、どんな私を見せても構わない。見られたって構わない。…それだけ心を許しているつもりだし、お前達ならだらしない私でも笑って受け入れてくれるだろう?一番の理解者だと、思っているんだからな。その代わり、私だってお前達のどんな所を見ても受け入れられる自信があるし、そうしたいと思っている。ま、面と向かっては言ってやらないけど。
内心そんなことを考えながらゴロリ、と寝返りを打って、ニヤリと笑ってやれば一瞬呆けた後に盛大に笑い始めた。おーおー、相変わらず豪快な笑い方だねぇヨザは。


「はははっ!ほーんとルナって俺と隊長には遠慮しないよな」
「遠慮するような間柄じゃない」
「ま、そりゃそうだ。その方が嬉しいからいいけどね」


あ、ヤバイ。瞼が重くなってきた。寝たら絶対怒られる、っていうのはわかっているんだが…この眠気には到底逆らえる気がしない。うー、と唸りながら眠気と戦っていると苦笑交じりの声が頭上から聞こえてきた。珍しいな…ヨザがこんな声を出すなんて。
重くなっている瞼を無理矢理にこじ開ければ、そこに見えるはこれまた珍しく困ったように笑うヨザの顔。
どうしたんだ、と声を出す前に、優しく頭を撫でられた。その心地良さにまた目を閉じれば、おやすみと聞こえたような気がしたんだ。



(あっルナとヨザック見っけ―――…って、ルナ寝てる?)
(ええ、さっき眠気に負けちまったみたいですよー)
(まだ本調子じゃないんだろう。それにしても…幸せそうな顔をして寝ているな)
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